第114話 どこか、すがすがしい

「そいつにホイホイ、ついて行っちゃったのね」


 ラヴァルは、大きく息を吐いて遠くの空を見つめている。


「ああ。貧しい中で、リムランドにくればここよりもっといい生活が出来るって吹き込まれた。まだガキで、学が無かった俺はホイホイついていった。何の疑いも持たずにな」


「で、実際に来て見たら違ったと」


「ああ。町工場や農場、いろいろな場所で強制労働。ボロボロになるまで働かされた」


「人間中心のこの街じゃあ俺たち亜人は、明らかに俺達は見下されていた。二級市民という言葉がよく似合っていた」


「悲惨ね」


 亜人の人というのは、リムランドでもそうだが基本的に身分が低くみられる。

 偏見や不当な差別といつも戦っていたのだろう。


「全くだぜ、貧しいのが嫌でこっちに来たってのに、こっちでもいつの間にか最下層で暮らす日々──」


「そんな中で、唯一頼れるものが自分たちの力だった」


 話によるとラヴァルは、自分や同じ境遇だった仲間に手を出した来た奴らをボッコボコにしたやったらしい。

 それから、身寄りがなくなってスラム街に住むこととなった。略奪をして生活をしていくうちに、同じような仲間が出来たのだそうだ。


「俺達が強いとわかれば、誰も手出しをしてこない。奪いたい放題手に入れたい放題。敵なしだった」


「なるほどね」


 彼らは基本保身第一だ。強くて、勝てない敵だとわかれば殴っては来ない。

 もう、彼らに口を出せる人がいなかったのだろう。


「誰が来たって、力で返り討ちにできると思っていた。お前と出会うまではな──」


「まあ、そんな強さがあるんじゃそう思ってもおかしくはないわね」


「まさか、自分が傷ついてまで、俺に一撃を食らわせてくるとはな。勝ったと思ったのによ。思ってもみなかったぜ。あそこから逆転されるなんてよ……、それも自分を犠牲にしてなんてな」


「いやいや、あれとっさの判断だったんだから。私だって、ギリギリの戦いだった。あなたが抱えていた闇の強さが、良く分かったわ。その想い、絶対フイにしたりしないから」


 久しぶりに死力を尽くして戦った。

 気力も尽きて、正直フラフラだけど、どこかすがすがしい気分。


 ラヴァルとの会話だって、さっきまで死闘を繰り広げた相手だというのに、私の顔は自然と笑みを浮かんでいた。


「ったくよぉ。お前、いい身分だろうってのに、なんか憎めないやつだ」


「ありがとう。じゃあ、色々話したいんだけどいい? 街のこととか」


 そして、私の元にラヴァルや、その手下たちが集まってくる。

 彼らは、順番にここに来るまでの境遇を話してきた。


 家が貧乏で、金のためにこの地に売られ厳しい労働を課せられたもの。

 ストリートチルドレンとして身寄りがないまま育ち、ここしか居場所がなかったもの。


「なんていうか、ここが最後の居場所って感じよね」


「そうだ。落ちこぼれたやつらの、最後の掃きだめってとこだなここは。っでどうするんだ? 兵士とか呼んで取り潰すのか?」


 皮肉交じりのラヴァルに私は苦笑いで言葉を返す。


「そんなことするはずないでしょ。そしたらあなた達とまた争いになるし──、なによりそんな境遇に合っている人を救うのが、私の役でもあるんだしね」


「ケッ──キレイごと吐きやがって」


「えへへ……照れちゃうなぁ」


「調子のいい奴め。まあ、お前が俺達を排除しようとしているわけじゃねぇのはなんとなくわかった」


「ありがとう」


 取りあえず、信じてはもらえたみたいだ。ラヴァルの表情からも、どこか安心しているような清々しいものを感じる。


「略奪や犯罪行為をしないなら、こっちだって無理に攻撃したりしないわ。約束できる?」


「もうしねぇよ。おっかねぇババアがやってきてボッコボコにしてくるんだからな」


「おい!」


 ちょっぴりイラっと来た。まだそんな年齢じゃないし。

 でも、もうしないという言葉にウソ偽りはなさそうだ。


 それなら、彼らを信じてみよう。それに、色々な話を聞けた。ヒントだって──。


 彼らの想いは、絶対に無駄にはしない。

 苦しんでいる人たちの声にこたえるのだって、私の役目なんだから。



 なんだか、すがすがしい気分だ。


 精一杯戦ったというのもあるが、彼らの本音を聞けたということが大きい。

 受け取った本音は、絶対に無駄にはしない。


 しっかりと聞いて、答えていきたい。







 その日の夜。


 街のはずれにあるスラム街の一択。

 夜もすっかり更け、人通りもまばら。



 雑に密集した建物群。その中でも大通りから細いわき道を言った場所にあるレンガの建物。

 その2階にある一室。


 人目につかないよう、薄暗いランプのみで照らされた部屋で、二人の男が会話をしていた。



「準備はどうだ? ヘイグ」


「ああ、ばっちりだ。下民どもはすっかり分断状態。国王は私なしでは権力を行使できない。私の権力は、国内で一番といってもよいだろう」


 一人は、貴族たちの権力を掌握し、リムランドで最も権力を持つ男、ヘイグ。

 もう一人は、闇商人の男。



「そっちこそ、あの化け物の準備は大丈夫か? 名前は──」


「ハスターだ。気にするな、いつでも出現の準備はできてる」


「そうか、ありがとう」


 男は肘を机について、にやりと笑みを浮かべて笑う。

 ハスター。それは、この世界でも一二を争うと言われるほど凶悪な魔物。人を食い、全てを破壊する災厄といってもいい存在だ。


「しっかしお前も悪だなァ。仮にも自国民だぞ。そんな人が住んでいる場所に、魔物を送り込むなんてな」


「別に、愛着など湧かんよ。何の役にも立たないくせに権利だけはいっちょ前のゴミ虫など」


 なんの悪びれもなく言い放つヘイグ。男は苦笑いをする。


「ったくよよくもぬけぬけと。仮にも政治家だってのによぉ」


 商人のとこは、大きく息を吐いてあきれ果てる。そして、契約書を差し出した。


「まあ、こっちは金になればなんだっていい。サイン、よろしくな」


「ほらよ」


 口笛を軽くふきながらヘイグがサインをする。国内に、魔王軍の中でも一番狂暴ともいえる魔物を引き寄せるサインを。


 敵は魔物だけではないし、外から襲って来るとは限らない。 身内にもいるのだと、センドラー達は思い知ることになる。

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