弐「猫の舌で以て、璃々栖の体を弄る」

》同日 〇八一八マルハチヒトハチ 東京・帝國ホテルの一室 ――皆無かいな


「……何じゃ、そなた」


 麗しき主・璃々栖リリスが首を傾げるや、無詠唱魔術が発動。

 瞬く間におのが猫の身は首根っこを掴まれて宙を舞い、璃々栖の目の前に運ばれる。器用なものである。 


俺やにょにぇにゃ皆無やにゃいにゃにゃ

「何ぞ、ぅ喋る猫じゃのぅ」


 おもむろにフグリを引っ掴まれる。


「に"ゃ"に"ゃ"ッ!?」

「――雄か」


 初手フグリとは流石さすがは淫欲の魔王、と皆無は感心し切り。


何処どこから入ってきたのやら……まァ善い。時にそなた、皆無を知らぬか?」

せやからにぇにゃにゃにゃ俺やってにょにぇにゃんにぇ!」

「あはァっ、善ぅ喋る善ぅ喋る」


 猫に話し掛けて、まともな返答など返ってくるはずがあるまいに。寝惚ねぼけているのか、遊んでいるのか。


「じゃが困ったのぅ……腕が一本しかないこの身では、あ奴がおらねば着付けもままならぬと云うのに」


 大事な旦那を側仕そばづかえ扱いか、と業腹ごうはらの皆無は、璃々栖の魔術が消えるや否や、寝間着ネグリジェ姿の妻の、豊満な胸の中に飛び込む。


「ひゃっ!? 何じゃそなた、乳か、乳なぞ出ぬぞは!?」


 ざらついた舌でもって、璃々栖のあれやこれやをねぶっていく。


「ひゃぁぁああんッ!」


 それにしても、猫の体と云うのは凄い。何が凄いって、嗅覚が凄い。璃々栖の甘い香りが鼻腔をくすぐり、皆無は頭がクラクラしてくる。


「あんっ、そこは駄目ぇ……ん? んんん? この、的確に予の弱点を責めてくる感じ――まさかッ!?」


 乳の下を責めている時に、ついに璃々栖が気付いた。

 乳の下と云えば忘れもしない明治三十六年四月二日、璃々栖と出逢ったその次の日に、両腕の無い彼女を風呂に入れ、無理矢理手で洗わせられた場所である。初対面の男児に自分の性感帯を責めさせ喜ぶとは、実に悪魔的な行いであった。


「あっはっはっ! そなた、皆無か!」


 その璃々栖が、こちらの首根っこを掴んで、己が猫の身を眼前に引きずり出した。


せやにぇにゃ俺やにょにぇにゃ

「何とまァ。どうした、元に戻れぬのか? 【万物解析アナライズ】」


 主の赤い瞳が、一瞬だけ眩く輝く。皆無の状態を把握したらしい彼女が、


「ふむ。精神の方は安定しておるようじゃが……何じゃろうな、これは。呪いのたぐいか? ヒヰモスの手勢の気配はせんのじゃが。はてさて」


 全く動揺した様子の無い璃々栖。

 数多あまたの修羅場を潜り抜けてきた彼女である。

 親を殺され、國を奪われ、腕を切り落とされてもなお笑って前を向き続けられるほどの巨大な精神力を持つこの王が、今さら亭主が猫になったくらいでは、驚くにも値しないらしい。


「まァ、そのうちに何とかなるであろう。今までだってそうやって来たのだから。洋服店に行こう。くっくっ……猫用の燕尾服テヱルコートを大急ぎで仕立てねばなァ。最悪、猫のままで謁見せねばならぬのじゃから」


(ね、猫のまま明治聖帝てんのうへいかにお会いするとか、いや過ぎる……)


 数日後には、デウス王國臨時政府と、大日本帝國との間で、軍事同盟の締結式があるのだ。その為の、日本訪問なのである。


(それに、猫のままやったら絶ぇッ対ダディに揶揄からかわれる!)


 九尾狐きゅうびここと父・阿ノ玖多羅あのくたら正覚しょうがくとは別行動中である。父は今、栃木県は那須温泉郷にある、阿ノ玖多羅本家を訪問中のはずだ。


 一方、璃々栖の『最後の近衛』こと悪魔君主聖霊セアルは、アストラル界の方で璃々栖の代理として指揮を執っている。

 何しろヒヰモスの勢力とアッシャーアストラルの世界中で陣取り合戦、駒の奪い合いをやっているような有様で、人手が全く足りていないのだ。

 一國の王が他國に足を踏み入れると云うのに、護衛が皆無一人である時点で、推して知るべしである。


「しかし困った」


 麗しの主が唸る。


「どうやって着替えようか?」

嗚呼にゃあ……」




※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 引き続きご覧下さり、誠に有難うございます。ねこはいます。

 本作は所謂いわゆる『やおい』――BLではなく『山無しオチ無し意味も無し』なお話で、可愛い皆無と弩エロい璃々栖を書きたい私が自由気ままに書いているだけのお話です。

 過度な期待はなさらず、流し読みして頂ければ幸甚の極みにございます。ねこですよろしくおねがいします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る