ACT08 新堂源斗は二重に悩む
四月も中旬となり、どんどん暖かくなってきた気候の昼休み。
「443点の48位……ううむ、ここからの壁が厚いな」
校舎の昇降口近くにある掲示板を見つつ、
彼が見るのは、新学期開始から一週間経った頃にこの学校の恒例行事として行われる五教科の実力テスト、その学年別上位五十名の張り出しである。
その張り出しの隅、二年生の四十八位という位置で、源斗は自分の名前を見つけていた。
上位五十名に入ったとなれば優秀な部類ではあるのだが、源斗としてはあくまで優秀の末席なので、少し……否、かなり納得がいっていない。
それもこれも、
「こりゃアカン、アイツに追いつく前に卒業してまうで……」
源斗が次いで見るのは、二年生の上位五十名のベスト5の方。
1:
1:
1:
4:
5:
超えるべきアイツ――鐘鳴慧の名前が、今回も今回とてベスト5に名を連ねているのに、源斗は歯噛みせずには居られない。
しかも、五教科合計で言えばちょうど五十点の点差の開きがある。
下位だった頃こそ、五十点という数字は容易に埋まったのだが、上位になればなるほど、五十点を詰めるのに多大な労苦を強いられる、というのがこの一年で源斗は散々思い知らされた。
「くそう。多分、今まで通りではアカン。こっからは何か方法を変えないといかんのか……でも、変える言うても、一体どうすれば……」
どうにか、差を詰める方法を考える源斗なのだが、答えは出てくれない。
そんな風に悶々と考える傍ら、
「あ、ゲンさんや」
馴染みのある声が、廊下の向こうからやってきた。
これには源斗、いったん気を切り替えてその声の方向を見ると、
「ゆーちゃん。それに、えーちゃんも」
「やっほー、ゲンさん」
「……こんにちは」
源斗の一つ下の妹、
由仁の高校最初の友達で、源斗とも最近友達になった後輩の少女、
「どしたん、二人とも」
「うん、ここに実力テストの学年上位五十人の張り出しがあるって聴いたから、詠ちゃんと見に行こうって思うて」
「……言うたかて、ゆーちゃん、あんま成績よくないやん」
「うぐっ……まあ、それは、そうなんやけど」
言うとおり、由仁は小中学は総じて成績がよろしくない。
そこそこレベルが高いこの高校に入れたのも、半分は中学三年の途中からの猛烈な努力によるものであるが、もう半分は奇跡が起きたとしか言いようがない。
……中学の成績で言えば、源斗も源斗で、あまり人のことを言えないけども、それはともかく。
「うちらが見に来たのは、詠ちゃんが載ってるかもって思うたからなんよ」
「えーちゃんが?」
「そう。詠ちゃん、全部が全部凄かったんやで。だからすごい上位かもって。ね、詠ちゃんっ」
「……は、はい」
由仁に褒めちぎられて、ちょっと照れ顔になって、小柄な身を縮こませている詠。
そんな彼女の仕草の一つ一つが、源斗の心の琴線にくるのだけども、
「あ、アカン、アカンで。アイツを兄と呼ばんためにも、ここは耐えるんや……!」
「どしたん、ゲンさん?」
「?」
小声で自分に言い聞かせて、源斗は耐える。
ただ、そんな自分の様子を、由仁と詠は首を傾げながら見ていたので、ここは話題を変えねばと源斗は思い、
「っとと、せやったら、えーちゃんの順位は俺が探したるわっ」
「え? そ、そんな、悪いですよ。それに載ってないかもですし……」
「気にせんでもええって、詠ちゃん。ゲンさん、視力めっちゃええんやでっ」
「そういうこと。すぐに見つけたる……って」
と、探し始めた矢先に、本当にすぐに見つかった。
3:鐘鳴詠 486点
鐘鳴詠の順位は、上位から数えてすぐのところにあったのだから、それも当然といえようか。
