第壱幕之陸「接吻之練習」
》同日
「レディ・
「ふむ」薄桃色の和服と
「はい」
「えぇぇ……」呻く皆無。
「皆無、お前はお前が人間に対して安全な存在であり、かつ日本国にとって有益な存在であることを示せ。それだけが、お前が第零師団から討伐対象とされずに済む唯一の道だ」
「わ、分かった」
「よし、行け!」
†
「【韋駄天の下駄】」軽く地を蹴ると、皆無の体は鳥と同じ高さにまで舞い上がる。略式詠唱でありながら、この威力。「【梟ノ夜目】――【
神戸港にいる全ての妖魔と、それらと交戦中の
『外国人居留地』の南端には第
「丙種
「こらこら、
皆無は道路に着地し、璃々栖を抱き上げる。そうして再び屋根の上に飛び乗り、ポン、ポン、ポン、と家々の屋根の上を疾走していく。潮風が皆無と璃々栖の顔を打つ。
「あはっ、爽快じゃなぁ!」
「こっちは切羽詰まっとんねんけど」反応によると、死者こそ出ていないが被害は甚大だ。
すぐに海岸通りが見えてきた。皆無はちょうど着地地点にあった『ORIENTAL HOTEL』と書かれた看板を踏み台にし、戦場へと飛び込む。
敵を目視。地上近くを飛び回る、翼を持った石像の怪物ガーゴイルの群れと、上空で配下達の働きを督戦しているらしいひときわ大きなガーゴイルの親玉だ。敵の数は丙種が一、丁種が十。対する軍側は、かき集められたのであろう尉官が十数名と、ほぼ非戦闘員と云っていい下士官が数十名。
個人々々が一騎当千の対魔集団である第零師団では、数名の尉官が『分隊』を部署し、互いの背中を守りながら戦う操典となっている。一名の佐官と、それを補助する若干名の尉官が分隊を部署する場合もある。
そもそも【神戸港結界】が西洋妖魔の侵入を阻んでおり、厳しい検疫を潜り抜けてきた単体の妖魔を分隊で叩くのが前提である為、現況のように妖魔が集団で攻めてくることが想定されていないのだ。
尉官達の方は操典に従い、数名ずつの分隊を組織して村田銃を構え、各隊が丁種一体を相手取りながら何とかやっているようであったが、当然取り
「だ、誰か助け……ッ!」
悲鳴を上げる下士官を引っ掴み、今まさにその頭蓋を嚙み砕かんとしている丁種へ皆無は吶喊する。道路上に着地し、璃々栖の体をふわりと放り上げ、「【虚空庫】!」丁種の腹に村田銃の銃口を打ち付け、引金を引く。丁種の体が大きく吹き飛び、下士官が放り出される。
(
さすがは
(【二面二臂のアグニ・十二天の一・炎の化身たる
父の時とは違い、今装填されているのは比較的低威力の
「皆無」璃々栖の声に振り返ると、「投げるなとは云わぬが、事前に告げよ」皆無に投げ上げられたにも関わらず、器用に着地し、さらには放り出された下士官を肩で器用に支えた璃々栖が笑っている。この姫君は相当に体術が出来るらしい。
「ごめん、璃々栖」皆無は次のセフィロト曼荼羅を展開する。「【五大の風たるヴァーユ・十二天の一・風の化身たる
夜空に向かって残弾の四発全てを乱発する。『
「器用なもんじゃのぅ。じゃが」下士官を立たせてやりながら、璃々栖が云う。「火力がまるで足りておらんようじゃぞ?」
「めっちゃヱーテル込めたんやで!?」
「込め方がなっとらんのじゃ。貸してみよ」
云われるがまま懐から
「あちちっ!?」弾倉が真っ白に輝き出す。
「さっさと撃て」
「う、うん」皆無は弾倉を村田銃に装填し、
引き金を引いた瞬間、そのあまりの反動に、皆無の体は後ろに吹っ飛んだ。受け身を取りつつも脳内詠唱の【
「あはっ、すっっっげぇ!!」皆無が年相応の子供のように笑う。
璃々栖が満足げに微笑みながら、「良いからさっさと残りも撃て」
「せやった!」
残りの四発も、きっちり四体の丁種達を屠った。
「さて」璃々栖が空を見上げる。
「ガァゴォオオ!!」咆哮とともに、丙種が丁種らと共に殺到してくる。
「璃々栖、お願いや!」慌てて新しい弾倉を取り出し、璃々栖に差し出す。
「仕方ないのぅ」云いつつも、璃々栖がさっさと口付けして
果たして五発の弾丸は四体の丁種を屠ったものの、丙種には傷一つ追わせられなかった。皆無は璃々栖を抱き上げ、脳内詠唱の【韋駄天の下駄】で夜空へと飛び上がる。
