6.エピローグ

 あれから三か月後。

 私はお父さんに連れられて湯浅町を訪れていた。


 ――醤油の醸造場が建ち並ぶ北町通り、そして醤油を運び出していた内港の大仙堀。


 確かに湯浅は醤油と潮の香りに包まれた町だった。


 お父さんは懲りもせず、高級たまり醤油の密封ボトルを買っている。

 私もちょっと左の掌に醤油を垂らして、味見させてもらう。

 ぷうんと漂う醤油のいい香り。

 でも、耳元には何も聞こえてこなかった。


『もう大丈夫やと思うで』


 おしょうゆさんの最後の言葉が脳裏に蘇る。

 本当にそうなのだろうか?

 いまだに海を見に行くのは恐い。でも、津波にさらわれた濱口梧陵がその恐怖に負けずに頑張ったエピソードを思い出すと、負けてはいられないと思えるようになった。

 


 お父さんにお願いして、湯浅町の隣の広川町も訪問した。そこは、濱口梧陵が藁に火をつけて村人を誘導した場所だ。

 記念館である「稲むらの火の館」や、震災後に濱口梧陵が私財を投じて建設した広村堤防も見に行った。


 堤防の上に立って考える。

 私には一体、何ができるのだろうか――と。


 その小さな一歩として、私はおしょうゆさんとのエピソードを書いてみることにした。

 おしょうゆさんの素敵な声を思い出しながら。

 そして、津波で悲しむ人が一人でも少なくなりますように、と願いを込めて。




 おわり

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おしょうゆさんと私 つとむュー @tsutomyu

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