ACT11 新堂由仁が仲裁する揉め事


「ごめんくださーい、ゲンさん……じゃなかった、新堂先輩を呼んでもらえへんですかー?」


 二限目と三限目の間、ちょっと長い休憩時間に。

 新堂しんどう由仁ゆには、朝早くに出かけていった兄の新堂しんどう源斗げんとの昼食のお弁当を届けるべく、兄のクラスである二年五組の教室を訪れていた。


「おやおや~、これまた可愛い子のご来訪ですね~」


 果たして、応対に出てきたのは由仁よりも一回り背の小さな女生徒だった。

 さらさらショートの黒髪に、ナチュラルメイクに仕上げた綺麗な小顔と、チャーミングともいえるパッチリとした黒の瞳。その間延びした口調の通りにゆるふわな彼女の雰囲気に一瞬目を奪われ、何より、ストレートに『可愛い』と言われたのに、由仁は言葉に詰まってしまった。


「えっと……」

「あらあら、照れちゃってるところがまたイイですね~」

「あ、あんま、からかわんといでくださいよっ。それよりも、その、新堂の方を」

「新堂くん?」

「はい。うち、新堂の妹でして、届け物があるんです」

「ほ~。それはわざわざお疲れさまです~。ただ、新堂くんの方は現在、少々取り込み中でして」

「取り込み中?」


 先輩の彼女にそのように言われて首を傾げる傍ら、由仁は教室の中を覗いてみると。


「……………………」

「……………………」


 その室内のド真ん中で、由仁の兄である新堂源斗と――現在、由仁にとっては片想い中の先輩である鐘鳴かねなりけいが、険悪な雰囲気でにらみ合っていた。

 その互いの視線の鋭さたるや、教室内にいる生徒達全員が巻き添えを避けて距離を取っており、由仁ですら『ゴ・ゴ・ゴ・ゴ・ゴ』と二人の周囲にそんな効果音による書き文字が見えてしまうレベルである。


「……ええと、なんであんなことになってるんです?」

「ああ、大丈夫です~。いつものことですので~」

「いつものことなの!?」

「あの二人、校内では結構有名なほどの仲の悪さでして~」

「ええ……」


 初めて知った。

 確かに、初めて会った場面で、慧が兄にキツい言い方をしていたのを由仁は覚えている。

 あの時の慧はその物言いを後にきちんと謝罪しており、そこまで険悪ではないと思っていたのだが、


「まさかオマエとは、ここまで分かり合えんとは思わんかったわ」

「当然だ。この意見を違えることで、今後、貴様と相容れることは二度とないと確信した」


 二人から飛び出したこのセリフには、先輩の彼女の言うことが真実であることを確認できた。

 まさか、二人の確執がここまでのものとは。

 となると、由仁としては、どうにか喧嘩をやめてもらいたい。

 なんといっても、源斗は大切な家族だし、慧は……その、自分にとっては意中ともいえる人で、彼には笑顔で居てもらいたいと思えるしで。

 ……自分で思ってて赤面ものなのだが、それはともかく。

 ならば、どうするかというところなのだが、ここはやはり、


「あの……ええと、先輩」

「はい~。そういえば自己紹介がまだでしたね~。わたし、二年五組のクラス委員長をやってます、黒木くろき小幸こゆきともうします~」

「あ、はい。その、黒木先輩。そもそも今の二人は、なんでこんな喧嘩になってるんです?」

「それはですね~」


 と、由仁はまず、黒木先輩にこの二人のにらみ合いの原因に探りを入れようとしたのだが。

 バン、と。

 その前に、源斗が机を叩くという動きが入っただけに、由仁も、黒木先輩も、その他の生徒もついつい注目が行った矢先、



「目玉焼きには、一差しの醤油だけっ! これ以外は邪道やでっ!」

「否。目玉焼きには、一摘みの塩こそが至高。これだけは断じて譲らん」



「…………はい?」


 その言い合いの内容に、由仁は目が点になった。

 次いで、


「この二人、今日の五、六限目の家庭科の調理実習で、同じ班になってまして~。献立メニューのご飯、味噌汁、お漬け物までは、スムーズにまとまっていたのですが。目玉焼きに何をかけるかに関して、大いに揉めておりまして~」

