6
月人は、一時間もしないうちに、めをさました。腕時計を見ると、三時をすぎたところだった。
窓のむこうには、もはや、温泉街の痕跡などなかった。
月人はふと、目線を下のほうへと向けた。
すると、一台の黒色の車が、小川にかかる橋のうえで、オレンジ色の街灯にともされながら、ライトを点滅させている光景が、めにはいってきた。
その車は、まるで、運転手などいないかのように、動くけはいはまったくなかった。そして、だれかが、そこに乗るのを、待っているかのようだった。
だれを待っているのだろう――この、なにもかもが眠ってしまった、温泉街のなかで。ひょっとしたら、自分ではないのだろうか。月人は、なにか、あきらめのようなものを感じながら、ずっと、その車をみていた。
寝ているうちに、あの車にはこばれて、どこかへ、いってしまいたい。しょせんは、すべてが、むりな話だったのだ。また、ひとりで、生きていくしか、ないのだ。月人は、ここ数年の自分のことを、思いだしながら、もう一度、眠りにはいろうとしていた。
しかし――ゆめと、うつつの、はざまで、月人のからだが、ぬくもりのある、なにかに、つつまれた。
そのぬくもりは、月人をはなすまいとしていた。
ほほに、絲のようなものがあたって、こそばゆかった。いったい、なにが、自分を、抱きしめてくれているのだろう――それは、いままで感じたことのないほどの、安らぎを、月人のこころの奥そこにまで、しみわたらせてくれた。そして、からだの緊張が、すっとほどけて、そのまま、ねむりへと導かれていった。
月人が、めをさますと、夜が明けきろうとしていた。温泉街には、かすかに、
街灯の、オレンジ色のあかりは、もう、消えていた。
月人は、あの橋に、目線をおとした。しかし、そこにはもう、黒い車の姿は、なかった。ただ、小川の清流が、ぼんやりと見えるだけだった。
つぎに、ふとんで、眠っている、シャーロットを見た。その金色の絲は、どこかみだれていた。そして、浴衣が、すこしだけ、はだけていた。
机の上には、茶碗がふたつ、おかれている。そのふたつの茶碗を見ていると、昨夜の記憶が、すこしずつ、よみがえってきた。
秋の温泉街の明けがたは、音さえもこごえてしまうほど、かなしい寒さをしていた。
絲 紫鳥コウ @Smilitary
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