兄と同じく、妹の彼女も、相当に頭の出来がイイらしい。
「すごいやん、えーちゃんっ。三位やでっ」
「あ、ホンマやっ。やっぱ九十点オーバーばかりやったから、すごくないはずないもんねっ」
「え……え、えへへ、そ、そうですか?」
「さすがえーちゃんっ」
「詠ちゃん最高っ」
「バンザイえーちゃんっ」
「詠ちゃん大好きっ」
「あの……二人とも、もうそろそろ、やめていただいても……あぅ……」
先ほどと同じく褒めちぎっていた由仁に、源斗も加わって褒めちぎられるのに、詠は先ほどと同等かそれ以上に小さくなってしまう。
そんな彼女がこれまた可愛くて、源斗はまたもグッときてしまうのだが。
この気持ちを誤魔化すために、ここは勢いで褒めちぎることで乗り切ろう……と、思った、矢先、
「あ……」
小さくなる傍ら、詠は、何かに気づいたようである。
その視線の先には、掲示板の張り出し、二年生の上位五十名……その、下の方。
「これ、源斗お兄さん?」
一瞬で、詠は源斗の名前を見つけたようだった。
まあ、この五十名で言えば下から数えた方が早いから、すぐに見つかるのは当然といえば当然だが、それにしても早かったような……?
「お? ホンマや、ゲンさんも載ってるやん」
由仁も気づいたようである。
その、直後に、
「ゲンさんもすごいやんっ」
「……その、カッコいいです、源斗お兄さん」
由仁はいつものことなのだが、詠も、こちらにキラキラとした視線を向けてきた……!
「い、いや、それほどでもないて。えーちゃんみたいに上位の上位ってわけやないし」
今度は、源斗が照れる番である。
妹の由仁はともかく、先ほどまで何度も可愛いと思わされた詠にまでこの視線を向けられると、恥ずかしさがハンパない。
「それでも、上位に居るだけでもすごいって。ゲンさん、去年努力してたもんねっ」
「……力持ちだけじゃなくて頭もいいって、素敵です」
「や、せやから、まだそこまで褒められる段階では……!」
「詠ちゃん。さっきのやつ、今度はゲンさんにやろっ」
「う、うん。源斗お兄さん、さっきのお返しです」
「ぬぅ……!」
「さすがゲンさんっ」
「げ……源斗お兄さん、最高っ」
「やめてっ!?」
「バンザイゲンさんっ」
「源斗お兄さん、だ…………」
と、そこで、次の言葉を言おうとした寸前で、詠は止まった。
次いで、
「だ……だい……あ、う……~~~~~~~」
またも真っ赤になって、縮こまってしまい、
「ご、ごめんなさい、また今度っ……!」
「あ、え、えーちゃんっ?」
顔どころか全身を真っ赤にしながら、そのままぴゅーっと走り去ってしまった。
寸前までそこそこノリがよかったけども、やっているうちに、やはり恥ずかしくなってきたというところか。
彼女のそういう奥ゆかしいところも、源斗としてはやはり魅力的に思えてしまうものの、
「だから、アカンねんって……!」
またも心の奥底にある躊躇が、源斗に釘を刺してきた。
……自分自身、本当に、どうしたものかと思う。
「ふふ。詠ちゃん、もう少しやったのにね~」
あと、由仁はそんな源斗と、あと詠の走り去った方角を見比べつつ、何故かニマニマとしていた。
なんやねんと思いつつも、源斗自身、先ほど妹と悪ノリを共にしただけに、あまり強いことは言えない。
……あと。
えーちゃん、さっき何を言おうとして、止まったんや……?
少しだけ気になって、源斗は、由仁と一緒に詠を褒めちぎったときの流れを思い出そうとしたのだけども。
残念ながら、未だに残る恥ずかしさと、心の奥底の葛藤が混ざりに混ざっていて、どうにも思い出せなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます