イジメリセット

神埼湊

第1話 始まりは真っ赤な地面

私こと神楽坂未来は高校2年生だ。いたって普通のJK。春野高校という名の女子高に通う可もなく不可もない、普通の生徒。特筆すべき点があるとすれば、私が通っている高校がちょっとした不良高校で、私のクラスでは鈴木さんという生徒を全員でイジメていることだろうか。

「あ、今シーズンの新作出てる」

ちょっと高いけど美味しいカフェの新作。ぜひとも飲まなくては。そう思っていたらフッと画面が一瞬暗くなって。

「…は」

驚きすぎると疑問符にもならないらしい。ぐしゃりという音と共に、降ってきた何かが赤黒い液体をアスファルトの上に流し始めた。

「なに、これ…」

『赤い花が咲く』とは言ったもので、鮮血が散る様は確かに花だ。綺麗には思えないし、赤じゃなくて赤黒い、だけれど。そんな馬鹿な感想が浮かぶ程度には混乱していたらしい。

「ちょっと、鈴木さん?」

思わず触れた。だって私も彼女のイジメに参加していたのだから。怒られるのは嫌だし大騒ぎになるのも嫌。しかもこんな田舎では生徒が自殺なんて新聞に載りかねないじゃないか。死なれるのは困る。好き好んでやったわけではない、という言い訳など聞いてもらえないだろう。私もイジメっ子の一人として糾弾されかねない。

「救急車…119番通報だっけ?」

ひとまず救急車は呼ばないと。少しはこれで見逃されるかもという打算がどこかにあったのは否定しない。でも慌てるとイジメとか忘れるのか、とにかく救急車呼ばないとって思った。

『火事ですか、救急ですか?』

「救急です。春野高校で生徒が屋上から飛び降りて。今血を流して倒れています」

『分かりました』

そこまで聞いて通話はそのままに先生を呼ぶ。慌てて駆け付けた先生達が対応しているのを見ながら、頭に浮かぶのはイジメに対する言い訳ばかり。もちろん生きていますようにとは思った。だって死なれるのは困るから。自殺未遂と自殺じゃ全然違う。

「神楽坂、刺激が強すぎるだろう。保健室で待機していろ」

先生が私の方を向いて言った。断る理由もないから保健室に行くしかないだろう。

「はい」

保健室のソファーに座って、それでもやっぱり浮かぶのは言い訳ばかり。だって鈴木さん、馬鹿だし無口だしオドオドしてて滑舌も悪い。しかも友達いないし、クラスのどの派閥にも属してないから。だから格好の餌食だった。クラスの女王様の河野さんのターゲットにされてもしょうがないんじゃないのか。鈴木さんがもしクラスに友達がいて派閥に入っていたら、イジメられずに済んだのに。鈴木さんだって悪い。そんな言い訳が浮かぶのは不味いと思っているからか、罪悪感があるからか。

「…生きてたら謝ろうかな」

河野さんは賢い。テストの点も良いけれど、ズル賢いというか、なんかそんな感じ。自殺未遂を起こした鈴木さんを更にイジメたりはしないはず。だってそんなことをしたら今度こそ死んでしまうかもしれないから。けれど、結局。

「鈴木さんが昨日亡くなった。飛び降り自殺だ。…家にあった日記にイジメついて書いてあったそうだ。後で個別に呼び出して全員から話を聞くからな」

鈴木さんは死んでしまった。クラスのみんなはざわついたけれど、それだけ。ちょっとは悪いと思っているから、目を背けたくてわざとどうでも良いフリをする。私もどうでも良いフリをした。目を背けたくて、あとクラスから浮いてイジメられたくなくて。

生徒が死んでも授業はある。現代社会は嫌いだ。だって現代社会の先生の声はお経みたいで眠くなるから。しかも昨日生徒が死んだって言うのに今日は皮肉なほどの晴天で、窓辺の私の席はぽかぽかとした陽射しを受けて暖かい。先生の念仏声と暖かな陽射しに負け、眠りに落ちた私は悪くない。声と陽射しのせいだ。そして目を覚ましたら。

「起きなさい未来!入学初日から遅刻なんて笑えないわよ!」

お母さんの声だ。学校にいたはずなのに。というより、入学初日?

「嘘…」

慌ててスマホに触れれば、表示されたのは。

「2019年4月9日…戻って、る?」

2019年4月9日。今日、というより目が覚める前は2020年9月25日だった。好きなジャニーズの新曲発売日だから日付は間違いない。けれど、新品のジャケットにノリの聞いたプリーツスカート、汚れもシワもない新品のシャツ。飾っていたはずのポスターが無くて、代わりに去年割れてしまった花瓶がある。どれもこれもが2019年4月9日だと示すのに十分な品だった。

「タイムスリップってこと?」

なんだそれ。小説じゃあるまいし。時期を考えてみて、多分。

「自殺を阻止しろー、とか?」

鈴木さんの自殺を阻止するにはイジメさせなければ良い。けれど鈴木さんを庇って私までイジメられるのは嫌だ。でも鈴木さんに死なれるのも気分が悪いし。イジメていた張本人が言うのもなんだけど。ともかく学校に行こうかな。遅刻して罰則くらうのは避けたいし。着替えて朝食を取って。

「行ってきます」

具体的には何も決まってないけれど、鈴木さんの自殺は阻止したい。ひとまず名前だけ決めてしまおう。タイムスリップってやり直しみたいなものだから、リセット。

目指せ、鈴木さんがイジメられない未来。計画名『イジメリセット』、始動!

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