第24話 答え


「あいつは大丈夫だよ。大罪を押し付けて、失脚させている最中だ」


「押し付ける……か、おめぇも悪いことすんねぇ」


「ああ。流石にリムランドから来た奴を強制的にシベリナ送りなんかにはできないからな。だから罪をでっちあげ、悪事をしていたと公表してそれを理由に追放するのさ。

 悪あがきをしていると聞いたが、どうせ何もできないだろう。安心していい」


「根拠は?」


「お前から借りたミット。張り付かせている。何かあったら情報を流すように伝えた。台無しにすればいい。それだけだ」


「──そうだな。あいつは雑魚だけど、俺によく忠誠している。それなら安心だ」


 ──やっぱり二人はグルだったのか、おまけに私をハメようと、聞いているだけで腹が立ってきた。思わず握っている拳が強くなっていく。


(絶対に行ってはいけないわぁ。今行っても言い訳されるだけよぉ。ここは二人の動きを見て、これからどうするかを考えた方がいいわ)


 センドラーもそれを察したのか、私に話しかけてきた。


(大丈夫だって。そのくらいはわきまえているから)


 そうだ。感情的に殴り掛かったところで適当な言い訳を考えられて逃げられてしまう可能性がある。

 おまけに今変なことをして店に迷惑をかけてしまうのもまずい。ここはあくまで要人たちのお忍びでの社交場。そこで感情を爆発させるのは暗黙の了解でご法度となっている。

 それを壊すような真似をすると、周囲の客たちは嫌な思いをし、店の評判が落ちてしまう。店からも、もめ事を起こす人たちと認定され、信用を失ってしまう。


  正論ばかりぶつけても、周囲に迷惑をかけて、信頼を失ったら意味がない。

 いざというときに味方がいなくなってしまうからだ。


「私、ちょっと我慢できません」


 ライナはそうささやくと、立ち上がりそうになる。慌ててライナの肩掴み、同じことを話す。


「す、すいません。センドラー様」


「いいって。私も、イラっとしてたし」


 ということで、話だけ聞いて我慢。よく考えたら今日来たということは、また来る可能性が高いということだ。捕まえるならその時でも遅くはない。


 ここは二人がどんなことを話すか、しっかりと聞いて、今は泳がせておこう。


 ──と思ったが、それからの二人は重要なことは何一つ離さなかった。

 部下や冒険者仲間が使えない、役に立たないなどの罵詈雑言ばかりだった。


 流石にライナの話題が出て、彼女の悪口を笑いながら言っていた時はピクリと来たが。


 さらにエンゲルスが言っていたのは国民達への愚痴。わがままだとか、もっと税金を納めて働けだとか──。


(まあ、人間愚痴を言いたい時というものはわかるし、聖人であれなんて言うつもりはないけど、流石にこれはねぇ~~)


 センドラーも、やれやれとあきれ果てる。


 そんな事をした後、まずはエンゲルスが帰っていく。その後、ハイドは店の女を何人もはべらせ、ハーレムの様にしてさらに酒を飲み始める。




 このクラブのこととか、もちろんエンゲルスのこととか──。

 どうでもいい話だったので、話を聞くのをやめ、これからについてセンドラーが話してきた。


(あいつが帰ったら、あんたが店のオーナーと交渉しなさい。策を思いついたわ)


(えっ、私が?)


(当たり前じゃない。私がやったら、相手のことを考えず正論ばかりぶつけて台無しにする可能性があるものぉ。こういう人間関係が絡む交渉は秋乃、あんたに任せるわぁ)


 確かに、センドラーならやりかねない。強く正論ばかり言って、相手の感情を刺激してしまうかもしれない。


 こういう人とのやり取りは、私がやった方がいいか。


「あいつ……、私達にはギャラの未払いとか平気でするくせに──」


 ライナは、怒りのあまりハンカチを噛んでいた。

 気持ちはわかるよ。ライナ、頑張っていたのに、裏であんな罵倒をさせられているんだから。



 しばらくすると、ハイドもこの場を去っていく。


 二人が帰ったのを確認した後、私達は店の人たちに接近しようとする。


「すいません。店の責任者に合わせてください。頼みたいことがあるんです」


「──あの厨房にいる人がこの店のマスターです」


「ありがとうございます」


 黒服の人が紹介したのは長身でイケメン、整ったひげを生やしているおじさん。

 厨房で皿を洗っているその人物に私は話しかける。


「すいません。この店のマスターの人ですか?」


「ああ、いかにも。何か用ですか、センドラー様」


「マスターに、頼みたいことがあるんです」


 そして、交渉が始まった。

 重要な話なので、人前で話すわけにも行かず、店の外へいったん出る。


 まずは私の今の状況を説明。エンゲルスやハイドによって罠を仕掛けられ、このままでは失脚してしまうこと。


 私は必死になってアピールをする。そのために協力が必要、力を貸してほしいと──。


 マスターの人は、腕を組みながら半信半疑という感じで言葉を返してきた。


「信じて、いいのかね……」


「はい。私は、何もしていません」


 そして、その対策として。エンゲルスの言動や証拠をつかむために、音声記録のダイヤルを付けさせてほしいとせがむ。


「何かあった時の責任は私がとります。だから協力してください、お願いします!」


 私は精一杯頭を下げる。それはもう、直角になるくらい深く。

 すると、マスターは額に手を当て、深刻そうな表情になり考え込む。当然だ、こんな盗聴作業、下手をすれば信用問題だからだ。


 数分ほど、気まずい無言の空気がこの場を包む。

 そして──。



「──この店は、いつもは真剣に国のために働いている要人たち。彼らが、ここだけは息を抜いて楽しむことができるように作られた場所。本来そう言った諜報活動はいかなる行為も禁止しています」


「そ、そうですよね……」


 その通りだ。一度でも盗聴なんてすれば、いずれそれは広まってしまう。

 そして警戒感が彼らの中に広まり、この場所は一生心落ち着けさせる場ではなくなってしまう。


 憩いの場を提供する店のマスターとして、当然の答えだ。


「しかし、最近のエンゲルスやハイドの会話は、聞いていて目に余るものがある。進んで協力はさすがにできないが、認めよう」


 マスターは、そう言葉を返してため息をついた。認めてくれたのだ。こんな無茶な要求を認めてくれて、本当に頭が上がらない。


 感謝の意を込めて、もう一度頭を下げる。


「マスターさん。協力ありがとうございます。絶対に、この店の看板を汚させはしません」


「よろしく、頼むぞ──」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る