第壱幕之肆「事情聴取」

》同日〇五五六マルゴーゴーロク 外国人居留地・自室 ――皆無かいな


「あら~皆無チャン!」『パパ』呼びが出たことに狂喜乱舞する父に対し、

ちゃちゃう、今の無し!!」皆無は顔を真っ赤にする。「ダディどないしたんその腕、何で治さへんの!?」

「いやぁ、昨日の――お前の心臓を貫いてくれた憎き悪魔デビルとの交戦で、ほとんどのヱーテルを消費してしまってね」

「二千万超えなんやろ!?」

「だって相手は悪魔グランド・シジル大印章・オブ・デビル持ちの七十二柱だよ? グランド印章・シジルの展開は己以外のありとあらゆる術を無効化せしめることが出来る、まさに悪魔のような秘術さ。お陰で純粋なヱーテルによる殴り合いだよ。燃費が悪いったらありゃしない」

「けど治癒系の神術使える人は神戸ここにもおるやろ?」

「そうか、お前は知らないんだったな」

「うん?」

「実は――」

 皆無は昨夜のあらましと、【神戸港結界】が破られてしまったことを聞かされる。

「そ、そんな……」

「そんなわけで、神戸中の術師が大わらわさ。私の治療の為に割けるヱーテルなんて一滴たりとてありゃしない。お陰で私は、とりあえず術式義腕を付けて、定着するのをこうして待っているわけさ。さて」父が少女へ、西洋風の礼を取る。「レディ、お話を聞かせて頂いても?」

「ふむ」ベッドに腰かけている少女と、身長一〇〇サンチの父の視線がかち合う。「時にそなた、幾つなのじゃ?」

「百を過ぎてからは覚えておりません」

「百ぅ!?」少女が、その泰然としたさまを崩して驚く。「こほん! なるほど、その体、受肉マテリアライズした魔力体か。人の身でその域に達するとは、本当に大したものじゃ」

「お褒めに預かり恐悦至極に存じますが……貴女ほどではありませんよ、ヱーテル総量五億の魔王様」

「王? 、王ではない」

「まだ、とは?」

「力を取り戻し、憎き叛逆者どもを八つ裂きにし、我が土地と民を奪った七大魔王が六・モスを打倒してからでなければ、王は名乗れぬ」

「「モス!?」」ふたりして仰天する。

「ご事情を、詳しくお聞かせ願えますかな?」

「参ったのぅ。余はそなたの息子・皆無が欲しい。余の旅路に連れて行きたいのじゃが……話せば、それを許してもらえるかの?」

「質問に質問で返すご無礼をお許しください。何も息子を使い魔とせずとも、この部屋に潜んでいる悪霊デーモン魔力ヱーテルを譲渡して、戦力と成せば良いのではありませんか?」

「ほぅ? セアには気配を消させておいたのじゃが」

「常人よりも、少々敏感でして」

「【赤き蛇・神の悪意沙磨爾サマエルが植えし葡萄の蔦・アダムの林檎――万物解析アナライズ】」少女の赤い瞳が一層赤く輝き、「【悟りニルヴァーナ】!? 七十二柱の上位や七大魔王クラスになると、過去・現在・未来を見通す力を持つと云うが、似たようなものなのかの?」

「さすがの私でも、未来予知は出来ませんよ」

「ふむ……まぁ良い、可愛い使い魔の親族なのじゃ、教えてやろう。グランド印章シジル持ちの悪魔デビルというのは一個人でありながら、一つの世界なのじゃ。別の悪魔デビルの魔力なんぞ注ぎ込まれてしまっては拒絶反応を起こすか、最悪世界デビルが崩壊する」

「あの馬も七十二柱なん!?」皆無は、思わず会話に割って入ってしまう。受肉マテリアライズを維持出来ていないことから、大した相手ではないと侮っていたのだ。

「さて、レディ。最初に、これが一番大事なことなのですが……貴女には、この国に住むの人間に対する害意はありますか?」

「無い」美しき悪魔が大きく胸を張って断言する。「我が眷属には女夢魔サキュバス男夢魔インキュバスが多い。彼らは人の子らの夢に出て、精液や愛液を介して魔力を喰らう。人は健全な状態で生かしておいてこそ、我らの糧となる」

 皆無と父は黙り込む。この悪魔の話には、筋が通っているように思える。

「なるほど、それは本当に何よりです」頷きながら、父が懐から手帳と鉛筆を取り出す。「では次に、お名前をお聞かせ願えますか?」

 少女が頷き、その、威厳と可憐さを兼ね備えた魅惑的な声で、名乗る。


「我が名はリリス。リリス・ド・ラ・アスモデウス。偉大なる七大魔王が七・デウスの名を、やがて襲う者である」


 皆無は、その声に聞き惚れる。(って、デウス!?)

