ACT09 鐘鳴慧の気苦労が増える
「では、壮士は剣道部に入るつもりがないと?」
「はい。とても興味が惹かれる部がありまして」
靴を履き替えるための昇降口への道中、
今日の昼休みは天気が良く気候も暖かかいので、慧は中庭で壮士と昼食を共にする傍ら、剣道部への勧誘をしていたのだが。
壮士は、既に入る部を決めていたようだった。
「残念だ。キミとなら、全国という舞台で覇を争えただろうに」
「それもそれで面白そうですが、僕はそこまでスケールを大きくしないつもりです。僕は僕で、この町のために何が出来るかを、あの部で学んでいこうかと」
「
「ええ、姉が入れ込むのもよくわかるというものです。特にあの部長の、自分の欲望に正直なところが特に気に入りまして。僕の未来にも大きなスパイスを与えてくれそうだ。ふっふっふ」
「…………」
端整な顔立ちにかけている真鍮眼鏡を煌めかせながら、シニカルに笑う壮士。
昔からこの幼なじみは、時折
それはともかく。
「では、慧。僕はこれにて」
「ああ。気が変わったらいつでも剣道部に来い」
「検討しておきます」
昇降口で靴を履き替えてからすぐに、そう言い残して壮士とは別れた。
従弟と剣を交わせなくなって、まだ少し残念な気持ちが残る慧であるが、そこは気持ちを切り替えつつ。
「さて。そろそろ、結果が張り出されている頃合いか」
確か、今日の昼辺りに、昇降口近くの掲示板で実力テストの成績上位五十名の張り出しがあるはずなので、そちらもそちらで結果が気になる慧は、その掲示板の方へと足を運んだのだが、
「む……あそこに、居るのは」
その先には。
今となってはわりと見慣れた、体格の馬鹿でかい、ツーブロック髪と三白眼のあの男と、あと一人。
長身で、長髪をハーフアップにして、化粧と装飾をバッチリ決めて、ブレザーではなくカーディガンを羽織った女子制服姿の少女が、その男と仲よさげに会話をしている場面だった。
慧にとっては去年から何かと因縁のある
どうやらこの兄妹、先ほどに偶然会った様子ではあるが、
「じゃ、ゆーちゃん。また家でな」
「うん。ばいばい、ゲンさん」
今し方、源斗が彼女にそのように声をかけて、自分の教室に戻っていったようだった。
となると、由仁ももうすぐ教室に戻るだろうしで、その前に、慧は声をかけるべきかどうかを、一瞬だけ迷ったのだが、
「あっ」
その前に、由仁の方が、こちらに気づいたようで、
「慧センパイっ」
「……うむ」
瞬間、先ほどまでの明るい表情が『パアアアアァァッ』とさらに明るくなって、元気よく手を振ってきていた。
その様は、出かけていた飼い主の帰還を、しっぽをぶんぶん振りながら迎えるわんこの如し。
はっきり言って、可愛いと表してもいい。
慧、これには少々……否、結構胸を突かれる心地であった。
「こんにちはっ、慧センパイ。偶然ですねっ」
「ああ。こんにちは、由仁さん」
「慧センパイも、実力テストの結果見に来たんです?」
「そんなところだ。『も』ということは、由仁さんもそうなのか?」
「うちは、詠ちゃんの付き添いだっただけですよ。でも詠ちゃん、ワケあって先に教室に戻っちゃって」
「詠が?」
慧の妹、
どうも二人で来ていたようだが、あの男が居たとなると、詠もあの男と会っていたということになるが……。
「それにしても、慧センパイすごかったですねっ」
と、慧の思考が脱線し駆けたところで、由仁がキラキラとした目で話しかけてきたのに、慧は思考が戻されると共に、少々慌てた心地になる。
「すごかった、とは?」
「慧センパイの順位ですよっ、順位っ。学年四位! しかも平均点は98点オーバー! ホンマ、すごい人なんですねっ」
「……そうか、四位か」
由仁の口からその順位を聞いて、慧は小さく吐息しつつ、掲示板の張り出しを見る。
彼女の言うとおり、慧は学年四位であり、その上にはいつもの三人とも言えるメンバーの名前が同点一位の位置に堂々と陣取っている。
