第2話『3分クッキングは編集で3分にカットしてるだけなんだよっ!』(feat.Lyce)
料理は戦いだ、昔は鉄人とか呼ばれてる人が料理対決する様でTV番組が構成できたんだから間違いないと思う。というか毎日常日頃から思っている。毎日自分を含めて5人分のゴハンを作ってる私が言うのは許されていいんじゃないかな、と思うんだ。
―――だからこそ。
「料理を
私、
「うぅ……ごめん、そんなつもりじゃなかったのよ……」
事の発端はなんてことない、流海ねーさんがまた空回りをしたっていうだけなんだけど。
「だからいつも『何か作るのは全然止めないから声だけかけてね』って言ってるのー、そろそろ自覚してよ」
「うん、ホットケーキ作ろうと思って……」
それは聞いてない、というか聞きたくなかった。だってじゃあなんで『片栗粉』が調理台に乗ってるの?
「お腹空いたんなら言ってくれれば何か作るのに」
言いながら私は粉をひっくり返して頭から被ってしまった流海ねーさんの髪をぱさぱさとほろってあげる。
「でも梨瀬ちゃん今テスト期間中だし、勉強の邪魔しちゃ悪いと思って……」
う~ん、悪意が無いのが判っているだけにあんまり責めれないんだよねぇ。ちなみに流海ねーさんが被ったのはお好み焼き粉。せめて間違ってそっちを水溶きしてくれていればソースで食べる裏技もあったのに。
現状を見たら今更言うまでもないと思うけど、流海ねーさんは料理というか家事全般と絶望的に相性が良くない。
喋り方だけ聞くとおっとりしたお姉さんってカンジなんだけど、実は中の性格はひじょ~~~に大雑把で細かいことが大の苦手。そして我が家切っての武闘派で、合気道の師範代とかやってる。一向に海外から帰ってこない師範・バカ親父に代わってウチの道場を担っているけど、多分……や、確実に師範より強い。噂では熊に出会ったときに、襲ってきた熊の強烈なベアクローのその勢いをそのまま利用して背負い投げたとかどうとか。事実は恐いから確認してない。
「お風呂入って粉落としてきたら?」
「うーん、それよりお腹空いた」
……ほら、これだもん。目に粉が入ったとかそういう緊急事態じゃない限りは全然全く平気な女、これが藤咲家次女・流海。黙ってれば背が高くて美人だから見栄えもするのにねぇ。
とりあえず私は冷凍庫の中の材料でちゃちゃっと中華丼を作って流海ねーさんに食べさせると、浴室へ強制送還した。……この水溶き片栗粉はホットケーキの何に使うつもりだったの?(だから中華丼に使った。)
いや、多分ホットケーキミックスを水で溶きたかったのかなとは思うけど、それなら何で小麦粉は別で水で溶いてあるの?とも思うワケだ。まぁ、さすがに片栗粉は無いなと途中で気付いて小麦粉にしたのか……謎は深まるばかり。
「……さて、どこから手をつけようか」
私は一人、気合いを入れる意味も込めて呟く。さしあたってまずは流海ねーさんの服を洗濯機に入れてスイッチオン、そのまま納戸から掃除機を取り出して舞った粉の掃除を始める。頭の中で「あの小麦粉は……夜に水団のお吸い物にでもしよう」と考えながら。
「梨瀬ー、ごめん私の黒いガーター知らない?」
流海ねーさんの服ついでに洗濯物を片づけていると、2階から
「今取り込んでるとこ。すぐ使うの?」
言いながら私は干してあった湊のガーターベルトを手渡す。格好を見てみるとちょっと気合の入ったロックテイストのレザージャケットにアシンメトリーのスカート。普段はポニーテールにまとめている髪を今日は珍しくツーサイドアップにしている。
「うん、今履く。これからバイト行くから」
「その格好で?オヤジにはもうちょっと清楚系の方がウケいいんじゃないの?」
「……だから、どうして私が『バイト』っていうとそういう発想するのかなキミたち」
「だって湊だし。ってゆーか頭のリボンちょっと曲がってるよ?」
言いながら私は湊のリボンを直してやる。聞けばどうやら今日のバイトは某ロックバンドのライヴ会場での警備らしい。一般客のフリをしながら盗難とか盗撮とかを検挙するらしいけど、その短いスカートだとむしろ湊が盗撮に遭うんじゃない?……と
思ったけどまぁいいか。
「ありがと。あ、帰りは遅くなるけどゴハンは欲しいから何か残しておいてくれると嬉しい」
