終幕之参「哀レナ悪魔ノ残リ滓」

》同日一九三五イチキュウサンゴー 神戸北野・異人館街 ――皆無かいな


 皆無は璃々栖を連れて、四月一日に少女真里亜マリアに扮した悪霊デーモンを祓った屋敷へ渡る。

「何でみんな、愛蘭アイラム先生の名を冒涜的って言うんやろう?」

「そりゃあ」璃々栖が空中に鬼火で『AIRAM』と書き、それを入れ替えて見せる。

「MARIAッ!!」

「聖母の名を逆さから読んでおるのじゃ。聖母を逆さ吊りにしておいて、侮辱の意志が無いわけが無かろう?」

 廊下を進み、応接間に入った。

 皆無と璃々栖は無言で、ソファの片側にすわる。清掃が入ったのだろう、ソファは綺麗だった。

 ――そして。






「やぁ、皆無。遅かったじゃアないか?」






 向かい側のソファから、声がした。愛蘭アイラム。存在しない拾参じゅうさん聖人の拾参が、瀟洒なドレス姿でそこにすわっていた。

愛蘭アイラム……先生」居るならば、ここだと思った。皆無は愛蘭アイラムのことを己の師匠だと記憶していたがしかし、どれだけ思い出そうとしても、

「お茶でもお飲み。いいはえ蜜があるよ」

 テーブルの上にティーセットが現れ、むわりとした曰く言い難い臭いが広がる。

 璃々栖が顔をしかめ、「この臭い、まさか」

「そう、アタシの旧友――デウス先王に喰わせた『気付け薬』さ」

 蠅。聖母を侮辱する名前。暴飲暴食。デウス先王の旧友。

』――『親』とは誰のことなのか。

 四月一日二一三〇フタヒトサンマル、自分はこの場所で、知人真里亜マリアを憑り殺した悪霊デーモンを祓った。そして、そのヱーテル核たる蠅を飲み込んだ。

 皆無は南部式を引き抜き、愛蘭アイラムへ銃口を向ける。震える指先が、南部式自動拳銃の引き金に触れる。「何でこんなことを――…愛蘭アイラムッ!」

 目の前に佇む女性が冷たく微笑む。

「そんな物騒な物を向けないでおれ。何せ今のアタシは、哀レナ悪魔之残リ滓に過ぎないンだから。モスの奴に散々に喰い散らかされた後の、残り滓さ。人柱のアナグラムを名乗ることで悪魔味デビリズムを高めなければ、洗脳魔術の一つも使えない」


「何で真里亜マリアを殺した、暴食の魔王ベルブブ!!」


「そりゃあお前さんにアタシのヱーテルを喰わせて洗脳し、円滑に支援してやる為さね。それにアタシはモスから隠れている身だ」

 確かに皆無達は愛蘭アイラム――暴食の魔王ベルブブに窮地を何度も救われた。母の夢に出てきた『白髪の仏様』と云うのもベルブブなのだろう。だが、

「そんなことの為に、お前は真里亜マリアを!」

?」

 周囲の温度が、すっと下がったような気がした。

「戦争が、起きるさね」

「……露西亜とのいくさ?」

「日露戦役ねぇ……そりゃまぁ十万人か二十万人か、そのくらいは死ぬだろう。けど、モスが起こそうとしている世界戦争は、そんなもんじゃあ済まない。 何百万? 何千万? 未来の振れ幅が大きくて正確な数字なんて割り出せやしないが、まぁ……お前さんを目覚めさせる為にこの港で死んだ、十数人だか数十人だかの命なんて、誤差にもならない量の人間が死ぬ。そうしてその血肉と悲鳴の一切合切を彼奴きゃつが奪い去り、そのヱーテルで以て世界の皇帝へと昇り詰める……そういう計画さね」

「皆無、銃を下げよ」

「けど、璃々栖!」

「皆無」

「くっ……」皆無は銃を下ろす。

「それで、余と皆無は閣下のお眼鏡に叶うことが出来たのでしょうか?」

「誓って呉れるかい、先刻のようにさァ?」

「誓いますとも」璃々栖が壮絶な、悪魔の笑みを浮かべる。「この手で、この腕で、必ずやモスを縊り殺して見せる、とッ!」





   † 





↓超美麗イラスト付きキャラ紹介・超豪華PV(CV山下大輝・伊藤静)はこちら

https://kakuyomu.jp/users/sub_sub/news/16817330650038669598


↓直リンク

https://sneakerbunko.jp/series/lilith/

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る