デウス? 何処どこかで聞いたことがあるような……」父が暢気のんきに首を傾げている。

阿呆アホ、七つの大罪を名乗る七大悪魔やんけ!!」

「へ?」父が慌てて懐から『毎朝見ロ手帳』――父の為に皆無が昔作った『これだけは最低限覚えておけ』ということを書いたノートを取り出し、パラパラと繰ってから、「さすがの私もそれは忘れてないよ?」いけ酒蛙しゃあ々々しゃあと云ってのける。「けど何というか、

「七大悪魔と個人的に縁なんてあってたまるか!」

「ご、ごほん。では話を続けましょうか。お名前の当て字はこちらで決めさせて頂いても?」

「当て字とは何じゃ?」

「この国の古めかしいしきたりでして。外来語に漢字を当てるのです」手帳に『デウス』と書いて見せる父。

「何とけったいな……まぁ良い。そなたが決めよ」

「それでは」父が手帳に、


『璃々栖』


 と書いた。

 少女リリスが手帳を覗き込み、「璃、とは?」

「宝石。瑠璃るり玻璃はりの璃です。へんには王の意味もあります」

「栖、は?」

「ただの当て字ですが、ルイス・キャロル著の『不思議之国之有栖アリス』と同じ漢字です」

「あはっ、気に入った! 余は、この国ではと名乗ることとしよう!」

 両腕の無い少女の悪魔・が、わらった。


   †


「レディ・璃々栖」父による事情聴取は続く。「貴女が神戸港に現れた時、【神戸港結界】は健在でした。つまり貴女は、結界の内側に突如として現れた」

「そこまで分かっているなら、仕方がないかのぅ……ご明察の通り、【瞬間移動テレポート】の魔術じゃ」璃々栖が日本語で、かつ外来語の部分は英語で話す。どうやらこちらに合わせてれている様子だ。

「何処から来られたのですか?」

物理アッシャー界で云うところの仏蘭西フランスじゃな」

「貴女の魔術ではありませんね?」

「何故、そう思う?」璃々栖の声の温度が下がる。

「それだけの距離を渡れる秘術など、それこそ悪魔グランド・シジル大印章・オブ・デビルが必要になるでしょう。そして、この部屋に潜む偉大なる悪魔デビルの気配は――」父が『毎朝見ロ手帳』を繰り、「位階七十位。瞬きする間に世界中の何処にでも移動できる力を持つ、悪魔君主セア

「あはっ、正解じゃぁ! 余の侍従たるセアは、囚われの余を救う為に奮戦し、その上で【瞬間移動テレポート】を使ったが為に、斯様にまで消耗しておる」

「囚われて……あぁ、なるほどそれで。レディ・璃々栖、大変なご無礼を承知の上で申し上げますが、貴女は今、ご自身の印章シジルをお持ちでありませんね?」

悪魔シジル・印章オブ・デビルには、二種類ある……一つは七十二柱と七大悪魔だけが持つ、己以外のあらゆる術式を封じせしめることができる大印章グランド・シジル。もう一つが、甲種悪魔デビルみな持つ、強大な魔術の発生装置である小印章ノーマル・シジル

 小印章ノーマル・シジルには『世界』を構築するほどの力は無いが、それでも印章シジル持ちの悪魔デビルと、持たない悪魔デビルとでは、その実力は隔絶している。

 だが、短所もある。それが、

印章シジル持ちの悪魔デビルは、印章シジルを失うと、大半の魔術が使えなくなる」皆無は呟く。(両腕の無い璃々栖。ヱーテル総量五億でありながら、自らの魔術でアンと戦おうとはせんかった、璃々栖。一応、【虚空庫】や言語・知識系の術は使えるみたいやけど。璃々栖の印章シジルは、その両腕に刻まれとったんやろう。そしてそれを)

