第壱幕之弐「地獄ヘノ旅路」
》同日
【渡り】で第零師団本部の師団長室へ瞬間移動した正覚は、その場にいた単騎将官数名を、有無を
異形の
剣で、
胸を貫かれている我が子を、見た。
「皆無ッ!」
呆然とした表情の息子がこちらを見て、『パ…パ……』と口を動かした。
「少将、状況を説明せい!」
無理やり連れてこられた師団長――
敵は三。最愛の息子を今まさに死に至らしめようとしている鳥頭の人型
最優先で排除すべきは、鳥頭。
正覚は、こちらに顔を向けつつあった鳥頭の眉間に銃口を打ち付け、引き金を引く。
神々しい輝きとともに、装填されていた
正覚は倒れ伏そうとしている
セフィロトの樹が展開され、中央の
「【――AMEN】!!」引き金を引く。巨大な火の玉となった
鳥頭を調伏せしめられたかは定かではない。が、今は一秒でも惜しい。
「皆無!」背中から刃を生やしたまま、ゆっくりと倒れ伏そうとしている皆無の元へ駆け寄ろうとするが、
「止まれ!」拾月中将の声。
正覚と皆無の中間点の地面に、細長い十字架の矢が突き刺さる。矢には赤地の錦に金色の日像――『
続けて拾月中将の部下たる単騎少将ら二人が、皆無、少女の姿を取る
【錦の御旗】――拾月家が得意とする精神汚染陰陽術。術の対象は戦意を喪失し、恐慌状態に陥る。拾月中将はこの秘術を以て
つまりこの上官は、息子の命は諦めろ、と云っている。
紫色の光を帯び始める四本の十字架矢。光の中では、血を吐いて倒れ込もうとする息子を、立ち上がった少女の悪魔が肩で支えているところだった。正覚は焦る。自分ならば、
息子が胸を貫かれてから、既に数十秒が経過しようとしている。
その時、背後――【空間遮断結界】の方から音がした。きしむような重く硬い何かを力づくで引き裂く音。振り向くと、そこには【空間遮断結界】を引き裂いて出て来る鳥頭の
†
》同日
心音が、聴こえない。己の心音が、聴こえないのだ。いくら術で聴覚を補強しても。左胸が熱い。体が凍えそうなほど寒い。
「……すまぬ、な」
耳元で、ひどく耳心地の良い声が聴こえた。どうやら自分は、先ほど天から現れた少女の
「
……当たり前だ。当たり前だ! 自分はまだ何も成していない! 偉大過ぎる父には届かぬまでも、
「……
少女が皆無の体を、真っ赤な血で染まった肩でとんっと小突く。皆無の体が
少女の唇が、皆無の口を塞いだ。
口付け。甘くドロリとした何かが喉に流れ込んで来る。胸が焼けるように熱くなり、頭が割れそうなほどに痛み、視界が真っ赤に染まる。
「……う、うごぉぁあああッ!」
己の喉から吐き出される、獣の如き咆哮。胸筋が盛り上がり、胸に刺さっていた剣がひとりでに抜ける。腕が、脚が内側から蠢き隆起し、体の奥底から別の何かに作り替えられるおぞましい感覚。
そこから先の記憶はない。
†
》同日
鳥頭の
(ヱーテル総量……数百万)正覚は覚悟を決めた――奥の手を使う覚悟を。ここでこの
正覚が、ヱーテルのありったけを丹田へ込めようとしたその時、
「
鳥頭の手のひらに描かれた魔法陣から
(
「そんな……」拾月中将の呻き声が聞こえる。見れば【錦の御旗】による結界の光もまた、闇に呑み込まれていた。
闇は何処までも広がり、海岸の先、鉄桟橋で煌々と輝く巨大な十字架の光にまで届こうとするが、
「させぬわ!」拾月中将が吠えた。「ここは儂の結界内じゃぞ!?」素早く十字を切り、首から下げたロザリオを鉄桟橋の巨大十字架に向けて掲げると、巨大十字架がその輝きを増し、闇を押し返そうとし始める。
「【
(あれは……腕?)正覚の目には、それは義手か何かのように見える。
鳥頭が海岸に向かって走り出し、その義手を巨大十字架目掛け、槍のように投げた。その義手はまばゆいヱーテル光を帯びながら巨大十字架を
巨大十字架が光を失った。
神戸港を西洋妖魔達の手から護っていた【神戸港結界】が、崩れ去った。
正覚は両脚にヱーテルを込め、鳥頭目掛けて吶喊する。あらゆる術が禁じられた現状、村田銃と
咄嗟に振り向くと、果たして鳥頭は己の数十メートル後方におり、そして何故か鳥頭と己以外は誰もいない。目の前にあったはずの海も消え、周囲はただ黒一色の世界だ。
(引き
振り返ると、鳥頭を護るように、数十匹の黒い狼が闇の中から現れた。狼達が一斉に襲い掛かってくる。正覚は素の体術とヱーテルによる筋力の補強のみでこれを潰し、打ち払い、捌き、避ける。
鳥頭は、この
……そんな風にして一分近くが経過した。
いくら頭部を潰しても、狼の数は一向に減らない。死した狼が闇に呑まれ、新たな狼となって襲い掛かってくるからだ。
(糞ったれ! 早く戻らねば皆無が死んでしまう!!)
