第3話『感覚が麻痺してるって恐いことだと思いますです』(feat.Minato)

3限目の終わりを告げるチャイムが鳴り、休み時間になる。普段なら退屈な授業から解放され、10分間という束の間の休息を楽しむべく、周囲との談話に花を咲かせようものだ……が。

……あぁダメだ、どんなに三人称で表記しても現実から逃げ出せやしない。憂鬱オーラ全開。

あぁどうも、私の名前は藤咲湊ふじさきみなと。現在訳あって可愛い可愛い女の子を演じている嘘つきです。……別方向からの現実逃避を試みてみたけど結局何も変わらない訳で。悲しいね。

「……何、湊ってばまだグズグズしてるの?」

背後から不意に声を掛けられる。振りむいて確認すると声の主は藤咲梨瀬ふじさきりせ、我が双子の妹。

「覚悟決めたつもりだったんだけど、意外と決まってなかったみたいで」

ぎこちない笑顔で答えると、梨瀬は肩を竦めて嘆息する。……悪かったね、チキンで。

「昨日あそこまでヤったのに?」

「や、だからどうしてそう極論に行っちゃうワケなの貴女達姉妹は!?」

……私たちも兄妹だけど。経緯は昨日の夜まで遡る。



「うー……深雨姉のばかぁ……」

ショッピングモールから家路につき、無事部屋に辿り着いた私にできた数少ない行為は呪詛。先刻姉妹3人で和気藹々と食事をするまではよかったのに。

食事の場で出た話題が水泳の授業の話。私はやんごとなき事情で現在、というか産まれてきてからずっと女の子の格好をしながら生活しているんだけど、本来の性別は男。

女系家族の中で比較しても女顔、何の因果か年頃を迎えても変声期を迎えずに女の子のトーンと変わらないし、身長も(残念ながら)160cmを超えることが叶わなかった身で、身体も何故か筋肉がつかず華奢。

我が家きっての肉体派、流海姉るみねえに聞いてみても、

「たまにいるんだー、筋トレとかしても目立たないそういう特異体質。女性の新体操の選手とかフィギュアスケーターさんとか、美と筋肉を共存させる人達いるじゃない?そういう人達が努力して意図的に部位を選んで筋トレしているところを、湊は自然とそういうとこに付くタイプなんじゃないかな」

と、根拠があるんだか無いんだかよく判らない回答を貰った。まぁ要因は何であれ初見誰がどう見ても女の子だって事実は変わらないから、そこはもう気にしてないというか正直私自身も男だと主張しても誰も信じないだろうことは自覚している。

いや、別にそれが嫌なわけじゃないし、ファッションとかはいっそ女物の方が選んでて楽しいので服に合わせて髪もすっかり伸ばしちゃったから自分で拍車をかけているんだけれども。

でもまぁ、どんなに見た目が女の子だとしても決定的な違いはあるわけで。具体的に言うと股間とか。まぁ、つまり今回の問題はそこなワケで。平たく言うと、だ。

……女の子用のスクール水着を私が水泳の授業で着るのって無理があると思いません!?

OK、取り乱したね、ごめん。でもさ、これ至極真っ当な意見だと思うのね?だってね?いくら女の子に見えたって股間のアレはどうしようもないわけで、つまりまぁ率直にダイレクトに言うともっこりしちゃうじゃないですか。隠せないじゃないですか。

それを、我が姉で5人姉妹の長女であるあのチビっ娘は正論で論破した上に、酷い仕打ちをしたワケですよ。

「そりゃ、私も悪かったけどさぁ、何もここまでしなくてもいいじゃん……」

大きく嘆息し、スカートをまくりあげてみる。そこにあるのは濃紺色で三角形の厚ぼったい生地と、その下で自己主張するアレ。

試着室に連れ込まれて深雨姉に無理矢理着せられた挙句、そのまま下着は回収されてしまったので水着の上から制服を着て帰宅して今に至っている。

普段なら『性転換パッド』という便利(?)なものがあるのでそれを仕込む訳だが、実はこれ、体験者にしか判らないことだけど結構辛い。

や、本来経験する人の方が稀なんだろうけどそれはさておき。使用方法は想像に任せるとして、座ったりすると実は結構辛いのね、これ。

なので体育の授業が無いとか『大丈夫な日』は未着用なわけで、今日はまさにその日で。だから自己主張してる子がいるんです、はい。

「これはちょっと、アレだよねぇ……」

ちょっと改めてスカートを捲り上げて鏡で見てみる。さっき散々試着室で見たから多少耐性はついたけど、それでもやっぱり。

何か『湊なんか鏡に映った自分のパッド無しの水着姿見て、思ったより違和感が無いその姿受け入れちゃえばいいんだ』とか拗ねてたお子様が1名いたけど。

「ないない、これは無い」

ぶちぶちと愚痴を垂れ流しながらも、とりあえず水着を脱いでしまおうとまずは制服に手をかける。

ちょうどスカートを捲ってたのでまずスカートを脱いで、それからセーラー服。上も脱ごうとちょうどセーラー服を胸のあたりまでたくしあげた正にその時。

ガチャッ―――――――

「ねー湊、英語の宿題のノート見せ……」

ドアが開いて闖入者来襲、双子の妹の梨瀬。彼女の眼に飛び込んだのは鏡の前で着替える双子の兄の姿。

スクール水着の上にセーラー服の上だけ着た状態で、しかも胸辺りまでたくしあげた状態で固まったもんだから、グラビアのセクシーポーズ的な状態。股間の辺りはもっこり的自己主張。そして何度も言うけど、鏡の前。

