第参幕之弐「犠牲」
》同日
ゆらりと立ち上がった
「【
†
》同日
父の姿を取った何者かに向けて、地獄の魔術を放つ。
何者かの腹の中から顔を出した三頭の犬が、その
(【苦悩の涙の結晶・悪の果樹園の果実】)皆無は次の魔術の準備を始める。術式を編み上げながら、父の姿をした何者かを部屋の隅にまで蹴り飛ばし、璃々栖と老婆の安全を確保する。(【客人を裏切りしアルベリーゴよ・魂までも凍り尽くせ】)
敵の回復は早かった。「ははっ!」敵が飛び起きる。その腹部は、既に服まで元通りだ。「ヱーテル体相手に物理的な攻撃が効くとでも!?」
そんなことは百も承知だ。素早く展開出来る【
「【
皆無は必殺の魔術を放つ。敵のヱーテル体を凍らせ死に至らしめる魔術。ヱーテルにのみ効果を及ぼす極寒の吹雪が敵に襲い掛かる。それが、
「【
「そん…な……」
「
(あの腕は――…まさかッ!?)台座の方へ知覚を飛ばすと、先ほど――急に記憶が途切れる前は置いてあったはずの腕が、無い。
「もう終わりか?」
状況が分からない。が、
「ならば今度は、こちらから行くぞ?」
父の姿をしたこの敵を、倒して腕を取り返さなければ。だが何故か今の己は残りのヱーテルが異様に少なく、攻撃手段が無い。
(なら時間稼ぎや! 【
地獄の暴風が地下室を満たした。地下室の上に立っていた社が吹き飛び、構造物
「――皆無っ!」金縛りが解けたらしい主が、駆け寄ってくる。
「すまん璃々栖、油断した」
「良い良い、よくぞ戻って来て
「状況は?」問い掛けながら摩耶の空へと知覚を飛ばす。
纏わりつく暴風によって、敵はなおも北の空へと吹き飛ばされている。相応の時間稼ぎになるであろう。
「あやつは
「けど、あいつのヱーテル量はそれほどでも無かった」
先ほど対峙して感じたところでは、敵――
「ダディ殿の体に十分なヱーテルが供給されると、ダディ殿の意識が戻るのだそうじゃ。だからあやつはそなたから引きずり出したヱーテルの内、最低限だけを喰らい、残りは【
「どうする?」己のヱーテル残量は実に残り数百と
「【
「せやな、悪かった。けど、そう云うからには何か作戦があるんやろうな?」
「ある」主が、しっかりと頷く。
皆無は心が震えるのを感じる。弱い璃々栖も愛すると決めた。が、やはり。
強い主は、
「あやつは、ダディ殿の意識を乗っ取れるのはダディ殿が弱っている時のみと云っておった。そして、乗っ取れる時間はそう長くない、とも。どれくらいの時間かは分からぬが、『長くない』と云った以上、一週間や一ヵ月と云うことはあるまい」
「つまり最大数日間の時間稼ぎが出来れば、ダディが意識を取り戻して勝利ってことになると? あの野郎の言葉が本当ならやけど」
「無論、
「今、三十万を超えた」
一分でおよそ十万単位の回復量。ヱーテル総量が十億単位もあると、自然回復の速度も半端なものでは無い。が、地獄級を駆使して戦うには心もとない。
「では皆無、
遅滞戦術。
「一回につき数十万」
「足らぬな。【
【
†
》同日
「
「分かった。ええと思う」
「うむ。そなたは戦いでヱーテルを消耗するであろうが……逆に余は回復し続けるであろう。
「口付けはあかん!」
「何じゃ何じゃ、
「そこで、二手に分かれる」
「璃々栖が
「左様じゃ」
「なら、ヱーテルもらうで」
「う、うむ」目を
果たして皆無が唇に吸い付いて来て、ずるずるとヱーテルを吸い出される。
「行ってくる」
目を開くと、そこには美しく均整の取れた
「私も一緒に行きますよ!」
「いや、あんたには無理やろ……」呆れたように皆無が云う。
