第25話 再び夜の街へ
「マスターさん。協力ありがとうございます。絶対に、この店の看板を汚させはしません」
「よろしく、頼むぞ──」
「私は長年、この店のマスターをしていて、思ったんだ。今までは、政治家たちはでかい態度をとることをとることこそあれ、あそこまで国民や配下達をバカにすることはなかった。しかし、エンゲルスに変わってから、どこか雰囲気が変わってしまった。目立たないが、裏で支えている仲間達を笑いものにするようなことがあからさまに多くなってしまった。それを聞いているのが、私も、従業員たちも、辛くてね──」
「それは、そうですね……」
私は、複雑な表情になる。いくら仕事だといっても、マスターだって、従業員だって、感情を持った人間なのだ。
もし私がそんな立場になったら、絶対にこんなことがないようにしたい。
「だから、そんな現状を、少しでも変えてくれるよう、期待しているよ。センドラー」
「分かりました。このご恩を決して忘れず、頑張ります」
そして私達はマスターからエンゲルスが良く入店する日を聞いた。
話によると、議会や、重要な会議があった日などはよく予約してくるそうだ。恐らくはストレス解消のためだろう。
それなら話は早い。そういう予定がある日、特にエンゲルスにとってストレスが溜まっていそうな日にこの店に向かって、予約があるか張っていればいい。大変だけど、これくらいしないと、相手の心臓はつかめない。
するとライナが私の前に立つ。
「それなら、その作業は私がやります。私が店で張って、予約があったら迎えに行きます。センドラー様。忙しいでしょうし」
(名案ねぇ。それなら負担も軽減できるし。それに、あなたが会議のたびにこの店に出入りしていたら、怪しまれるしぃ)
センドラーも賛成している。確かに、職務と張り付きの両立は体力的にも、政務的にもきつい。ここはライナを頼った方がいいな。
「じゃあ、その役割お願いね」
「分かりました、私のお任せください」
そして私達は、この店を出る。夜も遅くなり、真っ暗で人通りもまばらな中、ライナと一緒に帰る。
ライナも、マスターも、みんながこの作戦に協力してくれた。絶対に作戦を成功させるし、迷惑をかけさせて店の評判を落とすなんてしない。
厳しい勝負になると思うけれど、絶対に成功させよう。
そして十日ほどたった後。事件は動き出す。
議会で予算についての議論が行われた時だった。
早くエンゲルスのしっぽを捕まえたかった私達。
センドラーに交代して思いっきりエンゲルスを挑発する。
「あんたねぇ。本当に現場を見ないのねぇ。いつも椅子にふんぞり返ってばかりで、それじゃあ国民からの支持、みんな失っちゃいますよぉ~~!」
表立って声を荒げたりはしないものの、額をぴくぴくさせてイライラしていた。
そして議会が終わった瞬間、ライナにそのことを指示。すぐに店に向かわせる。
ほどなくして、ライナが返ってきた。
「センドラー様、今すぐに行きましょう」
「わかったわ。ありがとう、センドラー」
今日は、エンゲルス側から会食の予約があったらしい。恐らく、今日の議会でのストレスを解消するつもりなのだろう。
すぐに店へ急行。
「マスター、ご協力ありがとうございます」
「──ああ、よろしくな」
どこかぶっきらぼうなマスターの声。やはり罪悪感を感じているのだろうか。
そして以前手に入れた録音機能があるダイヤル。これをセットするのだ。
これさえあればここで何が起こったか記録することができる。
そして私達はこの場を離れ、店の中から専用席を観察し始める。
薄暗い、目立たない隅っこの場所。
水をすすりながら、店内を見回す。
しかし、時間になってもエンゲルスやハイドは現れない。
私の動き、察知されているのかということが頭に浮かび、どうしても気持ちに焦りが生じてしまう。
それを、ゆっくりと水を飲みながら気持ちを紛らわす。
すると、後ろから誰かがやってきた。私の肩をトントンと叩く。
「誰? ってあなた?」
その人物に私は驚く。
小柄で猫耳にピンク色のふわふわした髪、ミットだ。
「思い当たる場所があるニャ……」
その言葉に私、はっと気持ちが浮ついてしまう。
しかし、それに対してセンドラーが冷静にストップをかける。
(秋乃。その前にどうしてここにいるか聞いて? まだ手放しに信じてはだめよ)
(そ、そうね。わかったわ)
その通りだ。何も考えずに手放しで喜んで、また騙されたなんてなったら目も当てられない。
「待って、どうしてここにいるのか。教えてくれる?」
その言葉にミット、真剣な顔で、息をのみながら答えた。
「私、センドラーに説教を食らった後、思ったんだニャ。厳しい言葉だった。けれど、すっごい心に染みて、いろいろ考えて、センドラーにつこうと思ったんだニャ」
そして、ライナに店の場所を聞いて、この場にやってきたらしい。
ミット、覚悟を決めたような、強い目つきで私を見つめてくる。私には、彼女が嘘をついたり、ダマしているようには見えない。
(そうねぇ。いい目をしてるわぁ。私なら、信じてもいいと思うのぉ)
(私も、そう思ったわ。決まりね)
そして私はミットににっこりと微笑を作り、言葉を返す。
「ありがとう。あなたのこと信じさせてもらうわ」
「ありがとうだニャ……」
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