第122話 暴動寸前
右手を頬に当て、困ったような表情で答えはじめた。
私は、買ったオレンジのドライフルーツをかじりながら答える。
「なるほどね。死活問題ってことね」
「そうなのよ」
私は別の場所へと移動。
ここも、人が多い店が並ぶ地域。やはり、街の人がどこかよそよそしい。
まずは魚売りのおじさん。買い物をしながら亜人とのいざこざについて話す。
頭を押さえ、どこかけげんな表情で話し始めた。
「危うく商品を盗まれるところだったよ。ほんと、何とかしてほしいぜ」
「なんとか、なるといいわね」
すると、隣にいた買い物袋を手に持ったおばさんが話に入ってきた。
「本当に迷惑よ。これじゃあ娘を一人にするのだって みんな別のエリアへ行けばいいのに」
「そりゃ……そうなっちゃいますよね」
明らかに、亜人に対して避けるような物言いの言葉。
その言葉に、何も言えなかった。本当なら、それとなく偏見じゃないかとか言ってあげたかった。
でも、母親が娘のことを想うのは当たり前だし、仮に言い返したところで反感を買うだけなのは分かっているからだ。
亜人達への心情まで悪くなっているのを感じる。
(良くない傾向ね。これじゃあ街が分断されてしまうわ)
(その通りよ。何とかしないと)
このままでは人間も亜人も、嫌悪感を募らせてしまう。
そしてその嫌悪感は、すでに行動にも表れ始めていた。
時折亜人の人が道を通りかかるが、人間たちは彼等に冷たい視線を投げつける。まるで『何でここにいるんだよ』とでも言わんばかりの態度。
中には、小石を投げる物も出始めた。
「まずいぞ、これは──」
「そうね。このままじゃまた暴動に発展してしまうわ」
周囲の一般人がひそひそとささやく。全員が全員、亜人に対して、人間に対して敵愾心を持っているわけではないことは理解できた。
ただ、早く手を打たないと。政府の決定なんて待っていられない。私にできる事を何か──。
自然と表情に焦りが出て来る。しかし、その想いさえ──時すでに遅かったのだ。
買い物のおばさんが、何かに気付いたのか私の肩をたたいて切る。
「おばさん、何?」
「あれ、放っておくとまずいわよ」
おばさんが指さす方向。私も視線を向けると──愕然とした。
「この人間め。日ごろの恨み、全部晴らさせてもらうぜ」
「そうだそうだ」
そこにいたのは、目つきが悪かったり、棍棒を持っていたり──薄汚れた服を着ていたいかにもスラム街のゴロツキっぽい毛耳の亜人の集団。
──なのだが、彼らが行っている行動。
亜人達の中に人間の女の子が中心にいたのだが、その女の子を集団で蹴り飛ばしているのだ。無抵抗で、恐怖のあまりうずくまっている女の子に対して、大の大人たちが寄ってたかって暴行を加えているのだ。
恐怖のあまり泣きじゃくる女の子。
「お前たちのせいだ」
「自分達だけ、いい思いしやがって!」
「痛い。痛い。痛い。やめて」
女の子の悲鳴などお構いもなしに周囲の人間たちは女の子に自分たちの怒りや憎悪をぶつけていく。
「あれが亜人の本性か」
「──凶暴すぎだろ。あんな奴らと一緒に住めるかよ」
人間──元々リムランドにいた人達はそんな人たちに対し、あからさまに恐怖心を抱く。
ひそひそと、亜人達への悪口を言っているのがわかる。
こうして、人間たちは亜人達への偏見を持ち、悪い印象を心に刻み詰めるだろう。
私が偏見は良くないと必死に叫んだところで、何もならない。私の視界から離れた瞬間、確実に亜人達の悪口を言い始めるからだ。
返って、私は亜人の手先だと思われ、二度と私の言葉を聞いてくれなくなる可能性だってある。
とはいえ、目の前で人が傷ついているというのに、何もしないわけにはいかない。
とりあえず。女の子を助けよう。
そう考え、一歩踏み出したその時──。
「ふざけんなこの野郎。俺の娘を!」
血相を変え、一人の人間の男が亜人達に対して突っ込んでいく。娘という言葉からして女の子の父親だろう。それなら、激怒しているのも当然だ。
血眼になって、暴行している亜人達たちに殴り掛かってくる。女の子は、彼らの意識が父親に向かったスキにその場から距離を取った。
そして、父親の脚をぎゅっとつかむ。
殴られた、目つきの悪い亜人が肩を掴んで話しかけた。
「なんだこの野郎。俺達のことを糞見てぇに扱ってるくせに」
「ふざけんなこの野郎。いきなりこの国に来て、居座って。殴り掛かってきて」
「こっちだって、好きで来てんじゃねぇんだよ!」
いきなりのケンカ腰。話が全くかみ合っていない。互いに怒りの感情を前面に出している。こんなことをしたら行きつく先は決まっている。
助けようとしたのは立派だが、これじゃあまた争いになってしまう。
案の定、亜人の男は逆上。そのまま、殴り合いになり始めた。
「やんのかこの野郎!」
「ぶっ殺してやる。俺達から搾取してるくせによぉぉ」
「そうだそうだァ!」
他の亜人達、それだけでなく人間たちの中でも殴り合いに参加する者が出て来た。
その姿に、危機感が私の心に現れる。このままじゃ、この前の暴動の再来になってしまう。
それだけは、絶対に避けないといけない。
本当はこんなのしたくない。けれど、街を守るためなら仕方がない。
胸が痛くなり、罪悪感が私の心に現れる。苦渋の決断とも言える選択肢を、とるしかなかった。
私は、娘を殴っていた亜人をひっぱたいた。
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