第壱幕之漆「人魔之狭間ニテ」
》同月九日
「レディ・
「
「デートは分かるが、元ブラとは何じゃ?」璃々栖が皆無の軍衣の
そう、今の璃々栖には左腕が付いている。そしてその腕が、璃々栖の意志通り動く。ヱーテルがそれなりに回復してきた侍従の
「皆無!」その、左手の甲から口が現れ、「殿下のご質問にさっさと答えぬか!」
「分かっとるってもぅ……『元町』で『ブラ』ブラすることや。元町は、ここいらでは一番ハイカラなデヱト
「ふぅん。では、可愛い可愛い皆無とのデートを楽しみに、今日も仕事に勤しむとするかのぅ」屋敷の外へ出た璃々栖が、虚空から日本刀を取り出す。
「のう、ダディ殿よ」璃々栖はこの父のことを、
「正直申し上げますと、上は渋面一色ですね。貴女の戦力強化を恐れる向きは多い」
「何卒、頼む。何度も云うように、祖国奪還が果たされた暁には、必ず貴国に報いるが
璃々栖は父に、腕を見つけ、仇敵・
「何卒、
「はい。引き続き全力で交渉に当たらせて頂きますので」
「ふぅ……国の復興も一歩ずつじゃぁ。では皆無」
「う、うん」皆無は璃々栖に歩み寄り、背伸びして彼女の愛らしい唇に吸い付く。よりにもよって親が見ている前で。父も父で、面白がってじっくりと見てくるのだ。
ドロリと、甘く愛おしいヱーテルが流し込まれてくる。最近では喉を通る感覚で、渡されたヱーテル量が把握出来るようになってきた。今回渡されたヱーテル量はおよそ二千万単位。四月一日――皆無の
「こんなところかのぅ。どうじゃ?」自身の唇をペロリと舐めながら、璃々栖。
「うっぷ……う、うん。これ以上入れられると、多分吐く」目を閉じて丹田にぐっと力を込めれば、二本の角と、蠍のような尻尾と、蝙蝠のような翼がにょきにょきと生えてくる。が、それらはどれも半透明で触れられない――
「相変わらずじゃのぅ」璃々栖が露骨に溜息を吐く。「ヱーテル量的には十分足りておるというのに……何じゃろうな、やはり
「せやから
「
「くうくう云うけどやぁ。んな簡単に悟れたら世話ないって。はぁ~……【虚空庫】」皆無は略式詠唱で亜空間から村田銃を取り出し、「じゃ、今日も頼むで『
「おや、ようやく得物に名前を付けたね?」
一週間前、手っ取り早く強くなる為の方法として父に教えてもらった『名付け』である。
「どういう意味なんだい?」
「え~と……」人に――特に親に――教えるのは恥ずかしい。「観音様と
「あっははは! いいじゃないか子供っぽくて」
「うっさいわ! ――あっ」その時、皆無の脳裏に衝撃的な考えが浮かんだ。「名付け……空…無…ダディ、僕の名前って、『
名前とは、力であり呪いである。本当の名であり呼ぶのを
「セヤデ」
「何で関西弁なん。嘘なん?」
「チャウデ?」目を逸らす父。「いや、悪いが本当に覚えていないんだよ。けど、名付けた当時の己の考えを想像するに、
「説って何やねん……」皆無は白目を剥きそうになる。そもそもどうして日記等の記録に残していないのか。「……分かりましたよ。今は、僕の名前の由来は、僕を『空』に至らせ易くする為に『無』にしたってことにしといたるわ」
†
晴天である。が、電灯が行き届いた街・神戸では満天の星空とはいかない。
「【遠見】。【
「情けないぞ皆無!」
実際、一週間前に璃々栖が神戸港に降り立った時、璃々栖の翼の役を追っていた
「お前には想像力が足りておらんのだ!」
「だぁ~~~もうッ!