道路に激突した丙種が、こちらに向かって羽ばたいて来る。
「投げるで」
「またか」
空中で璃々栖を放し、より高威力の
「【大地より涌き
銃口から発射された弾丸が緑色に輝く無数の鎖に変じ、丙種の体にまとわりつく。皆無がさらにもう四発撃つと、それらは四本の杭に変じ、鎖で
「一丁上がり」
「さ、さっさと抱えんか! 落ちとるぞ!?」慌てる璃々栖と、
「はいはい」璃々栖でも慌てることがあるのか、と新鮮味を感じる皆無。出来るだけ優しく空中の璃々栖を抱き留め、【韋駄天の下駄】を展開させた脚で音も無く着地する。「璃々栖て運動得意そうやし、一人で着地出来たんちゃうん?」
「
それでも、折れるだけで済むらしい。
【
「じゃ先に怪我人の介抱や」
皆無は璃々栖と共に夜空を駆け、外国人居留地の一角、最も重症と思しき三人組の前に着地する。果たしてそれは、愛すべき三人の
「何や、貴官らか」皆無が何気なく語りかけると、
「「「ヒッ……」」」三人の表情が恐怖に染まった。
(そっか……こいつらは、僕がもう人間やないことを知っとるんか)皆無は心を痛めつつも、まずは治療を優先する。「【
怯える三人の内、最も手ひどくやられている尉官に触れ、その傷を癒す。他の二人の傷も、跡形もなく治った。
「お世話に、なりました」皆無は三人から背を向ける。自分はもう、あの輪の中には戻れないのだと、痛いほど思い知らされた。
†
「じゃあこいつを始末するか」海岸通りに戻り、丙種
「さっきから思っておったのじゃが……
「ひっ」
「あぁ、なるほど。あのようになるのは初回だけじゃから安心せよ」
「え、そうなん?」
「と云うわけで、まずは口付けの練習じゃぁ」
璃々栖の悪魔的な微笑みに、顔を引きつらせる皆無。周囲では、
「下らん羞恥心など捨てよ」
「わ、分かったから」皆無は唇を突き出し、顔を赤くして目を閉じる。「ん、ん~……」
「女か!」璃々栖に頭突きされた。「男じゃったらこう、ガッと来んか!」
「うぅぅ……」皆無は目を閉じて真っ赤になりながらも、背伸びをして自分から璃々栖の唇に吸い付く。既に何度か経験した、甘くドロリとした高濃度ヱーテルが喉に流し込まれ、胃を犯し、腸に至り、丹田に留まる。そして襲い掛かってくる、猛烈なヱーテル酔い。「おえぇ……」
「シャキっとせい」
よろけると、璃々栖がその悪魔的乳房で支えて
「意識を集中し、
「
「山羊の
「え、何、山羊の角? 角…角……」ひとまず『角』から想像する。山羊のようなねじれた角。丹田のヱーテルが頭の先にすっと抜けていく感覚があり、
「おぉ、出てきたのぅ」
璃々栖の云う通り、皆無の頭から、二本の禍々しい角が生えた。
皆無よりも一回り背丈の高い璃々栖が、顎でその角に触れようとするが、「ありゃ?」すり抜ける。「何じゃ皆無、
「う、うん」
瞬間、神戸港に昼が訪れた。
太陽かと見
「えぇぇえええッ!?」皆無は己がしでかした所業に卒倒しそうになる。慌てて【
いつの間にか現れた父と一緒に、夜通し港を駆け回り、海へ投げ出された人々の救助活動に当たった。
†
》同月三日
「この大
確かに、息子の不用意な――丙種
「まぁまぁ……彼らも反省しておりますし、それに、結果として兵士・民間人共に死者どころか負傷者
「少将! 貴様やけにこの甲種
「閣下は私めの、この十三年間の献身的な働きをお疑いになるので?」
「ぐっ……」拾月中将が苦虫を嚙み潰したような顔になり、「と、とにかく! 一週間後の観艦式の日まで、あの
「はっ」正覚は直立し、敬礼した。右の義腕は動かないので、左腕で。
†
》同日
「こ、この淫乱
「失敬な、余は
「ひぃっ」
†
そんな風にして、一週間が過ぎた。
夜は戦い、璃々栖を風呂に入れ、同じ部屋で眠り、食事を摂り、今や皆無と璃々栖が
不安はあったが、楽しくもあった。そんな毎日の中で皆無はどうしようもないほどに、璃々栖の魅力に溺れていった。
幸せだった。幸せだったのだ。
――四月十日の夜、人生の岐路に立たされることになる、その時までは。
†
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