「いいえ、戦えます。
「ええと、ヱーテル量――…数十万!? え、
数十万単位。第零師団の将官を狙えるレベルである。
「母は強し、です!!」鼻息荒く、大姉が頷く。「私は、必ずや姫様と腕の邂逅を実現させると、先王様に誓ったのです。だから、私も戦います」
「……死ぬかも知れへん」悲痛な表情の皆無と、
「私は大丈夫だから」妙に自信たっぷりな育子大姉。「お願いだよ、皆無」
「まぁ、御母堂様がそう仰るなら、余は止めぬ」
璃々栖の意見がとどめになったのか、皆無が深いため息を
「ありがとう、皆無!」
最後の戦いが、始まる。
†
》同日
曇天の中、舞い上がる。眼下には天上寺を取り囲む様に森があり、他にはぽつりぽつりと植樹された場所があるくらいで、六甲山の大半は禿山になっている。
視線を上げ、北の空を見れば、「
父の姿を取った敵が、七大魔王の一人が、『暴食』の魔王
「【全てこの世は舞台・男も女も
術の展開を待つ義理など無い。皆無は大きく息を吸い込み、(【
的を絞った
「【全てこの世は余の遊び場――
爆炎が収まってみれば、そこには無傷の
「
「ようこそ、我が舞台へ」いつの間にか、
「
皆無は身構える。いつかの、四月一日に不和侯爵
が、
「……おや?」他ならぬ、施術者たる
皆無は右手の爪にありったけのヱーテルを込めて
「【
「【
魔法陣が眩いヱーテル光を放ち、そして。
(…………えっ!?)体が落下し始めて、皆無は己の身から
「【
落下する。両脚にヱーテルを込めて着地しようとするが、思うようにヱーテルが操れない。この感覚は、知っている。
璃々栖に出逢う前の、
つまり。
(墜落死する……ッ!? 【韋駄天の下駄】ッ!!)
発動しない。重力軽減の真言密教が、省略詠唱ではその効果を発しない。
(くっ――【偉大なる軍神スカンダの剣・ニュートンの林檎――)
詠唱が間に合わない、地面に激突してしまう、死んでしまう――…
「【
老婆の声。気付けば地面に激突する寸前で、老婆が発した風の
「……助かりました」飛び起き、肩で息をしている老婆へ礼を云う。
「貴方は私の子供だもの。当然よ」額に汗をかきながら、老婆が微笑む。が、その表情はすぐに曇り、敵の姿を見上げる。「けれど……」
「はははっ!」魔王
周囲は禿山。彼我を遮る物は何も無い。
「どうだ、人の身に戻った気分は? この魔術は、
人の身。人間の体。魔術の仕組みは分からないが、現にこの身は
つまり――…、
(
「さぁ、踊れ――【肥えた土・
禿山であるはずの地面から、無数の雑草や
「【
見る見る間に、皆無の四肢は不気味な蔦によって拘束される。
「はははっ、実に良く馴染む。この国でも、
(【偉大なる
真言密教術に伝わる初級の火炎術を脳内詠唱し、ようやくもって皆無は、その四肢を拘束する蔦を燃やせしめることに成功する。そのまま、
「――【人生は歩く影法師】」
「【
光源を発する真言密教術を使う。ランプ程度の明かりに照らし出された世界では、地面のありとあらゆるところで不気味な蔦が蠢いている。
「……ひっ!」気味の悪い蔦の群れから逃れようと地を蹴るが、
「――【速く走る奴ほどすぐ転ぶ】!」
途端、何もない所で皆無は盛大にすっ転ぶ。
「ははっ、無様じゃないか、
己はと云えば、際限なく地面から湧き出てくる蔦に身を絡み取られ、地面に縫い付けられている。
「……
「何故? お前は、何について問うているのかな?」
「何でお前は、璃々栖の祖国を襲い、璃々栖の腕を奪い、今こうして、璃々栖と俺を窮地に追い込んどるんや? 何の為に」
「何故ってそりゃあ、戦力強化の為だ。世界を支配するにあたり、強力な
