第弐幕之参「撤退不可能ナル恋」
》同日
「助けて
「は?
「頼む皆無! お前の力が無くては、殿下が
「なっ――…けど僕にはもう、あいつを助ける義務も義理もあらへん」
(やけど……!)
そんな璃々栖の姿は見たくない。璃々栖のことは好きだ。好きだが、こんな一方的な淡い恋心の為だけに、己の命を投げ出すなんて馬鹿げている。
「大
「……は? 好意?」怒りと共に皆無は問いただす。「あいつは自分の為に、僕に死ねって
「こんなことを議論している場合ではないのだ!」
「答えろ! 答えん限り、僕は動かん」
「――二つだ! 一つは餞別として殿下がお前に送ったヱーテル! あんなことをしなければ、殿下はもっと戦えた!」
確かにそうであった。受け取ったヱーテル量は相当なものになるはずだった。だが、自分如きに渡す量など、璃々栖のヱーテル総量からすれば微々たるものだと思い込んでいた。皆無は璃々栖のことを、圧倒的強者だと見ていた。
「二つ目は、お前に選択を迫った時、【
「はっ!? 【
「そもそもお前の体には今、元のお前のヱーテル総量を圧倒的に上回る殿下のヱーテルで満ちている。お前の体や意志は、殿下の望む方向に動くようになっている。殿下が、お前が殿下に魅入られるようにと少し願うだけで、お前は殿下に夢中になる」
「そ、そんな――…僕はずっと、操られて」
「お前に裏切られては御身が滅びかねないのだ! 仕方の無いことであろう!?」
思い返してみれば、自分の璃々栖に対する執着振りはいささか異常であった。「え、でも……その【
「だから、好意だと云っているではないか!」
「は?」
「好意だ! 殿下は、お前の自由意思を尊重なさったのだ!」
†
》同日
「無様ですなぁ」人形の口から、堪え切れないと云った様子の笑い声が出てくる。
皆無には拒絶され、
「
「や、やめ――…」
踏みつぶされる。肉と筋と骨と髄が砕かれる感覚と、熱と、強烈な痛み。
†
》同日
「ご自身の一大事という時にだぞ!? しかも、【
「そ、そんな――」血の気が引く。自身の危機を押してまで皆無のことを考えて
「殿下がお前のような小僧相手に恋心を抱いているかどうかまでは知らぬ。が、お前のことを一人格として見ているのは確かだ!」
(――璃々栖が、僕を、見てる!!)
全身が震えた。それは、六歳の頃から延々と抱き続けた強い強い願いではなかったか。その願いを、他ならぬ璃々栖が叶えて
心の臓が高鳴る。鳥肌が止まらない。脳がしびれる。興奮で、視界がちかちかと輝く。丹田が、体中が熱い。体内を巡るヱーテルが、璃々栖から与えられた血液が、沸騰するかのように熱を帯びる。
(見て
途方も無い感動が、感激が皆無の
……気が付けば。
「
「こっから先は、璃々栖自身の口から聞きたい。行こか
「来て
「ちょちょちょっ、そんな体で【
「ああ」
皆無は
ヱーテルを纏った左手の中に
「おらっ!」屋敷を取り囲む結界を殴りつける。
「【
数千万のヱーテル総量を持つ甲種
†
》同日
さらに、左の足首まで潰された。
悲鳴は上げなかった。上げてたまるか、と必死に堪えた。
「それでは、懐かしの王城へ向かいましょうか」
そうして、今。璃々栖は人形に髪を掴まれ、吊り下げられている。
「くくくっ、今夜が楽しみですなぁ!」
「糞っ、糞ぉ……」味方はいない。「
呼んだ。呼んでしまった。絶対に、この名だけは絶対に呼ぶまいと堪えていたのに――
その時、目の前の人形が頭から真っ二つになった。
人形の手から力が抜け、両足を潰された璃々栖はその場に崩れ落ちそうになり、
「呼んだか?」
声。皆無の声がした。
「えっ!?」璃々栖は混乱する。気が付けば自分は、ひどく
「ああ」
「こ、こいつはそなたがやったのか!?」左右それぞれにゆっくりと倒れつつある人形と、皆無の顔を交互に見る。
「せやで」誇るでもなく皆無が答える。
「殿下、よくぞ御無事で!」そして、すっかり消耗しきった様子の
「か、皆無……そうなのか?」恐る恐る尋ねる。
「あーうん。まぁ概ねそんな感じ――…って璃々栖、足!」皆無が慌てる。「すぐ治したるからな。【
七十二柱級でも扱うのが難しい最上位治癒魔術を省略詠唱で行使する皆無。靴を脱がすことも無く、触れてすらいないというのに、璃々栖の足が見る見るうちに治ってしまった。
「降ろすで。立てそうか?」
「……う、うむ」立つ。立てる。わずかの痛みも違和感も無い。「見事な魔術じゃ。それにその姿」
均整の取れた、実に見事な
「迷いが無くなった、と云うことなのか?」璃々栖は、随分と逞しくなってしまった使い魔の顔を覗き込む。身長差的には見下ろす形になるのだが、皆無が放つ
「付いてへん」
「はぁ!?」
皆無がにぃっと
「付くわけないやん、そんな大層な決心なんて。けど」皆無が真っ直ぐに璃々栖を見上げる。璃々栖はドキリとする。「お前の為に生きたい、とは思う」
全身が、震えた。
「俺は」璃々栖の感動を知ってか知らずか、皆無がはにかむように笑う。「お前の、いや、貴女の、騎士になりたい」
「……あ、あはは、――あはっ」ややあってから、璃々栖はようやくいつものような泰然とした笑みを取り戻す。「騎士、騎士かぁ。そなた、
「いや、分からへん。けど、この命に代えても璃々栖のことを護るって、誓える」
「――ッ!!」璃々栖は鳥肌が止まらない。この、目の前に佇む小さな少年に対する愛おしさが、胸の奥から洪水のように
抱きしめたい、と思った。
「良かろう。そなたを
「何処にすれば?」
「足?」
「舐めろって云われりゃ舐めるけどやぁ」苦笑しつつ、皆無が顔を赤らめて、「出来ればその、やっぱ、ほら……なぁ?」
「あはっ、イケナイ騎士様じゃぁ!!」
――思えば。
これが、ヱーテルの供給・回収目的以外での、初めての口付けだった。
こうして、二人の逃避行が始まった。
†
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