終幕之弐「己之出生之秘密」

》同日一八一五ヒトハチヒトゴー 神戸鎮台ちんだい 会議室 ――皆無かいな


「私は不老不死です。お前も云っていた通り、摩耶山の天上寺にはの伝説があります――私のことよ」

(やっぱり)先ほどの戦いで、母が絶命し得るほどの大怪我を負ったのに、なおこうして生きているのはそういうことなのだ。

「さっき咬まれた時は、済まなかったねぇ」

「何で謝るん!? お母さんは身を挺して俺を守ってれたんやん!」

「あのくらいの傷、あっという間に再生出来ると思っていたんだよ」さらりと、とんでもないことを云う母。「それが……お前には心配を掛けさせたねぇ。、お前を生んでからは、すっかり衰えました」

「それってどういう意味なん?」

「いい加減、悠久の時を生きる孤独から解放されたいと思っていたからねぇ。そんな折に、先王様と出逢ったんだよ。先王様はデウス家のグランド印章・シジルを強化する為の母体をお探しだった。無限のヱーテルを持つこの身は、うってつけというわけですよ。グランド印章・シジルを孕み、グランド印章・シジルヱーテルを注ぎ込み続ければ、やがて私は不老不死の力を失うことが出来るというわけです。それで、先王様の精とともにグランド印章・シジルを注ぎ込んで頂いたのよ」

「それって」

「……まぁ、デウスは『色欲』の魔王だからねぇ」視線を逸らしながら、父。「察しなさい、皆無」

「あっ……」

「欲を抑えなければいけない身の上なのに、先王様の腕の逞しさと云ったら……」

 猛烈に居心地が悪くなる皆無。親の情事ほど、聞き心地の悪い話もあるまい。

「……でも、何で百年間きっかり孕んだままでいることが出来たん?」

「それはじゃな」今度は璃々栖が得意げに話し出す。「デウス家には、妊娠に関する魔術が星の数ほど存在するのじゃ。妊娠期間を制御出来たり、妊娠するしないを制御したりじゃな。く云うにもそういった力がある。憎きナッケの子など絶対に孕んでおらぬから、皆無もその点は安心すると良い」

「え? じゃあ、やっぱり璃々栖って女淫魔サキュバスなん!?」

「ち、違うぞ! 余は女淫魔サキュバスの能力を持った悪魔デビルじゃ!」

「とどのつまりは女淫魔サキュバスやん。何で隠すようなこと……」

「……たくなかったからじゃ」

なんて?」

「そなたに、はしたない娘と思われたくなかったからじゃ!!」真っ赤になる璃々栖と、

「……」白けた顔の皆無。「初めての風呂で、無理矢理乳の下洗わせたのに?」

「あ、あれは! そなたに舐められぬようにと気張っておったのじゃ!」

「うーん」

「そ、それにしても!」璃々栖が無理矢理話題を変える。「初めてそなたを悪魔化デビライズさせた時から常々、そなたとの相性の良さを感じておったが……そなた、余の従弟いとこだったわけなんじゃなぁ。しかも余の為に存在するグランド印章・シジルそのものでもある。余のヱーテルと親和性が高いのも道理じゃな! それに――そなたのその、日本人離れした容姿もな」

 父が小さな咳払い。「話を百数十年前に戻しますが……育子大姉にグランド印章・シジルを託し、二つ目の目的も達した先王様は、私に祓われました」

 璃々栖とセア、二人の瞳の温度がすっと下がる。

「何故、じゃ?」

「はい。阿ノ玖多羅家に……その上に居る幕府に命じられたからです。当時、西洋妖魔に対して病的なまでに怯えていた幕府は、現地の人間達に対してまったく危害を加えていない――どころか慕われている――デウス先王様を過剰に恐れました。先王様は……まぁ、現地の女を誰彼構わず抱いて回ってこそいましたが、様々な魔術で布引のふもとまちを栄えさせていました。私はそのことを意見具申したのですが、聞き入れてもらえず……阿ノ玖多羅家を裏切ることも出来ず、先王様と対決せざるを得ませんでした」父が璃々栖に頭を下げる。「……申し訳ございません」

「いや、まぁ……分かった。それで、戦いの末、ダディ殿が勝ったわけじゃな?」

「戦い、などと云えるほど大袈裟なものではありませんでした。先王様は全く抵抗なさいませんでした。あの時点で既に先王様はグランド印章・シジルと力のほとんどを育子大姉に託しておいででしたから、戦う力など残っていなかったのでしょう。そして、先王様が亡くなるまでの間、少し話をしました」

