第115話 酷い地主

「──この辺りね、ライナ」


「はい、センドラー様」


 私達は、街の地図を片手に街のはずれへ。


 目的の場所──それは街はずれのとある大地主が経営している農場。



 ラヴァルの部下の一人が、遠い国からここに越させられたという話を聞いた。その地主の名は、ガルキフ。

 詳しく話を聞くと、複数のブローカーを経由して連れてこられたという。私はすぐに、その場所を教えてほしいと懇願し、この場所を突き止めたのだ。


「多分、このあたりだと思う」


「そうっぽいわね」


 見渡してみると、一面に広がる麦畑。それもそのはず。この辺りの土地を開墾し、畑を経営しているのはかなりの地主さんなのだ。


 確か、リムランドでもそれなりの規模なのだとか。


 しばらく歩いていると、数人の人がいた。

 収穫なのか、鎌をもって根元を切り、麦の茎を台車に乗せている。


(噂通りって感じね。見ているのもきついくらいだわ)


 センドラーの言葉通りだ。その姿に、納得した。

 ラヴァルの仲間の一人が、ここでひどい目を受けていたという事実に──。


 まずは格好。

 靴に相当する者は履いていない。あんなんで農作業なんかしたら足にけがを負うし、間違いなく伝染病になる。

 次に服装。肩を露出させた白い服を腰辺りまで賭けている。ズボンも兼ねているのか、与えられているのはそれだけ。

 おまけに状態。明らかにボロボロで、破れている個所もある。


 さらに、働いている人々。食事が満足に与えられていないのだろうか、頬が痩せこけていて手足が細い。


「かわいそうですね、あの人たち──」


 ライナも、悲しそうな表情で人々を見つめている。

 ああいった、地方から連れてこられたという人たちはひどい待遇を受けていると聞いたが、嘘ではないようだ。


 そして、そんな亜人のほかにもう一人いた。

 小太りで、茶色いシャツを着たおっさん。腕に金や銀の飾り物を付けている。まるで、自身の地位を見せつけるかのように。


 あれがここの大地主ガルキフなのだろうか。


 おっさんが早足で亜人達が働いている所に向かっていく。

 そして、一人の人物の前で立ち止まった。


 立ち止まった先では、収穫した麦を置いて少女が座り込んでいる。

 この子、立ち止まるまでの挙動を見ていたけど、どこかふらふらしながら歩いていた。

 恐らく、長時間の過労が影響しているのだろう。


 しかし、ガルキフの人はそんなこと気にも留めない。

 舌打ちをして、足元を蹴っ飛ばした後、女の子に罵声を送り始めた。


「おい貴様ァァァ! 働け働け働け働けぇぇぇぇぇ!!」


「す、す、すみません」


「全くだ。さぼってるんじゃねぇよ」


 そして、罵声だけでは飽き足らなかったようで女の子を鞭で叩き始めたのだ。

 うずくまり、鞭で打たれている頭を必死でかばう女の子。


 本当に痛々しくて、見ていられない。自然と、握りこぶしが強くなった。


(ごめん、私止めに行く)


(ちょっと。今日は偵察じゃなかったの?)


(そ、それは……)


 センドラーの言葉通りだ。本来今日の目的は偵察。

 ここでのこのこ出て言ったら、相手に私達の存在を知られてしまうことになる。


 けれど、目の前で傷ついている人がいるというのに、何もせずにはいられない。おまけに、奴隷同然の待遇をさせて、暴力を行使している時点で、このガルキフに問題があるのは確定している。

 自然と、足が動いた。


 駆け足で畑の方へ進む。後からついてくる、センドラーとライナ。


「ちょっと、何やってんのよあなた」


 鞭を持ったガルキフはすぐに私に気付いて振り返る。


「なんだぁ。何の用だ貴様!」


「なんだじゃないわよ。人を鞭でひどい目に扱って──。説明しなさい!」


 私は腰に手を当て指をガルキフに向けた。

 ガルキフの人は、全く悪びれる様子もなく反論。


「うるっせぇ! こいつらは俺の物なんだ。それを好きに使って、何が悪いんだよ!」


 罪悪感のかけらもなく言葉を返して来ることに、私はあきれた。


「つまり、この人たちを、物だと扱っているってことね」


「ああ。以前は街の奴隷を使ってたんだけどね。賃金をあげろとかうるさかったんだ。そんなときに闇商人がやってきて、安く奴隷を


 本当なら、こんなことはしたくなかった。

 私は本来、人の上に立つ存在でも、偉いわけでもない。国民に頭を下げ、尽くしていくことが本当の使命だからだ。


 しかし、現実として人々が虐げられている姿を見て、それを指摘して開き直っている姿を見て、何もしないわけにはいかない。


 思いっきりこのガルキフの頬をひっぱたく。


「あなた、いい加減にしなさい。今の行動、見てたわ。弱ってる女の子に何やってんのよ」


 ガルキフはひっぱたかれるとその場に倒れこむ。


 腰を抜かしたままひっぱたかれた頬を抑え、言葉を返して来る。


「いい加減って──だいだいお前なんだよ。いきなりこんなとこにやってきて。誰だこのクソ女!」


 怯えた様な目つきでにらんでくる。ああ……名乗ってなかったわね。

 額に手を当てしばし考える。名乗ってもいいのかな──。


(いいんじゃない。名前を出せば、黙りそうだし。権力や力に弱そうだもの。彼)


(そうね……)


 センドラーの言葉通りだね……。


「私ね。ただの人間じゃないの。これなの」

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