湊は喋りながらせかせかとガーターベルトを身につける。まくれ上がったスカートから一分丈の黒のスパッツが見えた。あぁ、一応露出対策はしてるんだね。
「判った。あ、そうだ湊、いない間に数学のノート見せてもらっていい?」
「ん、いいよー。学校用のカバンの中に入ってるから。行ってきまーす」
パタパタと駆け出していく湊を見送って私は家事に戻る。あ、今のノート云々のやりとりは説明した方がいいのかな。私と湊は双子で年が一緒だから授業内容も一緒ってだけなんだけど。
どうでもいいけど湊はいつ勉強してるんだろ?コンスタントに成績がいいんだよね、あの人。
「梨瀬姉、今ちょっといいか?」
今度は
「どした沙雪、何か困りごと?」
「今日家庭科の授業が裁縫だったんだが時間内に完成しなくて」
そう言うと沙雪は『完成してない』どころか『素材のまま』のエプロン製作キットをテーブルに広げる。
「珍しいね?沙雪別に苦手じゃないでしょ、そういうの。」
すると沙雪はイヤなことでも思い出したのか、軽く舌うちして毒づいた。
「裁縫に飽きたクラスのクソ馬鹿野郎どもが授業中に走り回って、とある女子のエプロンを台無しにしてくれてだな。その子が泣き出したものだから、私の分をその娘に譲ったら泣きやんでくれて」
あー……何となく展開が読めてきた。
「そしたら何だかその男が面白くなさそうにしていたものだから『言いたいことがあるならハッキリ言え』と言ったらそいつにも泣かれた。私はクラスメイトに詰め寄っただけなんだがどうして『先生に怒られた』みたいな空気になるんだ」
うん……正直沙雪は明日から大学とか会社とか行っても違和感無いからね……
「で、その泣いた男のとりまきの男たちが謝ってきたもんだから『謝る相手は私じゃないだろう』とその女の子に謝らせたら、何故かその男どもまで泣き出してだな、いい加減腹が立ってきたもんで教師に『これはお前の仕事だろうが、何してやがる。』とついつい言ってしまった」
「どうしてここまで男前でカッコよく育っちゃったのかね沙雪ちゃんは」
12歳の行動じゃーないよね、教師に面と向かってガチでダメ出しするとか。そりゃクラスで浮くだろうともさ、だって大人が小学生に混じって授業受けてるようなものだもん。いや、沙雪はれっきとした6年生だから何一つ間違ってないんだけど。
「そうしたら教師にまで半泣きで謝られてますます腹が立ってな。つい『いい大人がクソガキ相手に涙目になるな、いいからさっさとやることをやれ』と追い打ちをかけたら何だかクラスが居たたまれない雰囲気になってだな。とりあえず空気を読んで
私は保健室に移動したわけで」
おそらく絶賛仕事中であろう長女・
「どうして私がここまで気を使わなければいけないんだ?間違ったことを言ったつもりはないのに」
沙雪は最後に大きく大きくため息をついた。うん、沙雪、キミが今悩んでるそれは使えない上司と同僚にキレた中間管理職みたいなカンジが漂ってるよ?……実際会社勤めしたこと無いから予測で言ってるけど。
「最後に職員室に言って、態度が悪かった点だけは謝ってきて、私の製作用の素材を改めて貰ってきたというわけだ」
そして自分のケツまで拭いちゃうワケだよ、この娘。
「それは何ていうか……大変だったね、としかねーちゃんは言ってあげられないやごめん」
「いや、謝らないでくれ、ただの私の愚痴だ」
私にまで気を遣う沙雪。私は沙雪を抱きしめてやりたかったけど、本当にやったら身長差の都合で私が抱きつくっていう真逆の構図になっちゃうから頭を撫でるだけにしておいた。
「で、何か頼みたいことがあったんでしょ?」
「頼みたい……というか相談だな」
「相談?いいよ、何でも言ってごらん?」
沙雪は少し考える素振りを見せてから、こう言った。
「小学校の裁縫の課題にミシン使っていいと思うか?」
「……いいと思う、少なくとも今回の沙雪の場合。というかいいよ、やってあげるよそのくらい」
「……すまない、正直学校で作ったものをもう一回作りたくなかったから助かる」
苦笑する沙雪の表情を見て、夜ゴハンに何か沙雪の好きなものを一品つけてあげよう、そんな気持ちになった私だった。
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