「何で、世界を求める」
「そりゃあ、余が強いからだ。強く生まれたからには、覇権を手にしたい――覇権主義、帝国主義という奴だ。強きが弱きを挫き、全てを奪う。人間どもの世界が、
笑顔であった。いっそ無邪気と云って良いほどの、笑顔。こいつはただ、遊んでいるだけなのだ。人間の命を駒にして。
「それにしても、随分とお喋りじゃないか? 何が目的だ」
蔦が皆無の体を無理矢理起き上がらせる。まるで十字架に縫い付けられたような体勢で立たされる。
「なぁ、少年。不義理な主など捨てて、余の物にならないか?」
「断るッ! たとえ天地が引っ繰り返ったって、俺の王はあいつだけやッ!」
「そうかい……あぁ、魔術を連発した所為で魔力が残り少ないな。お前から頂いたヱーテル塊はまだまだ残っているが――…どれ、お前を直接喰ってやろう」心底楽しそうな、悪魔の笑顔。「なぁに、手足の一本や二本くらい、失ったって死にはすまい。そも、お前の主がそうであろう?」
蔦が動き、右腕が
「【
皆無は
(――これならどうやッ!?)
地獄級の威力ならずとも、ありったけのヱーテルを込めたのだ。
……だと云うのに。
「ぶはっ! あっはっはっはっ!」口から煙を出しつつも、
もう一度、皆無の腕を丸呑みしようと巨大な口を開く。
(あぁ、あぁぁ……)
万策尽きた皆無は、恐怖のあまり目を閉じてしまう。
(璃々栖…パパ……)
……………………
…………
……
数秒が、経った。
痛みは、来ない。
疑問に思い、恐る恐る目を開いてみると、
「――――お母さんッ!?」
老婆が皆無と
突き出した右腕の、その二の腕が真っ赤な血に染まっている。そんな老婆が、震える声で何事かを唱えていて、
そして。
「――【
視界が、黄金色で染まった。
暗闇の中で、
一瞬で、
光が収まり、世界は再び闇に閉じる。
「お母さんッ!!」
母が、右肩から先をごっそりと失った母が、その場に崩れ落ちる。
皆無は力を失った蔦を引き千切り、母の元へ駆け寄る。
「お母さん、あぁぁ…お母さん……」
「……やっと…呼んで…
「【
ようやく
老婆の体が、急に
「あぁ……あぁぁ……あぁぁぁぁあああ…………」
死んだ、死んでしまった。母が、母が。己を庇って死んでしまった。
「お母さん、お母さん……」
「はははっ!」
背後で、笑い声が聞こえた。
皆無は呆然と、振り向く。
空中に、フィレンツェの絵画から飛び出してきたような、小柄な天使の姿を取った
「雑魚かと思っていたが、その女、なかなかやるじゃないか」
そう云う間にも、空中を漂う
「だが……なんだ、死んだのか」
どうすべきなのか、分からない。
皆無には、自分がこれからどうすれば良いのかが分からない。
怒れば良いのか? 悲しめば良いのか? 絶望すれば良いのか?
母は死に、己は弱々しい十三歳の肉体に封じ込まれ、
「とは云え今ので余も相応に消耗した。ここからは趣向を変えて、余の配下に戦ってもらうこととしよう。死霊伯爵ビフロンスから奪った取って置きの
皆無の足首を、何者かが掴んだ。手。地中から生え出でた手が。
「――ひッ!?」皆無はその手を払い、後ずさる。が。
地面の、そこかしこから這い出してくる。血塗れの甲冑に身を包んだ亡者達が。摩耶山で、あるいは六甲山地で、あるいは湊川で命を落とした、源平や足利や楠の
「――者ども、かかれ」
皆無は母の遺体を背負いながら、逃げ惑う。
どうすればいい。
どうすれば。
†
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