(敵勢力は――)
夜空に舞うのは全長数十メートルの飛竜――乙種
地上で
(対するこっちの戦力は――)
単騎で丙・丁種
それらが、各佐官を中核とした五つの分隊と、尉官のみで構成するいくつかの分隊を組織し、善戦している。他の港からも招集されている為、現在の神戸における層の厚さは相当なものがある。
佐官
(どれから祓おうか)検疫所のそばに降り立ち、璃々栖を下ろした皆無は逡巡するが、
「ぎゃぁあ!」負傷者の悲痛な叫び。
三体の
「大佐殿!」皆無は大佐へと駆け寄りつつ、「こいつは小官にやらせて下さい!」彼らを巻き込まないように威力を絞った銃撃――とは云っても、その威力は先日丁種のガーゴイルを粉砕せしめた
「貴様ッ! 横入りなんぞされたら指揮に乱れが――」大佐が皆無を怒鳴りつけようとするが、追い付いてきた璃々栖の姿に気付き、「……あぁ、貴官らが例の。貴官らの邪魔はするなとのご命令だ。我々はどうすれば良い?」
「丁種
「大佐たる私に
「申し訳ございません」
「ちっ――」年端も行かぬ小僧の、生意気な言葉が気に喰わなかったのであろう大佐の舌打ち。が、大佐はすぐに敬礼し、「分かった。武運を。――乙・丙種
この大佐は、この場全体の指揮権も持っているらしい。竜や他の
「ありがとうございます!」大変な無礼に当たるが、皆無は答礼しない――している暇がない。既にセフィロト曼荼羅を展開し終わっており、加えて、皆無の攻撃を受けた
村田銃に装填されていた四発の
一発は、皆無の迫りつつあった
最後の一発は、悠々と空を飛んでいた竜の顎をカチ上げた――が、頭部の破壊には至らなかった。
(さすがは乙種! 格が違う)舌なめずりをする皆無の隣では、
「そ、そんな……」皆無の戦いぶりを今日初めて見たらしい大佐が驚いている。「丙種
「皆無、課題じゃぁ」璃々栖が耳元で囁く。「あのデカブツは、
「え、えぇぇ……?」一瞬迷うが、【
「余のことなら心配無い!」
見れば璃々栖が日本刀を縦横無尽に振り回し、迫りくる
璃々栖が敵で無いことは、第零師団では周知の事実となっている。少しくらいの間――具体的には、そこら中に敵対妖魔が溢れており、璃々栖がそれらを祓う為の重要戦力である間――であれば、璃々栖を
皆無は大きく脚を開いて姿勢を沈め、蝙蝠の翼に風を溜めるようなイメージを浮かべる。果たして翼に、ざわざわとヱーテルが溜まっていく感覚があり、
「――今!」羽ばたいた。途端、体に衝撃が掛かり、視界がぶれる。「うわわわっ」
気付けば、空。それも、乙種
(こっちやって――)皆無も大きく息を吸い込み、「ふぅぅぅううッ!!」
劫火と劫火、『
「グギャァァアアアッ!?」果たして、喉を焼かれて苦悶の咆哮を上げたのは、竜の方だった。
「あはっ」皆無はすっかり楽しくなって、慎重に羽ばたいて竜の首元に取り付き、「相手が悪かったなぁ」巨大なヱーテルを纏い、真っ白に輝く爪を振り下ろす。
首を失った巨竜の体が、自由落下を始める。
「あはっ、あははっ」
皆無は一緒に落下しながら、
†
(あはっ、楽しい)残敵を屠り散らしながら、皆無は己に陶酔する。エリート中のエリートたる第零師団の佐官
「……な! ……いなっ! 皆無!!」
「――え?」慌てて顔を上げれば、璃々栖が難しい顔をして己を睨みつけていた。
「敵の殲滅は完了した。さっさと負傷者の治療に向かうぞ」
「う、うん……」改めて見てみれば、己の周囲には、執拗なまでに切り刻まれ
璃々栖から与えられる暴力的な量のヱーテル。璃々栖から与えられる魔術の叡智。璃々栖から与えられる――その身を
(気を確かに持たな、な)頭をはっきりさせる為に無詠唱で【
ようやく気付いた。すぐそばの家屋、その屋根の上からこちらを伺う妖魔の存在に。
(僕も璃々栖も気付かへんかったなんて――)
ともかく敵は
金髪に赤い瞳の、少女を象った等身大の精巧な人形であった。白を基調としたドレス姿で、背中には天使のような翼を持つ。
さて、どう料理してやろう――と考えていると、
「――ォォオオオッ!!」皆無は吠える。咆哮と共に膨大な量のヱーテルが
そのまま