「……………………」


 黒木先輩が補足するかのように、にらみ合いの原因を語ってくれた。

 ……正直、ものっすごいつまらない原因の喧嘩であった。


「あーもう、ゲンさん。それに慧センパイもっ」


 だからこそ、さっさと止めなければならないと由仁は思い、ズカズカと教室に足を踏み入れて、二人に声をかけた。


「え、ゆーちゃん?」

「由仁さん?」


 もちろん、源斗も慧も、いきなりの横やりに驚きの様子なのだが、由仁はそれにも構わず、


「二人とも、そんなことで喧嘩しとらんとっ!」

「そんなことってなんやねん、ゆーちゃん。これが一番重要なことやで」

「食の拘りは、これからの生き方のすべてに直結する。由仁さんは口出ししないでいただきたい」

「拘りは分かるけど、二人だけの班やないでしょっ。そないに子供やないんやから、他の人に迷惑かけたらアカンっ」

「ぬ……」

「む……」

「二人だけやなくて、班のみんなでちゃんと話し合って、きちんと考えて。選択肢は一つだけやないはずやから。わかった?」

『…………』


 そのように強く言い含めると、二人はまだ納得がいかない様子ではあるが、


「……まあ、妹に免じて、ここは退いといてやるわ」

「他のメンバーのこともある。建設的に行かねばなるまい」


 どうやら、矛を収めてくれたようだ。

 周囲からは、黒木先輩を初めとする生徒達から『おお……』と感心するようなどよめきが漏れていたのだが、それはともかく。

 遺恨は残るものの今この騒動については回避されたようで、由仁、ほっと一安心である。


「ホンマにもう、二人ともちゃんと仲良くせなアカンよ」

「無理や」

「不可能だ」

「即答っ!?」

「今回の件でハッキリ分かった。やっぱ、コイツとは合わん」

「ここまで噛み合わないとなると、つまり今後もそうなのだろう」

「あと、話し合いはする言うても、俺は絶対に醤油を諦めんからな」

「いいだろう。まずは貴様の案を却下するのに、全力を注いでやる」

「あ?」

「ん?」

「ストップ、ストーップ!」


 隙あらば睨み合う二人に、由仁はまたも間に入る。

 どこまでも気の休まらない二人である。


「もうっ、止めた矢先から喧嘩しとらんとっ。それに――」

『? それに?』


 と、その付け足しに、源斗と慧はそろってこちらを注視するも、



「そもそも、目玉焼きにはマヨネーズに決まってるでしょっ。それにしておけばいいやんっ」



 由仁は、背筋を伸ばして胸を張って、二人に向かって、己の主張および落としどころを堂々と宣言したのだが。


『………………………………』


 一方の源斗と慧、こちらを注視したまま十数秒ほど固まって。

 その経過のあとに、


『ないわ~…………』


 ため息と共に、その一言を送られた。

 二人、一言一句ぴったりの同時で、しかも哀れみの視線も追加された。


「ゆーちゃん、ホンマ昔から変な食べ方好きやもんな……」

「げ、ゲンさんには分からない味なんよ!」

「由仁さん、キミのことは……まあ、友人だと思っているが、流石にそれは賛同できない」

「慧センパイ!?」

「鐘鳴、確かに話し合いは大事や。この際、塩と醤油のことは置いといて、次の休み時間にキチンと話そうや」

「その方が良さそうだ。思わぬところに悲劇は潜んでいる。それを避けるためにもよろしく頼む、新堂源斗」

「二人とも、そういうときに意見を合わせないでくれる!? というか、悲劇って何っ!?」

「おそらく、二人は食べ物を大事にしたいという気持ちを一致させたんでしょうね~」

「黒木先輩、ここぞとばかりにトドメの一言を加えないでくれますっ!?」


 とまあ、遺恨も何もない話し合いに持って行かれる方向にはなったものの。

 今度は、由仁にとっては納得のいかない落としどころだったのと、あと、慧の好感度が大幅にダウンしたような気がして、なんだか由仁は泣きたくなった。



 で。

 最初の源斗への用を済ませて、由仁が一年三組の教室に戻った際の、友達の鐘鳴かねなりえいとの会話。


「ど、どうしたの、由仁ちゃん。なんだか、とっても落ち込んでるよ?」

「……詠ちゃん」

「はい?」

「詠ちゃんは……目玉焼きに、何をかける?」

「え? マヨネーズだけど」

「詠ちゃんっ……!」

「え、ええええええええええっ!? ちょ、ちょっと、由仁ちゃん!?」


 この後、由仁はめちゃくちゃ詠を抱き締めて、めちゃくちゃ頭ナデナデした。

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