―――――――バタン

「お願い!言い訳くらいさせて!!!」

無言でそのままドアを閉めた梨瀬に必死に懇願する私だった。

「いえ、お兄様がスクール水着の上にセーラー服なんてマニアックな格好をして、鏡の前でセクシーポーズをとってうっとりしているところを邪魔するようなことをしてしまって大変申し訳ございませんでした。どうぞ心ゆくまでお楽しみくださいませ」

梨瀬はドア越しのまま、淡々と言葉を発する。

「お願い、泣きたくなるから貶むにしてもせめて部屋に入ってきてからにして」

「はぁ、双子の妹にスクール水着姿を見せつけて興奮したいと」

「……うん、何かもうそれでいいから入ってきて話聞いてお願い。今スカート穿いたから」

梨瀬が呆れた顔で再びドアを開けて入室する。

「で、本当のところは何?」

「明日から授業で水泳、今日は貴女がいなかったから外食、帰りに深雨姉みうねえと買い物。あと必要単語は?」

「……あぁ、大体察した。何か怒らせて、報復に試着させられてそのまま帰ってきたと」

さすが姉妹。とりわけ梨瀬は双子なだけあって思考や行動パターンが似ているので必要最低限で会話が成立したりする。

「大体あってる。ちょっとした姉妹喧嘩を」

「んで、それはいいとして、どうして鏡の前でのセクシーポーズに繋がるワケ?」

「ちょっと現実と戦ってみた。どうすれば客観的に見てセーフになるかなって考えたけどそこそこには不可能だったよね」

「……セクシーポーズは否定しないんだ?」

「うん、いっそ堕ちるなら徹底的に堕ちるとこまで詰めてみようかと」

自暴自棄、うん、素敵な言葉だね。処置なし、と肩をすくめてみせると、梨瀬がニヤニヤと意味深に笑う。

「じゃあ水着1枚になってみたらいいよ、私が客観的に見てあげようじゃないか」

そう言うと梨瀬は私のベッドにダイブしてゴロゴロと観戦モードに突入する。

「ってゆーかさ、湊って下着とかも女物着てるし今更だと思ってたんだけど、なんでスクール水着はダメなの?」

梨瀬が不思議そうに尋ねる。……まぁね、確かにそうなんだけど。

「パンツの形の物はまだ勢いでいけたんだけど、スクール水着は着ると一線越えちゃいそうな気がして」

「……スク水フェチに目覚めそうだと?」

「だからそういう身も蓋も無い言い方やめて」

大仰に溜め息なんかついてみたり。梨瀬の言葉にというよりは現状に、なんだけど。

いや、今まで普通に女の子として育てられてたから、女物とかに対する抵抗はないんだけど、やっぱり守るべき一線ってあると思うの。

「まぁ、普通にしてれば全然違和感ないと思うけどね。湊なんて私より華奢だし毛薄いしそれでお月様も無いとか時々本気で殴りたくなる」

「バタ足とかしたらどうなるかは知らないけどね……ってゆーかさりげなく本音混ぜないでくれる?お月様はどう頑張っても共感はしてあげられないから」

辛いんだろうなって推測はできるけど、そればっかりは体験しようがありませんので。

「股間に濡れタオルを挟んでもらった状態で、下腹部を殴り続けてあげよっか。表現方法や体感に個人差はあると思うけど大体そんな感じ」

「……重いのが来た時は言ってくれれば家事替わるよ」

嘆息して、もう一度スカートに手をかける。今日は何回スカート着脱するんだろう私。

「……っていうか梨瀬の目の前で着替えるの私?」

「制服の中に水着着てるんでしょ?脱ぐだけじゃん。ほら脱げ、美少女男ののストリップ拝見」

「初めて聞く単語だけど存在自体が矛盾してるよ、美少女男の

ストリップという単語の方にツッコミは入れず、いったん止めた手を再び動かしてスカートのホックを外すとパサリとスカートが床に落ちる。

「おー、いいねいいねー可愛いよ湊ちゃん、ふともも綺麗だねー」

「棒読みやめて……いや、やっぱり棒読みでいいや。臨場感出された方がリアクションに困るわ」

目を細めて息を荒げようとした梨瀬の仕種で察した。

「……しまった、いっそ言わせた方が面白かったな、梨瀬の方が言ってて恥ずかしくなるヤツだった」

「そうだよ、まだまだ修行が足らんですわねお兄様。まぁ私は割と現状を楽しんでるから最後まで演じきるけど?」

両手をわきわきと動かしていわゆる登山ポーズを見せる梨瀬。残念ながら私にお山は無い……と思いながら一気にセーラー服も脱ぎ捨ててスクール水着姿になる。こういうのは躊躇したらした分だけ決意が揺らぐので一気に行った方がいいのは過去の体験から学んでる。