「……ガッ!?」もう一本の足で、器用にも顎を蹴り上げられた。視界がぐらつく。それでも皆無は手を放さず、【
人形の体が舗装された道路を深く
「
「キィィイアァアァァアッ!!」
人形の絶叫。未だ回復し切れていない皆無の三半規管に止めを刺すように響いたその声は、皆無の視界を暗転させる。無詠唱の回復魔術で再生させつつ拳を振り下ろすも、
「皆無、上じゃ!」
ようやく戻って来た視界を夜空へ向けてみれば、人形は既に皆無の手の内を離れ、天の果てへと逃れようとしている所だった。
「【
「
「――ごめん」
「まぁ、もう夜明けじゃ。余や
†
敵が去った後の、『
「最後の奴、どのような
「人形やった。金髪で赤い瞳で――何や璃々栖に似てたなぁ」
「余のように美しかったのか?」
「いやぁ、やっぱり璃々栖本人の方が――ごほん!」
「なんじゃぁ、そのように恥ずかしがらずとも良かろうに」
「うっさいねん!」
「しかし、余に似た人形かぁ……
「厭なこと?」
「憎き叛逆者・
「えっ……」引きつつも皆無は、(あ、でも……女中とか給仕とか庭師とか、いろんな格好してる璃々栖は見てみたいかも)
「あの糞爺、一度など余に向かって、『貴女をはく製にすることで、その美しさを永遠たらしめたい』などと云いおってなぁ」璃々栖が皆無の腕の中でぶるるっと震える。「気色悪いにもほどがある。が、後のことを思えば、あれは本心だったのであろうな」しばしうつむいていた璃々栖だったが、すぐにその美しい顔を上げて皆無に微笑みかけ、「何とか飛べておるではないか。それに、先ほどの戦いぶりもまぁまぁじゃったぞ。もうあと一手、コツのようなものが掴めれば、
「『無』ってのは『無我』のことで、自分や物に執着するなとか、煩悩を捨てろとか、諸行無常とかってこと。云うてダディこそ煩悩塗れやと思うねんけどな」
「と云うと?」
「自分の歴代の妻百八人の霊魂を式神化させとんねんで? んで、夜な夜な呼び出して語り合ってんねん。趣味悪過ぎやろ」
「えぇぇ……あ、そういえばそなた、母君はいないとか云っておったが、その百八の妻の一人に当たるのかの?」
「分からへん」
「……ん、んんん?」
「ダディは僕のこと、橋の下で拾ぅて来たって云うねん」
「た、確かにそなたら親子は顔が似ておらんのぅ」
「云うてダディはヱーテル体やから、あの顔もいい加減やで絶対。自分の顔も忘れとるに違いないわ。あ、煩悩と云えば……
朝っぱらから休憩室で大量の酒と肴をかっ喰らう、年齢不詳の
「ダディ曰く、拾参聖人は全員『空』に至っとるらしい。確かに、
「うむ、それは確かに――えっ!?」いきなり、璃々栖が悲鳴に近い声を上げた。
「いつの間に!?」少し遅れて、
「ん、どしたん?」
「か、か、皆無! 上! 上!」
「上?」
「上官の陰口とは良いご身分さァね?」
背中から、
「さァてなァ」
「
「な、何のこと? どういう意味……?」混乱する皆無に対し、
「お前さんが何故、
図星を指され、言葉もない皆無。
「内心で悪魔になりたがっていないンだ。
「こんな高さから落ちたら――」
「……心配あるまい。この高さまで飛んできたのじゃぞ? それも、余ら全員に気取られずに」
†
「
云われた通り下ろすと、
「むぐっ!?」問答無用で口付けされ、ヱーテルを吸い出された。「どないしたん、そんな焦ったみたいに……体に悪影響とかあるん?」
「いや、より一層
図星であった。
「と同時に、そんな己に恐怖しておった。確かに余の――というより
「――…」
「そして余は出来得る限り、そなたの意に添わぬ形にそなたを変貌させたくない」
……何とも、使い魔に優しい
(人として生きるか、悪魔として生きるか……)
答えなど、簡単に出せるわけが無かった。
†
↓超美麗イラスト付きキャラ紹介・超豪華PV(CV山下大輝・伊藤静)はこちら
https://kakuyomu.jp/users/sub_sub/news/16817330650038669598
↓直リンク
https://sneakerbunko.jp/series/lilith/
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます