第21話 センドラーの、やり方

「センドラー様、どうしたんですか? ってミットまで。なんで? まさか、付き合っちゃうんですかぁぁっ~~???」


 動揺したライナに、私が理由を説明する。


「そ、そうだったんですか。すいませんでした……」


 縮こまってしまうライナ。


「気にしてないって。いいよいいよ」


「あの──、とりあえずお茶入れます。二人はそこに座っていて下さい」


「じゃあ、一緒に煎れよう。私もやるって」


「センドラー様。そ、そんな──」


 戸惑うライナと一緒に紅茶を用意。

 そして紅茶を飲みながら、部屋の設備の説明を一通り説明。


「とりあえず、部屋の説明はこんな感じかな。何か質問ある?」


「特にないニャ」


 そっけないミットの言葉で説明は終わる。

 しかし少しでも彼女のことを知りたい私は、ミットにいろいろ聞いてみる。

 生活のことや、家族のことなど。


 すると、ミットは表情を暗くして質問に答える。


「私、戦乱のある遠い所から来たんだニャ」


 な、難民ってことかな? 確かに周辺の国や別の貴族の領地では亜人に対する差別や暴力、果ては内戦状態になっているところもあると聞いている。


 恐らく彼女の故郷もそのようになっているのだろう。


「そ、そうだったんだ。でも言葉とか大丈夫だよね。文字の読み書きとかできるの?」


 日常会話ならともかく、この地で働いたりまともな職に就くには文字の読み書きなどは必須事項だ。そのため、元の世界ほどではないにしろ、教育というものを考えていて、誰でも簡単に文字が読めるよう簡単な教科書のようなものを配ったりしていたのだ。

 そういう意味で聞いたのだが──。


 ミットの実情を聞いて、センドラーも私も言葉を失ってしまう。


「えっ、文字がほとんどわからない?」


(嘘よぉ。ちゃんと難民であっても簡単な言葉がわかるよう文字の教科書を配っているはずよぉ)


 確かそのはず。少しでも多くの文盲をなくすため、無理を言って簡単な言葉とその文章の教科書を配っていたはずだったのだが──。


「う、うるさいニャ。勉強なんてやっても銅貨一枚にもならないニャ。私は覚えるのが苦手なんだニャ。そんなことするくらいだったらクエストをして、金をもらった方がはるかにましだニャ」


 ミットちゃんが強い口調で駄々をこねている。ライナも困り果てた表情をしながらその理由を話す。


 私は軽く頭を抱える。


 それはリムランドでもあった構図だ。せっかく知識を教えようとしても、地方からの移民や難民の人たちは貧困のあまりそんな時間を作れなかったり、勉強そのものを嫌がったりしてしまう。そのためまともな職に就けず貧困から抜け出せないのだ。


 さて、この問題、何とか解決してあげたい──。


 ──が、センドラーは違った。


(けど、それじゃあ大人になっても奴隷のまま。家族ともども貧困から這い上がれないわ。ますます悪循環じゃない)


(ちょ、ちょっとそれはそうだけど──)


(ちょっと聞き捨てならないわねぇ。説教するから変わって頂戴ぃ)


 センドラーはそう言って私をギロりとにらみつけた。その威圧感に私はどうすることもできず彼女と交代。


 センドラーは交代した瞬間から腕を組んでミットをにらみつけた。


「あんた、そんな考えだと、あなたろくな大人にならないわよぉ。考え方を改めなさい!」


 センドラーの威圧するような目線と言葉に、ミットは負けずに反論。


「そんな説教何度も聞いたニャ。そう言うやつに限ってお金に困っても自助だの甘やかしだのなんだの言って助けてくれないのニャ。聞き飽きたニャ。もう帰ってほしいのニャ」


 ミットが私達をにらみつけながら言葉を返す。完全に怒っている。言わんこっちゃない。


 いったん引いた方がいいな。互いに自分の意見をぶつけ合うだけ。これじゃあ味方に引き込むなんてどう考えたって無理だよ。



(センドラー。一回ここは引きましょう、それでどうすればいいか考えましょう)


 そして私は一度撤退しようと説得。


(わかったわよぉ)