「さぁ貶すがいいドン引きするがいい、双子の妹の前で女の子用のスクール水着を着用して見せ付ける兄の姿を」

開き直ってスクール水着一枚で梨瀬の真正面に立ってみせる。自暴自棄とも言う。

「……正直な感想を率直に言っていい?」

「覚悟は出来てるのでどうぞ」

本日何度目になるか判らないため息をこぼしてから梨瀬の顔を見ると、本当に心から『微妙』という顔をしていた。

「思った以上に違和感が無くて逆につまんない。普通に似合うし、これでプールにいたとして、湊のことを何も知らない人が見ても多分『あ、この子心の性と身体の性が一致してない子なんだ』で全く問題なく受け入れて貰えるっていうか何なら股間の膨らみがあった上でもそれでも女の子にしか見えない」

「そりゃあどうも!!安心したよチクショウ!!」

私の絶叫は軽くスルーして、梨瀬は私のスク水姿を素早くパシャリと撮影した。ちょっと待て、撮影許可は出してない。

深雨姉みうねえに送っとくね、『女の子の水着が着れて、湊本当はすっごく喜んでる。私に見て欲しいって言って来たくらい』……と」

「おまっ!ちょっ!待て待て待て!!!」

電光石火、刹那、えーっと、あと何があったっけ。ともかく私は梨瀬の暴挙を止めようと、ベッドに突撃して梨瀬に覆いかぶさる。

「やだー、実の兄が女の子用のスクール水着姿で襲い掛かってきたー」

「事実を湾曲させた報道は悲しみしか生まないよ!?昨今のメディアの堕落だよ!?」

ジタバタと暴れる梨瀬の手首を掴んで、端末を取り上げようとするも梨瀬は面白がって抵抗する。

……その結果がどうなるかなんて、ベタなオチが待っているなんて判りきっていたハズなのに、その時の私に冷静になれるわけもなく。

「「あっ」」

手がぶつかった。こういうときに限ってピンポイントに『送信』にぶつかってしまう現象、マーフィーの法則とはよく言ったもので。

残酷に表示される『既読』の文字、あぁもう何でこういう時に限って反応が早いかな深雨姉は。

トントンと明らかに体重の軽い足音が階段を昇ってくる。流石タイムイズマネーを仕事でも如何なく実践してる司法書士だ……と脳が現実逃避を始めた辺りで。

コンコン、ガチャッ―――――――

「何だ湊、本当は着たかったんなら恥ずかしがらずに言えばよかっ―――――――」

深雨姉の目に映ったのは実の双子の妹をベッドの上で押し倒すスクール水着姿の弟。

「……性的興奮を覚えちゃったの?」

「違います!!!」

深雨姉のことだから判った上で言ってるんだろうけど、真意は正確に伝えなければいけないとメディアの悪しき風潮に異を唱えるのだった。



ここまでが昨夜のハイライト。お判り頂けただろうか。

「大丈夫大丈夫、クラスの皆は湊のこと普通に『そういう子』って思ってるから今更だよ」

「思いやりのあるクラスメイト達に恵まれて幸せだねぇ……」

泳ぐ前から疲れきっている私と、明らかに状況を楽しんでいる梨瀬。

ちなみに現状は水着に着替えて(どこで着替えたかは敢えて言わないとして)、梨瀬と一緒にプールに向かっている状況。

股間に件のパッド、申し訳程度に胸にも耐水性のパッド。これを装着すると自分で言うのも何だけど外見だけなら本当にどう見ても女の子。

「けど問題は中身だと思うんだ」

「覚悟決めろー、男だろー」

相変わらず棒読みで背中を押す(物理)梨瀬。顔が笑ってるぞチクショウ。

「こういう時だけ正しい性別を主張しないで頂けます!?男だからこそ現状に物凄く抵抗があるんですよ!!」

抵抗はあるけど時間は待ってくれないので歩みを進める。真面目な自分を拍手喝采で褒め称えてあげたい。プリーズスタンディングオベーション。

覚悟を決めてプールサイドへの階段を上がる。13段も無いけど、気持ち的にはそんな感じ。

そして最上段まで上がって、クラスメイトから私にかけられた言葉は。

「えー、湊ちゃんメッチャ可愛いじゃん!」

「腰細っ!何そのスタイル、羨ましいんだけどー」

「ちょっと男子ー、湊ちゃんジロジロ見るのやめなよー」

皆肯定のシュプレヒコールありがとう……藤咲湊、今日も強く生きてます。

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藤咲さん家のご家庭事情はいつも面倒だ 佐椋 岬(サクラ ミサキ) @citrus-to-283

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