5
月人とは、はんたいの
「疲れていないの?」
そう、月人はきいた。
「疲れているのは、たしかなのだけれど……」
シャーロットは、そう答えた。
月人は、部屋に用意されていた、
「ありがとう……不思議ね、疲れているのに、眠れないなんて」
「それは、いつもとはちがう、疲れだからだよ」
お茶の
「静かね……わたしたちの声が、こんなに、はっきりと聞こえて。なんだか不気味だわ」
満月は、うつしく、つめたく、ひかっている。山やまは、すがたを、まるっきりかくして、深いねむりについていた。
この温泉街で、ねむっていないのは、もしかしたら、自分たち、ふたりだけなのかもしれないと、月人は、おもった。
「わたしは、なんだか、すべて……ここにあるすべてに、おじけづいているみたいなの。そして、わたしはそれにたいして、なすすべもない、そんなかんじなの。ねえ、この感情は――日本語ではなんと訳すの?」
「萎縮……かな」
「イシュク? 聞きなれないわ」
「ほとんど、つかわれることが、ないからね」
シャーロットは、窓の向こうの、疲れはてて、沈黙してしまった、温泉街を――温泉街のなごりを、みている。いや、もしかしたら、窓にうつっている、自分のすがたを、見ているのかもしれない。イシュクした、自分を。
「わたしたち、これから、どうしようか」
ついに、シャーロットは、そのことを切りだした。しかし、月人は、はっきりと、こう言うしかなかった。
「ぼくたちは、逃げてきたよね。すべてのしがらみを、そのままにして」
シャーロットは、とまどいながら、うなずいた。
それをみて、月人は、さまざまな葛藤をかかえながら――にもかかわらず、まるで覚悟がきまっているかのように、断言した。
「ぼくたちは、戻るしかないと思う。もといたところへ」
月人は、やはり、そう選択せざるをえないと、思った。この温泉街が、ただの街にかわった夜に。――
しばらくして、だんだんと、こころが落ちついて、シャーロットは、月人のふとんで、眠ってしまった。
〈あなたは間違っているわ。わたしたちは、素直になることより大切にしなくちゃいけない感情があるのよ。それは、うそをつくこと。そして、うそをつく痛みを引きうけること〉
〈うそ……それは、ぼくたちを苦しめてきた、いちばんの悪じゃないか。ぼくたちは、純粋に、語り、動き、考えるべきなんだよ。なぜ、きみはわかってくれないんだ?〉
〈うそが、悪なのはわかっている。でも、悪だって、ひとを傷つけないことがあるのよ。だって、そうじゃない。悪を……うそを方法に使ったからといって、結果までもが、悪になるなんて、決まっているわけではないんだから〉
"Last Night"――邦題は、あえて『さいごの夜』となっている。
この小説を、すべて読みおわならいうちに、月人は、椅子のうえで、眠りについてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます