第116話 小屋の中

(そうね……)


 センドラーの言葉通りだね……。


「私ね。ただの人間じゃないの。これなの」


 冷静な口調でそう言ってポケットから一枚の紙を取り出す。

 取り出したもの、それは私の身分証明書だ。


 ガルキフはそこにある名前が入った瞬間、目を丸くして体を硬直させた。


「セ、センドラー???」


「そう」


 やれやれと、大きくため息をついて言葉を返す。

 名前を出して、勝てないとわかったらすぐこれ。本当に、権力には弱いんだから。あきれ果てるしかない。


「な、な、何でだよ。あんたみたいなやつがこんな辺鄙なところに。俺を。消しに来たのか?」


「違うわ。ここで、酷い目にあった人がいたから、偵察に来たの。んで、あんたが貧しそうな人たちに鞭をビシバシ撃ってるから、我慢できずにひっぱたいたの」


 腰に手を当て、ジト目でガルキフを見つめていると、ガルキフが吐き捨てるかのような口調で答える。


「それで、どうする気だよ。」


「いろいろ、聞きたいことがあるの。いろいろと調べさせてもらうわ。はいかYESで答えてもらうわ」


 ガルキフはズズズと体を後退させ怯えたような目つきで私を見る。

 腰を抜かして倒れこんだまま。


「早く答えなさい! もっと痛い目見ることになるわよ!」


「わわわわわわかった。全部しゃべるから許してくれ」


 最初っからそうしなさいよ。もう一度大きくため息をついてガルキフに話かける。


「彼らの出身地は?」


「知らない」


「彼らの家族とかは?」


「わからん」


 何一つ答えないガルキフの態度にイラっときた。そんな訳が無いだろうが。

 商人から移民を受けとるとき、普通はその人の言語や出身地を伝える決まりになっているのだから。


(ちょっと、変わって)


(はい)


 センドラーも、同じことを考えていたのだろう。ここから先は、彼女の出番だ。すぐに人格を交代。


 胸ぐらをつかんで、息が当たりそうなくらい顔を近づける。

 そして、ギッとにらみつけながら話しかける。


「ウソばっかついてると、本当に極寒の地へ飛ばすわよ」


「あなた、ひどすぎ。もういいわ。書類はあるのね? 彼らの売買に関する契約書みたいなもの」


「ああ、そこの小屋にある」


「見させてもらうわ」


 センドラーは返事も聞かずに麦畑の先にある木造の小屋へと向かった。


 中に入る。大分年季を感じる家屋。そこそこ大きくて、やや古びている。

 規模からして、亜人達の住処も兼ねているのだろう。


 中の光景に唖然とした。


(なんていうか、家畜の住処みたい)


「はい……」


 ライナも、ドン引きしている。センドラーの言葉通りだ。

 昼間だというのに薄暗い。床は、埃っぽくて薄汚れている。天井には所々蜘蛛の巣が張っていた。


 そして、向かったのは一番奥にある部屋。亜人達の寝室──らしき場所。

 木でできた3段式ベッド。

 狭くて、腰を立てられないくらいだ。プライベートな場所など存在しない。


(ひどいな……奴隷同然じゃない)


(そうね。ちゃんと彼を指導しないといけないわ)


 完全に、彼らを奴隷のように扱っているというのがわかった。

 あの人たちにも、しっかり話を聞くとしよう。


 その通り、この部屋にあるのは、奴隷たちが持っている物ばかり。見たことが無い顔をした土偶や動物の形をした小物など。


 彼らの故郷で、作られたものだろうか。これらを見ながら、故郷のことを考えていたのだろうか。


「ライナの言うとおりね。まあ、奴隷に見られたら困るものを奴隷がいる場所にはおかないでしょうね」


「あまりのぞき見も良くない気もしますし、別の場所に行きましょう」


「そうね」


 次、奥の部屋から手前に戻る。一応ノックをして入ってみると、そこは事務室のようになっていた。


 さっきよりは多少ましなものの、軽く埃かぶった本棚。

 部屋の窓側には、事務──用っぽい机。


 全く整理ができていない机。机の上に書類が、雑にたくさん並べられている。

 腰に手を当てて、ため息をつく。


「じゃあ、調べましょうか」


「そうですね」


 そして私は人格を交代させる。私とライナは嫌々雑然とした書類に手を付けた。

 書類を一つ一つ調べていく。


 全く整理されていない、雑然とした書類の束。

 それでも、手掛かりを見つけるため入念に調べ上げていった。


 ドアの柱に、隠れるかのようにガルキフがのぞき見していた。警戒したような目つき。


(バレバレ。何か後ろめたいことでも、あるんでしょうね)


(そうね)


 ただ、逃げ出されても面倒だ。ここで、聞きたいことを聞いておいた方がいいか。


「ライナ」


「なんでしょうか」


「私、こいつに聞きたいことがあるから書類の方お願い」


「わかりました」


 そして私はかっかっと歩いて近づいていき、話しかけた。ガルキフは私が近づくなりびくっと体を震わせて逃げようとした。


 ──が私はガルキフの肩をガシッと掴んで逃がさない。



「聞きたいことがあるの。彼らの出身地がわからないってのは聞いた。でも、何もわからないってのはないはずよ。文化とか、取引した人のこととか、答えて」


「言えるかよ。言ったら殺される」


 その言葉に唖然とする。


「は?」


 思わず地が出てしまった。

 たぶん、取引をしたのはまともな商人ではないのだろう。違法に奴隷たちを安く仕入れ 闇商人というやつだ。


(何か、怪しい雰囲気が漂うわねぇ。しっかり追求した方がいいわ)


(わかった)

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