その焦りが
「しまっ――」
狼の影から現れた鳥頭に、右腕を肩からスッパリと斬り落とされる。倒れた正覚の手足に、次々と狼達が群がってくる――…
その時、闇の世界の一点に光のヒビが入った。ヒビは直ぐに世界全体に広がり、まるでガラス窓が砕け散るようにして、闇が剥がれ落ちていく。
外の世界だ。幾つもの
そして、最初に光のヒビが入ったその場所に、拳を突き出した小柄な異形がいる。
「うがぁぁああ!!」その異形――小柄な、山羊の角と、真っ黒で毛深い手足と、鋭く禍々しい両手の長い爪と、隆々たる胸筋と、蠍のような尾と、真っ赤に燃え上がる瞳を持ち、悪鬼の形相で犬歯を剥き出しにした、
「あはっ、素晴らしい! 素晴らしいぞ人の子よ!」異形の隣に立つ、両腕の無い
「か、皆無……?」十三年も育ててきたのだ。顔や声がどれだけ変わろうとも、分からないはずがない。「皆無なのかッ!?」
だが、当の異形の
「よし!
正覚が見守る中、鳥頭と
†
》同日
彼我の距離は十メートルほど。皆無は四足獣のように体を深く沈み込ませる。今の皆無に冷静な思考というものは無い。殺せ殺せ殺せ、我が主の望むままに――狂気と狂乱の中、ただそれだけを己に命じて動く。
皆無は咆哮と共に、手近な狼へとその鋭い爪を振り下ろす。狼はまるで豆腐か何かのように軽々と切り裂かれ、「ふぅっ!」皆無の吐息と共に吐き出された劫火で、ヱーテル毎
そんな風にして全ての狼を屠り散らすと、
「照らせ、愛しき使い魔よ」ふと、耳元で愛して止まない主の声。
皆無が両腕を天に掲げると、上空に七つの太陽が生成される。神戸港のあらゆる影が照らし出され、皆無は視界の端――海岸通近くの裏路地に、潜むべき影を失って戸惑う
翼。翼があれば空が飛べるのだ――皆無は背中から翼を
「ふふふ、
また、口移しで暴力的な量のヱーテルを注ぎ込まれる。
果たして皆無は、蝙蝠の翼を巨大化させたような、実に悪魔的な翼の
†
皆無は戦利品である
「良い良い。そなたが喰え」主が微笑む。
主の意に沿い、皆無は海岸通りで、
「ふふ、良くやったのぅ……この口付けは褒美じゃ」
†
》同日
両腕の無い少女の
(一旦は皆無に注いだヱーテルを、逆に吸い戻した?)
正覚としては、死に瀕していた息子を――形はどうであれ――救って
「ご同行願えますか、レディ?」虚空から引き抜いた村田銃を少女に突き付けながら、正覚は問う。
「ふむ。
「この港を守る退魔師の責務として。そして……その子は私の息子なのです」
「ふむ、親、親かぁ」少女が、何故だか寂し気に
†
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