その7

「なんか飲もうかなぁ」

 放課後。

 国立国立(こくりつくにたち)高等学校の一年生である僕、妖乃森春人(あやのもりはると)は、図書委員の仕事をこなすべく図書室に向かう途中なのですが、購買部の脇を通った時、隣りの自販機コーナーがふと気になったので足を止めました。

 実は図書委員をしていると、奥の図書準備室にこもって作業している司書教諭兼古語研究員の大化物(おおかぶつ)先生に色々と図書委員の範疇を超えた頼まれごとをするのですが、そのお駄賃代わりとしてお菓子やジュースなどがいっぱいもらえたりするのです。

 しかし大化物先生も忙しくさらに大雑把なので、その銘柄はほとんど同じ。

 ですので、贅沢な悩みとして、たまには違うジュースを飲んでみたいなと思ったりもしたのでした。

 ちなみにこの国立国立高等学校は、校庭に応急修理実習用としてヨーロッパの地を駆け巡っていた旧世紀の重戦車がさりげなく置いてあるような一風……百風くらいかな、変な学校ですんで、その自販機のラインナップには「サ●ケ」とか「メッ●ール」などの伝説級の飲料とかが「ここにあるのが当然」みたいな顔で並んでいたりします。

 というわけでジュースの自販機を物色(サ●ケとメッ●ールはさすがに最初から除外されてますが)していると、なんとなく飲みたいものが2本候補にあがり、3分間ほど迷ってみましたがどっちか決められず、とりあえず100円(学校内の自販機なので少し安いです)を投入してみたところ

「あれ? 妖乃森くん、どうしたの?」

 と、後ろから声をかけられました。とても澄んだ、聞いていて気持ち良い囁き声(ウィスパーボイス)のすぐあとに、スイッと大きな影に背中から包まれます。

 僕と同じ図書委員をやっている石動冬子(いするぎとうこ)さんです。彼女も今から図書室に行く途中みたいです。

「たまには自分でジュース買って飲んでみようかと思ったんだけど、飲みたいのが2本あってどっちにしようかと迷ってて」

 そんな風に説明しつつ、僕が二つの飲みたい候補(ドク●ーペッパーとアン●サ・メロン味)を一つずつ指差すと

「お、それなら良い方法がありますよ」

 ブイッと人差し指と中指を広げながら石動さんが微笑みます。

「はい?」

「とりゃっ」

 背の高い石動さん(178センチあります)が、僕の肩を軽々と越えて、Vサインを目潰しのように自販機に向かって突き出します。

 ガチ! ガチン! がたがたがしゃん!

「……え?」

 石動さんの長くしなやかな指は狙い違わず僕が迷っていたジュースのボタン二つを同時に押し、機械を始動させ、ジュースを一本排出させました。

「え? え!?」

 呆気に取られた僕が後ろを振り向くと、石動さんは「~♪」と頭から音符を出しながら、すたすたと図書室に向かって歩いてるところでした。

「……」

 残された僕は、恐る恐るどっちが排出されたのかと思い排出口に手を入れて取り出してみると

「……あれ?」

 僕の手の中には、投入した金額では買えないはずの500ミリペットボトルのジュースが一本。

「……なんで?」

 僕はこのペットボトルを吐き出した自販機に問い掛けてみますが、物言わぬ機械はやっぱり答えてくれませんでした。

「……なんで?」


 ――FIN――

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