「ごめん、ちょっとトイレ行ってくる。話はそれから再開しましょう」


「わかったニャ」


 そして私とセンドラーはトイレへ移動。


 彼女は、腰に手を当て、顔を膨らませている。そんな機嫌が悪そうなセンドラーに話しかける。

 が、センドラーは言うことを聞かない。


「けれど正論よ。確かに今の彼女にとっては耳の痛い話かもしれないけれど、このままじゃ彼女、ろくな人生を歩まないわ。そんなんだから奴隷のままなのよ。

 知らない間に悪事に手を染めていたり、貧しい生活を送ったりして、捨てられるのが関の山よ。私はあなたのために言っているの。いい機会よ、そんな集団、抜けちゃいなさい!」


 センドラーは大声で周囲の状況も確かめずに問い詰める。ミットのことも考えていっているせいか全く引かない。

 一緒にいるライナは、センドラーの気迫に押されているせいかうつむいたまま黙りこくってしまっている。


(それはよくないと思うわ。確かにあなたの言う通りだとおもうけ。けれどミットの気持ちも考えなきゃだめよ)


 そうだ、伝えるというのはただ正論をドッジボールの様に投げつけるだけではだめなのだ。

 相手の気持ちに立って、どうすれば理解できるかを考えなければならない。


 そしてセンドラーはやれやれのポーズになり、ため息をつく。そしてあきらめたかのような物言いで言葉を返してきた。


(私は、自分が行ったことが間違っているとは思っていない。相手のことを本当に想っているなら、時には耳が痛いようなことも言うべきよ)


 センドラーの言葉が間違っているわけじゃない。

 彼女は、いつもやり方が強引なのだ。相手に気持ちを理解せずにこうしろ、ああしろばかり。


(確かにあなたの言葉は正しいと思うわ。けれど、あなたの言葉は相手を否定ばかりして傷つけてしまっているわ。いくら正論を言った所で、届かなかったら何の意味もないわ)


「何? じゃあ彼女を甘やかして、間違った道へ進んでも黙っていろっていうの? それが優しさだっていうの?」


 それも正論だ。ただセンドラーのやり方ではうまくいかないのも事実。

 けど、政治家たるもの、ただ相手のやり方に反対するだけではだめだ。解決案を出さなきゃだめだ。


(じゃあ、今度は私が彼女と交渉する。どうすればいいか、私が実践して見せるわ。見ててちょうだい)



 その言葉にセンドラーは表情を失い黙りこくってしまう。


 数十秒ほどだろうか、沈黙の時間が流れるとセンドラーは後ろを向く。

 そして下を見ながら言葉を返し始めた。


「私は、自分の意見が間違っているなんて思ってはいないわ。言わなきゃいけないことは言う。それが優しさだもの。けれど、あなたが話した方がうまくいく可能性が高いというのは理解できたわ。だからミットの説得はあなたに任せる。よろしく頼むわよ」


 その言葉に、私は思わず言葉を失う。


 私は今までセンドラーとして生きていたからわかる。彼女は決して自分を曲げない、強い信念を持ちいつも自分の正義を貫き通す。


 その生き方はとてもかっこいい。それくらいの想いとブレない強さがなければ、この王国の運命を背負うことなんてできないのは私でもわかる。


 しかしそれは同時に傲慢で、自分の考えばかり押し付けるようなやつに思われてしまうことでもあった。


 私はセンドラーにそれを変えろなんて思っていない。これは、政争争いという環境と、彼女の元々の性格からなったもので、そう簡単に変えることはできない。


 そういう時は私が彼女の足りないところを補っていけばいい。


 それにセンドラーの気持ちは理解できる。最後、煮え切らないような表情ながらも私のミットのことを任せてくれた。

 これが、センドラーが出した精一杯の譲歩なのだろう。


 自分には彼女は救えない、けど見捨てない。だからあなたを信じるという意思表示に私には見えた。


 センドラーがせっかく私を信じてくれたんだ。このチャンス、絶対に生かそう。


 そして私はセンドラーの背中を優しく押して、人格を交代させた。


「ありがとうセンドラー、あなたのその勇気、決して無駄にはさせないわ」


 私はにこっと笑みを浮かべながら言葉を返す。


 するとセンドラーは照れくさそうに顔を赤くする。あれ、私何かしでかしちゃったかな?

 まあいいや、今はそんなこと考えている場合じゃない。



 そして速足でミットとライナのところへと向かっていく。







☆   ☆   ☆


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