第22話 私を、試してみて



 そして速足でミットとライナのところへと向かっていく。


 ライナは、センドラーの言葉を受け入れているのだろう。ただおとなしく、縮こまっている。

 対してミットは明らかに警戒した目つきをしている。このまま ついてきてはくれなさそうだ。


「令嬢様の上から目線のお説教なんて、私聞くつもりはないニャ!」


 私は隣にちょこんと体育すわりに座り込む。

 そして同じ目線になり、フッと微笑を浮かべ彼女に視線を合わせる。



「今日は、そんなことしないわ。ちょっと、ミットちゃんとお話がしたくってねぇ」


「なにニャ」


「教えてほしいの。ミットちゃんが、どんな状況で育って来たのかを──」


 その言葉にミットは、うつむき始める。悲しそうな、なんとも言えない表情。

 そして数十秒ほどたつと、彼女が重い口を開き始めた。


「分かったニャ。教えるニャ」


 そしてミットの話が始まる。


「──そんな過去だったの?」


「センドラー様の言う通りです。ミット、そんな過去だったんだ」


 私もライナも絶句する。彼女の境遇を。



 ミットの生まれたのは、南にある帝国。


 貧しく、何度も強権的な政府に支配されてきた過去。ミットが子供の時にもそれが起き、その時に文化も言葉も人間たちの言葉に強制されてしまっているのだ。


 私の世界で言えば今まで日本語で数年単位で英語を強要されたかと思えば中国語を強要される。


 これでは私みたいな自頭が悪い子は文字を学ぶことを放棄してしまうだろう。


 それだけじゃない、貧困にあえぐ家庭にアリがちなんだけど、小さいころから畑仕事を手伝わされたり、クエストで金を稼ぐことを強要されていたりということだ。


 これじゃあ彼女が勉強をしなくなるのは当然だ。

 ライナも、とても悲しそうな表情をしている。


「わかっているニャ。このままではろくな大人にならないなんて──」


(当然よぉ。悪い境遇に生まれたのは同情するけど。立ち上がらなかったら、何も変わらないわぁ)


「ミット。ちょっといい?」


「なにニャ?」


「そんなことで、他人に騙されたりしていない?」


「したニャ」


「やっぱり。どんなこと?」


 その言葉にミット、大きく落ち込む。よほど、イヤなことがあったのだろう。


「貧しい村で生まれたわたしに、とある人が来たのニャ。冒険者が欲しい、高い金を出す──と。それで、金に困っていた両親に売られたのニャ。『あのおじさんについていけば、裕福な暮らしができる』って」


「それで、ついていってしまったんですか?」


「ライナの言う通りニャ。その人は人身売買をしているブローカーだったニャ。家族からも、自分たちの生活の足しにと進んで私を売ったんだにゃ。それで、気が付けばハイドの元にいたんだにゃ」


 人身売買……。

 それに、親からも売られた? ミットの過去が悲惨すぎて、言葉を失ってしまう。


「でも、ハイドはミットへの報酬は大目に払っていたよね。こいつは使えるって」


 ライナの質問に、ミットはしょんぼりとしながら答えた。


「そうだニャ。ハイドは、お金はくれる。でも、いつも機嫌が悪くなると私に暴力を振ってくるニャ。お金も、ブローカーへの手数料で消えていくんだニャ」


 黙っている場合じゃない。とりあえず声をかけなきゃ。

 けれど、どう声をかけていいかわからず、黙りこくってしまう。そしてようやく出て来た言葉を投げかける。


「ごめんねミット。ここまで重い過去があったなんて──」


「わかっているニャ。このままでは私は一生奴隷だって。けれど、どうしていいのかわからないニャ。言葉とかよくわからないし、誰も信用できないニャ。誰かの元へ逃げようとしても、そこでまた騙されてしまうんじゃないかって、」


 その言葉が、私の心に染みた。誰からも見捨てられた彼女。

 何とかして、助けたいと心の底から思った。


 けれど私は、まだミットから私は信頼を得てはいない。そんな状況で今までの様に力づくで従わせようとしたところで、逆に反発されてしまうのが目に見えている。


 だから、まずはこうすればいい。勇気を出して、言葉に出す。


「無理して私達に協力してほしいなんて強要はしないわ。けれど、私が本当に信用できないか、あなた自身で見極めてほしいの。私を信用できないと決めつけるのは、それからでも遅くはないんじゃないかな」


 私は微笑を浮かべながらそう伝える。ミットは、ぽかんと口を開けたまま考え込んでしまう。





 それでもミットは警戒の表情を緩めない。

 私が彼女に行ったのはただ一つ。まだ私を信頼する必要なんてない。ただ、ハイド達とどちらが信用に足りるか決めてほしい。そのために私を試してほしい、彼女にとって自分が、信用にあたる存在なのかどうかを──。


「もし私がセンドラー様のことを選ばなかったとしても、首をはねたりしないニャ?」


「大丈夫大丈夫。そんなことしないから」


 私はミットの目線に合わせて顔を落とす。そしてにっこりと笑みを浮かべた。


(いいじゃない。これは、ミットも落ちるかもしれないわ)


(そ、そうかな?)


(そうよ秋乃。表情が、変わっているもの)


 センドラーの言葉を聞いて、私はミットに向ける。その通り、ミットの顔つきがどこか変わって見えた。


 暗い表情の中に、どこか考えこんでいる、希望を見つけたような顔をしているのがわかる。


 そして──。


「分かったニャ。センドラー様のこと、この目で試させてもらうニャ」


 その言葉に私とライナ、はっと表情が明るくなる。


「ミットちゃん。ありがとう~~」


 私は思わずミットの両手を胸の前で強く握り、正面に居座る。


「か、勘違いしてもらっちゃ困るニャ。まだセンドラーのことを認めたわけじゃないのニャ。あくまで試させてもらうだけなのニャ」


「大丈夫だって、絶対ミットの期待に応えて見せるから!!」


 そう言ってミットの両手をぶんぶんと上下に振る。


「よかったですね。私達、絶対に後悔はさせませんから」


「そうそう、ライナの言う通り。ミットをひどい目になんて合わせないから」


 喜びながら話しかける私達。ミットは、ほんのりと顔を赤くして照れていた。


「もう……。まだ味方になるなんて言ってないニャ」


「わかってるわかってる。でも、絶対振り向かせて見せるから!」


 ミットは、顔を赤くしてそっぽを向きながら、戸惑っているような表情をしている。


 裏切られた過去もあって、まだ素直に喜べないみたいようだ。

 けれど安心して。ミットを、絶対に後悔なんかさせないから。


 絶対に、彼女を救って見せる!




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