「どのような?」

「先王様は、世界でやがて二度の大戦争が起こること――その黒幕がモスであることを予言なさいました。そして、それを防ぐ為にグランド印章・シジルを強化しようとしているのだ、とも。私は先王様から、グランド印章・シジルを――皆無のことを託されました。その後で、育子大姉と会って事情を話し、ええと……色々とありましたね」

「ご、ごめんなさいねぇ……私も、あの時は逆上してしまって……」目を逸らす母。

(まぁ、きっと『先王様のかたきッ!』みたいな戦いがあったんやろうなぁ)

「ところでお母さん、布引の滝でうた時に、何で俺の中に眠るグランド印章・シジルのことを教えてれんかったん?」

「だって皆無、私はグランド印章・シジルの目覚めさせ方なんて知らなかったんですもの。璃々栖お嬢様に先王様の腕を身に着けて頂き、その腕から知識を受け取って頂く手筈だったのです」

「ってことは、この腕ってやっぱり先王様の腕なんか」皆無は虚空から左腕を取り出す。

「ええ、そうよ」

「ん? でもこれ左腕やんな。デウス家に代々伝わる腕も左腕やなかったっけ?」

「これは、先王様の右腕です」母が、愛おしそうに腕を撫でながら云う。

「でもこれ左腕やん」

「そりゃあこの腕もヱーテル体ですもの。斯く云うお前だって、その身を自由に変じられるじゃありませんか」

「せやった……」

「それにしても、グランド印章・シジルの目覚めさせ方が、よもや『自覚する』ことだったとはのぅ!」

 璃々栖の云う通りなのだ。事実己は、父から己の名に隠された真の意味を聞かされた瞬間に、覚醒した。

「じゃあ次は、十三年前の話……モス戦役の話だね」


 十三年前。


 己が誕生し、モスが神戸港を襲い、虎列痢コレラの影で数千人が命を落としたと云われる戦いについてである。

「明治二十三年十一月のことだ。百年もの年月を以て、ついにお前が誕生した」

「あの日は大変でしたねぇ」母が朗らかに云う。「何しろ皆無、お前は本当に大きくって! とても普通には生めなかったから、こう、お腹を裂いてね……」

「ひっ」

「裂かれたそばから再生するから平気でしたよ」

「お前は本当に大きくて、生まれた時にはもう髪が伸び、歯も生え揃っていた。いきなり四つん這いで動き回っていたし、母乳以外の物でも普通に食べることができたんだよ? 育子大姉はさすがに疲れたのだろう……その日から丸一年、昏睡状態に陥ってしまった」

「えぇッ!?」

「百年分の反動が来たんでしょうねぇ。お前を抱き上げてあげられなかったことは、今でも悔やんでいるよ」

「ご、ごめん」

「あぁ皆無、お前が気にするようなことじゃないんだよ? 何度も云うようだけれど、これは私が望んでやったことなのだから。だけど、こうしてお前と会ってみると、欲が出てしまうわねぇ……お前を抱き上げてやれなかったことは残念だったけれど、私もまだあと数年は生きられるでしょうから。璃々栖お嬢様の悲願が叶った後で、沢山お話しましょうね」

「うん……うん!」

「話を続けるよ――それで、止む無く私がお前を引き取る運びとなった。そうして、摩耶山から降りて来たところに――…モス、襲来」

「なんとまぁ……」と璃々栖。

「下山早々お前を第零師団に預けて、私はモス相手に大立ち回りさ。幸いにして奴が悪魔グランド・シジル大印章・オブ・デビル世界・ワールドを展開させる前に【涅槃寂静ニルヴァーナ】を発動させることに成功した私の、それこそ百七人の嫁達の、ヱーテルの限りを尽くして戦って、何とかかんとか撃退した。

 戦いの中で奴が口走った内容によれば、どうも奴はグランド印章・シジルの誕生に気付いたらしい。しかして奴は、その正体がお前であることを突き止める前に、神戸から追い出された。そして、そのことを知っているはずの私は他ならぬモスに直近の記憶アストラルを喰われ、お前がグランド印章・シジルであることを忘れてしまった。

 記憶が混濁する中で第零師団に戻ってみれば赤子のお前が居て、師団員達は、その赤子が私の子だと云う。正直戸惑ったよ、それはもう! でも、何故だか、何が何でもお前を無事育て上げなきゃならないという強迫観念があった……きっとそれは先王様との約束によるものなのだろうと今なら思うよ。で、私はお前の正体が何者なのかも分からないまま、十三年間お前を育てたわけだ」

「――…」皆無は圧倒される。それは本当に、己の誕生にまつわる、百年前からの壮大な物語だった。「あれ? でもお母さんからダディに連絡とかせんかったん?」

「そのことですよ阿ノ玖多羅さん!」母が怒った顔になる。「丸一年眠りこけていたのは私の不明ですけれど……目覚めてみれば皆無は居ないし、いくら手紙を出しても返事はもらえないし!」

