幕間「続、※※※之手記」

 寛政陸日むいか、晴天。

 本家ヨリデウス討伐ノ任ヲ拝命ス。明日、兵庫津ヘ向カフ。


(以下、口語訳)


 の魔王が鎖国結界を突破せしより一月ほど経つも、人里が襲われたとう話は無い。が思うに、わざわざ藪をつくような真似はすべきでは無い。相手は異国の魔王であり、余とて敵わないと云うこともあり得る。魔王が大人しくしてれているのであれば、捨て置くのが好手であると思う。

 が、余のそのような意見はれられなかった。この数年、至る海で異国船が跳梁ちょうりょう跋扈ばっこするようになり、幕臣達が苛立っていると云う話も聞く。きっと、幕府も異国のあやかしを相手に意固地になっているのでろう。

 兎角とかく、命令とあらばやるしかない。余は古の盟約によって、そのように既定された存在なのだから。


   †


 寛政弐年伍月漆日なのか、晴天。

 魔王が潜んでいるという神戸・摩耶山の寺と、麓の布引の滝、さらに麓の宿場町を歩いた。釈迦しゃかの母を祭る寺と、日本三大神滝たる布引の滝を持つこの山に訪れる者は多く、自然、麓の宿場町も栄えている。


 驚いたことに、魔王は恐れられるどころか、極めて好意的に受け入れられていた。


 宿の主人に聞いたところによると、数週間前にふらりと現れた異国風の偉丈夫は自ら堂々と魔王を名乗り、熊が出ればこれを退治し、開墾に邪魔な岩があればこれを砕き、井戸が必要ならばこれを掘り、あっという間に人気者に成った。彼の魔王は『天狗様』とか『大明神』などと呼ばれ崇められており、例えば魔王が切り開いた参拝道は『天狗道』と呼ばれていたり、宿場町では魔王が掘った井戸が『大明神様の井戸』と呼ばれて行列を作っていた。

 その対価として、魔王は方々ほうぼうの家で女を抱いて回っているらしい。その中には既婚者も含まれるが、何しろ得られる利益が大きすぎて、男達も文句を云えず臍を嚙んでいるのだとか。中でも摩耶山頂の寺に住む尼が大のお気に入りで、このところは寺に入り浸っているらしい。

 ますます、敵対すべきではないとの思いが強くなる。調査結果を添えて、改めて意見具申のふみを飛ばしたが、果たして。


   †


 寛政弐年伍月捌日ようか、曇天。

 やはり討伐命令が覆ることは無かった。


 奇襲した。


 摩耶の寺から宿場町へ降りる途中であった魔王を、総力をもって強襲し、その四肢をもぎ、砕いた。魔王は、弱かった。まるで力のほとんどを既に失っているかのようであった。そして、驚くべきことにほとんど抵抗というものをしなかった。

「余は陛下を祓わねばならない」と、余は云った。

 すると魔王が、「知っている」と答えた。「余は弐佰にひゃく年先までの未来を知っており、余がそなたに祓われる未来も知っていた」と。

 少し、魔王と話をした。魔王は、正しくは先王であった。

「戦争が起きる」と、先王は云った。「世界を二分する大戦争が二度、起きる。その中心にいるのがモスである。彼奴きゃつは世界中に出血をさせ、その血をおのが力に変えるべく画策している」

 そのいくさを、モスによる世界支配を阻止する為に先王は世界中を旅し、つい先ほど、その為の『仕込み』を終えたのだそうだ。だから余に祓われるのはやぶさかでは無いが、その代わりに幾つかの願いがあると云った。


 余は、れた。


 その願いを、先王の※※※※※を守ると誓った。

 そうして、先王を祓った。


   †


 ※※※之手記は延々と続いてゆく。手記は何冊にも及び、元号は十一度も代わり、時代は変わり、幕府は倒れ、そして十二度目、ついに元号は『明治』へと至る。

 そして、明治二十三年十一月に、以下の記述がある。


   †


 明治弐拾参年拾壱月拾弐日、晴天。

 ※※※※※誕生ス。皆無ト名付ク。





   † 





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