第9話 罠

「ありがとう、二人とも。礼を言うよ」




 それからの行動は早かった。彼を仲間に入れるためのお手続きを開いた後、ハイドたちを正式に宮殿へと招き入れ、エンゲルスや官僚たちと交流を取り、契約のサインをした。(なおこの時も三十分ほどの遅刻)


 問題こそ残りながらも物事は順調に進んでいく。

 どうしてエンゲルスはハイドにこだわるのだろうか、そんな疑問を残しながら。






 私達が住んでいたラスト=ピアから遠く離れた南の街。



 世界でも大国の一つとして数えられる王国、リムランド王国。

 権威を象徴するような純白で豪華な宮殿。その大きさは世界でも有数といわれている。


 その中でも一番最上階。随一の豪華さを持つ王室から優雅にワインをすすり、夜も輝きを放つ王都、リムランドを見下している一人の人物。


「ソニータ様ご報告です。エンゲルス様から手紙が届いております」


 黒いスーツをした政府の高官がソファーに座っている人物に話しかける。


 寝間着を着て優雅にソファーに座っている人物。長身で銀色のストレートな長髪をしている大人の雰囲気を醸し出した女性。


 グレーナー=フォン=ソニータ。センドラーの姉であり、彼女の家であり、この国の王家。グレーナー家の新しい当主でもあった。


「ご苦労だったなラグリス。まあ、内容は想像がつているよ。それと、君がこの王国で出世するのにふさわしいか、いくつかの質問をしよう」


「は、はい!」


 その質問にスーツを着た男性、ラグリスに緊張が走り始める。


「エンゲルスは領主としてそれなりの才覚を持った人物だと私は踏んでいる。領地を支配するのに必要な物を持っているからだ。なんだかわかるか?」


 その言葉に、ラグリスは首をかしげながら質問に答える。


「はあ、カリスマ性とか、武力とかですか?」


「ハハッ、ありきたりだな。君はまだまだ経験が足りないようだな。特別に教えてあげよう」


「それはね、いかに自分を完璧な存在に見せつけるかだよ」


「完璧……ですか」


「具体的には自分は泥をかぶらず、他人に罪をかぶせること。一つでも多くの名声を自分の手にして、罪を他人に押し付けるということだ。自分の罪は配下の責任。配下の手柄は自分の手柄。そう、彼女は政治の負の部分を他人に押し付ける。そして周囲の功績を周囲に擦り付けて自分はきれいで傷一つないと思わせる天才なのだよ」


「なるほど。それによって大衆や周囲から英雄の様に扱われるということですね」


 ラグリスも、この政府で働いてそこそこの年月が経っている。なので綺麗ごとだけではこの世界は生きていけないのは理解していた。


「ああ。あいつは表向きは問題がある奴じゃないんだ。人当たりはいいし、頭脳は有能。

 反対勢力がいても力づくで排除するようなやつじゃない。しっかり意見は聞いてくれてその成果人望はとても厚い。しかしだ──」


「一見すると、悪いやつには見えないということですね」


「突然罠をかけてくる。そして自分たちにダメージが行かないように巧妙に罠を仕掛け、相手を失脚させるのがとてもうまい。相手は何もできず、無実の罪を着せられ、その罪によって立場をすべて失ってしまうということだ」


「お、恐ろしいですね。敵に回したくはないです。センドラー様、大丈夫でしょうか」


 その言葉にラグリスは一歩引いてしまう。彼はこういう人物は絶対に敵に回さないと誓うのであった。


「あいつのことが心配かね?」


「いいえ。気になっただけです」


「まあ、あの強情で頑固な性格じゃ無理だろうね。遅かれ早かれ衝突を起こすだろうさ」

 そしてソニータは席を立ち部屋の外へと向かっていく。


「閣下、どうなさったのですか?」


「ここからずっと北に行った場所に、シベリナっていう土地があるのだよ。そこの行政局が新たな事務員が欲しいと言ってきていてねぇ。ちょうどそこに向かわせる人材を募集していたのだよ」


「しかし、あの地は冬は湖が凍り付く極寒の地。資源もなく娯楽もない。だから誰も行きたがらないと聞いた事があります」


 その言葉にソニータは優雅にワインを飲みながら窓の外の街へと視線を向けた。


「だが、ここに一人手配が付きそうだよ。果たして極寒の地への片道切符を手に入れるのは、どちらになるだろうねぇ」


 その言葉にラグリスは彼女の言葉の意味を理解した。シベリナへの片道切符、それを手に入れようとしているのはセンドラーなのだと。


「それでは、私はこれで失礼いたします。ソニータ様、失礼しました」


「じゃあね、ラグリス。あなたのこと、信頼しているわ」


 その言葉にラグリスは安堵する。自分はセンドラーの様にならないように彼女に従っていこう。


 そう強く誓って、政務に戻っていった。











「ふぁ~~あ、退屈ねぇ」


 エンゲルスにハイドへの貸し付けを許可して数日後。私は日常業務を何事もなくこなしていた。


 書類整理や街の人々との交流など。特に何かあるわけでもなく、淡々と仕事をこなしている。

 なにもなさ過ぎて、ちょっぴり退屈だと思うくらいだ。


 そして問題は、突然やってきた。

 誰かが私の部屋をノックする。ノックの感覚が普通より短く、急いで私に会いたいという意思を感じる。


「はい、どなた?」


 キィィィィィィィィ──。


 ドアが開くと出て来たのはロンメルだった。しかし、どこか焦っている様子だ。


「ロンメル、どうしたのそんなに焦って──」


「センドラーさん。この前ハイドさんに当面の資金の貸し付けを決めましたよね」


「確かそうねぇ、エンゲルスがすっごい頼み込んで、貸し付けを決めたんでしょ」


 けどそれは、エンゲルスの鶴の一言で決まったことでそれに関する責任も彼女がとると言っていた。


「そのはずだったんだけど、街や政府ではセンドラー様が独断で行ったことになっているんです」


 その言葉に私は驚いて思わず席を立ちあがる。


「まって、おかしいでしょ!」

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