「すみません!」狐の父が、母に対して五体投地で謝る。「だって育子大姉に関する記憶が完全に消え去っていたのです。意味不明で気味の悪い手紙としか思えなくて」

「それで、無視していたというわけですか……いえ、失礼致しました。悪いのはモスですものね」それから皆無へ顔を向け、「本当は、直ぐにでもお前の顔を見たかったんだよ。でも、目覚めてからもずっと体が重くてね……これだけ動けるようになったのは、本当に、ここ数ヵ月のことなんです……本当に、ごめんなさいねぇ」

「い、いや、お母さん、そういうつもりで云うたんとちゃうから本当ほんま!」

「それにしても、布引の滝でお前に会えると助言下さった仏様には本当に感謝してもし切れないねぇ」

「仏様……」

「ええ。夢うつつだったから、お名前まではお伺い出来なかったけれど……見たことの無い仏様だったよ。女性のお姿で、髪が白くて」

 そんな神仏などいたっけか? と皆無は思う。

「さて皆無、『全て』話したよ」手乗り狐の父が、机の上にふんぞり返る。

 皆無はそんな父の腹をぐりぐりと指先でつきつつ、「俺の誕生が百年前から計画されてたってのは分かったわ。けどや、四月一日に俺がいっぺん死んだことといい、そっから何度も何度も何度も何度も……死にそうな目に遭ったり、実際死んだりしてや、とてもやないけど、計画された通りの筋書やとは思えへんのやけど」

「あ、あはは……それはまぁ、確かにね。いくつか想定外だったこととして皆無、お前の成長が強過ぎたことだ」

「えっ、俺の所為せい!?」

所為せい、とは云わないよ。自意識も無い赤子がやったことなのだから。お前は先王様が想定していた以上に元気な赤子で、育子大姉のヱーテルを大量に喰らった。それが故に結果大姉は衰え、腕の維持に十分なヱーテルを注げなかった」

 確かに、摩耶山天上寺の地下室で目にした先王の腕は、まるで枯れ木のようであった。

「もし、先王様のヱーテルが十分だったらば、モスに操られた私がこの肩に先王様の腕を身に着けた瞬間、私の記憶が戻ったかも知れない……まぁ、『たら』『れば』の話の一つに過ぎないんだ。気にすることは無い」

「うん……」

「だけど、だからこその今がある。本当はね、お前のことはもっともっと……それこそ五年、十年という年月を掛けてゆっくりじっくりと育てるつもりだったんだよ。だというのに、四月一日の夜にいきなり死んで悪魔化デビライズを体験し、続く一ヵ月後にはまたまた死んで魔王化サタナイズに達して……さらにまたも死に掛けたところでいみなを知って腕として覚醒」

「俺、死に過ぎやろ……斯巴爾達スパルタ人も真っ青な、苛烈な教育やな」

 本当に、薄っぺらな氷の上をおっかなびっくり歩いた果てに手に入れた今であった。実際、何度か破綻しかけた……具体的には二度、だ。一度目は、己と璃々栖が一ヵ月の逃避行の果てに何も得られず、追い詰められていたあの日のこと。これは、愛蘭アイラムから手掛かりを貰ったことにより、前に進めた。そして二度目、これは璃々栖から先ほど聞いた話だが――璃々栖がモスに追い詰められ、万策尽きた時のこと。この時も、狙いすましたかのように愛蘭アイラムが現れ、『気付け薬』を授けて呉れた。 

「それで、拾月大中閣下?」璃々栖が云う。「愛蘭アイラム殿には本当に世話になったのじゃ。礼を云いたいのじゃが……ここには、おらぬのか?」

「は? 愛蘭アイラム、……とは、何ですかな?」

「え? いや、余を助けてれた――そう、『拾参じゅうさん聖人』と云っておったと思うが……のぅ、皆無?」

「せや」璃々栖に問いかけられ、皆無は頷く。「第零師団が誇る最強の悪魔祓い師ヱクソシストたる『拾参じゅうさん聖人』の拾参じゅうさん位、愛蘭アイラム師匠……俺は、師匠にいろんな魔術を教えてもろた」

「拾参聖人……? 拾弐じゅうにではなくって?」父が首を傾げる。

「え、いやいや『聖人』は拾参人おるやろ?」

「いないよ。以前にも同じような話をしなかったかい?」

「だからそれは、ダディが忘れてるからであって――」

「失礼な。思い出したと云っただろう……第零師団の誇る『聖人』は、拾弐人しかいない。ですよね、閣下?」父が拾月大中に同意を求め、

「その通りである。そも、愛蘭アイラムなどという冒涜的な名を持つ隊員は、我が師団には居ない」

「「――…え?」」





   † 





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