「囚われていた時に――」父の言葉に、


くしたのじゃ!」


 璃々栖が、初めて怒気をあらわにした。凄まじい怒りが感情アストラル体を介してヱーテルを発し、部屋の空気をびりびりと震わせる。皆無は震え上がる。

 璃々栖はすぐに落ち着きを取り戻し、「逃げる時に、失くしてしまっただけじゃ」

 悪魔デビルにとって印章シジルを奪われることは屈辱的なことであるらしい、と皆無は推測する。

「失礼致しました」父が頭を下げる。「では次に、貴女が他ならぬここ、神戸港に現れた理由についてです」

「秘密じゃぁ」少女の小悪魔的な微笑。

 父もまたにっこりと微笑み、「駄目です」

「駄目、とは?」

「何が何でも話して頂きます」父が虚空から南部式自動拳銃を引っ張り出す。

「分かっておらんようじゃが……余はそなたの息子の心臓を握っておるのじゃぞ? 息子の命が惜しくないのか」

「状況をご理解なさっておられないのは貴女の方ですよ、レディ。私は軍人です。軍人とは、命令とあらば部下や己の命を差し出すものです」その銃口が、あろうことか皆無へ向けられる。「皆無を失っては、貴女は自衛するすべを失うでしょう?」

「だ、ダディ――」

「お前は黙っていろ」

 父と璃々栖が睨み合う。一分ほども経ってから、

「こやつとは抜群に相性が良い」璃々栖が肩をすくめて見せた。「手放したくはないのぅ」

「利害の一致を見たようですね?」父が南部式の銃口を下ろす。

「……はッ、はぁああッ!!」無は思わずその場に崩れ落ちる。心の臓が早鐘を打っている――璃々栖から受け取った第二の生命維持装置が。

「じゃが、話す前に一つ条件がある」璃々栖が微笑む。「湯浴みじゃ」


   †


 皆無は璃々栖を連れて、『パリM.外国E.宣教会P.』神戸支部の居住区を案内する。璃々栖が歩く度に豊かな金髪が棚引いて、窓から入ってくる朝日をまとってキラキラ輝く。

「それで、こっちが休憩室や。あ、休憩室です」

「良い良い。砕けた話し方の方が、弟が出来たみたいで心地良い」

 弟扱いされたことを、何故だか少し残念に感じる皆無。とは云え皆無はこの美少女に対し、どのような感情を抱くべきなのか判断出来かねている。悪魔デビルではあるが、己の心の臓を動かしてれている主であり、顔も声も体付きもびっくりするほど美しい。

 そして何より、心。もしも自分が叛逆の憂き目に遭い、親を殺され、腕を斬り落とされ、自分を敵と見做みなす集団の只中ただなかに放り込まれたとして、あれほど気丈に振舞い、立ち回れたであろうか。(無理やわ、絶対……)

 休憩室に入ると、


「おやおや皆無、随分と可愛い彼女を連れているじゃアないか!」


 ビリヤード台の上で胡坐をかき、蒸留酒を喇叭ラッパ飲みしているシスターが、声を掛けてきた。

 ビリヤード台の上には酒瓶が沢山転がっており、酒の肴が乗っていたらしき皿も散乱している。部屋にはこの、頭のおかしなシスターしかいない。

愛蘭アイラム先生!」が、皆無はこの狂人のことが大好きであった。我知らず、年相応の無邪気な声が出る。

 愛蘭アイラム――拾参じゅうさん聖人の拾参。身長は皆無よりも更に低く、西洋風の顔立ちは若々しいが年齢不詳。

「……愛蘭アイラム?」璃々栖が首を傾げ、「何とも冒涜的な名じゃのぅ」

「キミが噂の小悪魔チャンかい?」ビリヤード台から飛び降りた愛蘭アイラムが、酒臭い息を発しながら近付いてくる。頭巾の間から、長く真っ白な髪が陽の光に輝く。

 そう、随分と年若いように見えるこの女性は、白髪しらが頭なのだ。贄――例えば声や視力や髪の色――を捧げることで、ヱーテル総量を増やすというのは退魔師が良くやる手段だ。

「アタシゃ可愛い子が大好きだからねぇ! 。だから」愛蘭アイラムが、空っぽの酒瓶で皆無の頭を小突きながら、璃々栖に向って云う。「


   †


「僕は外におるから」

「何を云っておる」脱衣所で璃々栖が胸を張る。「そなたも一緒に入るに決まっておろう?」

「は?」

「誰が余の服を脱がすというのじゃ。この通り腕が無い」

「はぁッ!?」

「誰が余の体を洗うというのじゃ」

「いやいやいや!! セアって奴にやらせりゃええやん!」

受肉マテリアライズ出来ないのに?」

「じゃ、じゃあ愛蘭アイラム呼んでくる!」

「あやつは悪魔デビルである余に寛容そうな様子を見せておったが……それでも悪魔祓い師ヱクソシストなのじゃろう? 体を預ける気にはなれぬ」

「……ほ、本気で云っとるん?」

「余はさっさと、さっぱりしたいのじゃ。ほれ、はよう脱がせ」





   † 





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