……昨年一学期の中間期末テストはそのうちの二人に負かされ続け、そして二学期からは新たに転校してきたもう一人が加わって上を行かれているのに、慧は内心で歯噛みするものの。
そこは、己の未熟さから来ているので、表はいたって平静のまま――
「慧センパイ。もしかして、ちょっと落ち込んでます?」
の、はずだったのだが。
由仁にそう言われて、慧、少々驚いた心地で彼女のことを見る。
「……どうして、俺が落ち込んでいると?」
「四位ってとってもすごいのに、慧センパイ、全然喜んでへんですし。それにとっても悔しそうでしたから」
「む……顔に出しているつもりは、なかったはずなのだが」
「はい。顔には出てへんのですけど、なんとなく、その位置に満足できないっ、もっと上を目指したいって気持ちが、慧センパイの中にあるみたいな気がして」
「――――」
抱える内心を彼女にピンポイントで見透かされて、驚くと共に。
慧は、あの男に最初に声をかけられたときのことを、今になってようやく思い出した。
あの男もそういう勘が良かったのか、自分の心理をピンポイントで言い当てられたのに、その時の慧はとても煩わしく思ったのだが。
「……なかなか、キミの勘の鋭さには参ったものだ」
妹の由仁に言い当てられた今は、不思議と悪い気がしていない。
それもこれも、慧が彼女に…………いやいやいや、惚れてなどは、いない。
彼女は、あくまで、尊敬の対象である。
決して惚れた弱みとか、そういうものでは断じてない……!
「えっと、ご、ごめんなさい。ちょっと不躾だったかも」
「否。そういう風によく気が付く子だからこそ、俺はキミに妹のことを安心して任せられるのだろう。これからもあの子のことをよろしく頼む」
とまあ、緩やかに彼女に受け答えするも、内心での言い訳を連発する慧であるので、この状態もまた見透かされないだろうか……と危惧するものの、
「あ、は、はい。えへへ……褒められると、なんだか、ちょっと嬉しいもんやね。特に、慧センパイからだと……」
どうやら、慧の咄嗟の褒め言葉に対する照れ笑いからか、由仁の勘の良さは緩み中のようである。
ただ、『ほにゃ~』と緩んだ彼女もとても魅力的で、慧は何とも言えない気持ちを抱き、
……本当に、どうすればいいのだ。
慧、行き場のない感情に、またも内心で歯噛みするのみである。
ともあれ、今の彼女のことを真っ直ぐに見られないので、他の話題を探る傍ら、慧は視線を別に向けるのだが、
「あ」
その方向には。
――先ほど別れたはずの従弟の拝島壮士が、少々離れた場からこちらに向かって、爽やかな笑顔と生温かい視線を送ってきていた。
「――――っ!」
何故、壮士がここにいる……!
そんな思いで、慧、驚愕のままその場から動くことが出来ない。
一方の壮士、慧に気づかれたと見て、その笑顔のままでスマホを取り出して、手早く何かを操作しており。
直後に、慧の持っているスマホにメッセージアプリの着信がきた。
その内容はというと、
『いやぁ、実力テストの結果のことを思い出して昇降口に舞い戻ってきたら、実にイイものを見せていただきました。大丈夫。誰にも言ったりはしません。僕は慧を応援しております』
「壮士……っ!」
スマホの文面から目を離して再び壮士を見るが、壮士の姿はそこにはもうない。既に立ち去った後だ。
誰にも言わない、というのは本当ではあるが。
一番見られてはいけない、あの
本当に、これから対策が必要のようだ。
慧、失態である。
ちなみに。
「えへ、えへへへへ……」
由仁は、未だに緩んでいた。
そんな彼女を、慧は改めて可愛いと思ってしまった。
……それも含めて、これから一体どうしたものかと、慧の気苦労は増えそうである。いろんな意味で。
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