3話魔導士アマタ

 昇は、口をあんぐり開けながら、横たわっている蛇の魔物を茫然と見る。あんなに凶暴そうな敵が今や、ボロ雑巾のような状態になっている。血を吐き顔が若干原形をとどめていないのがグロテスク過ぎてジッと見つめることはできないのですぐに顔を逸らす。逸らした方向はこの魔物を倒した女性。2本の角をもった少年少女にお礼を言われている女性は、敬遠している様子を見せている。ふと、女性と目があった。


「あ、アマタじゃないか。何でそんなところにいるんだ」


「え?」


 事態がつかめず間抜けな声を漏らす。女性はこちらに近づいてくる。


「どうしたんだ。今にもあなたは誰だと言わんばかりの拍子抜けた顔は?」


 事実その通りだ。フランクに接しいることから察するに、昇の身体の人とは仲がいい関係にあるだろうと考える。つまり、先ほど考えたVRMMOみたいにキャラクターを一から作り上げられた線は無くなった。

 ここである選択肢をもつ。それは、自分の存在を打ち明けるべきか否かという事。もし打ち明ければ、自分が何故この世界に送られたのかがもしかしたらわかるかもしれない。しかし、方法が分かったとしたら現実世界に戻る事になってしまう。昇自身、どうせならこの世界で第二の人生を送りたいと思っている。冒険に出てたり、可愛い美女と出会ったり、時にはライバルなるキャラを敵視したり、高難易度のクエストに挑戦して無事達成した暁には周囲には勇者と称賛されたり。元はヒキニートなので流石にそこまでの活躍っぷりは無いかも知れない。あくまでもそうなったら良いなぁ程度の空想で済ましはするが、現実世界に戻るよりもこっちにいた方が絶対楽しいに違いない。

 ただ、もし自分がこの世界に残るという事は、当然知らないことも多い。現に目の前にいる女性の事は全く分からない。もし、実は他人が身体を乗っ取っていたなんて知られたら昇自身どうなるのか不安ではある。


「どうしたの? 難しい顔して」


 女性が話しかけてきた。


「あ、いや何でもない」


「あ、分かった。もしかして、自分がこの子達を助けたかったなぁ、って思ってたんでしょ。その後、命の恩を返す名目であんな事やこんな事を要求して」


「そんな事言わないよ」


「言うでしょアンタなら」


「言うの?!」


 ここで気づいた。知らない事はこの女性の事もそうだが、昇の身体の人物の事もあるという事に。ただ、一つだけさっきの会話で分かったことがある。この身体の奴は変態だという事だ。昇自身も変態は否定しないが、それ以上にこの身体の奴は性に貪欲かもしれないと思った。


「あ、でも一人少年が混じっているからやっぱ可能性は低いかな。あんたはそっちの趣味はないしね」


 もう一つ分かったことがある。この身体の奴は性に貪欲だがそっち系の趣味は無いという事だ。


「あ、あの」


 そんなどうでもいい会話をしている時に、黄色い声がする。声の方向を見ると例の二本角を生やした少年少女がこちらに来ていた。


「も、しかしてアマタ様ですか?」


 少女が尋ねた。


「もしかしなくてもアマタ様だろ。すっげーな」


 少年は興味津々で昇の顔を見てくる。

 何度も言われるアマタと言う言葉。まず間違いなくこの身体の名前だろう。


「すごい。私、大賢者ベツヘレムの階級の人を見るの初めてです」


 少女が嬉しそうに言い昇は照れるのと同時に大賢者というものが何なのかを考えていた。


「そう言えばその赤髪の人もどっかで見たことがあるな」


 赤髪姉さんと言われた女性は、鼻を鳴らした。


「私は、カエデリカっていうの。まあメディアに色々紹介されているからそれなりに有名だと思うんだけどね。まあ、私は『七芒星ヘプタグラムってこの変態魔導士よりかは階級は低いけどそれなりに強いよ」


 先ほどの魔物との一戦を見ればこのカエデリカという女性の強さは明白だろう。


「そう言えば、この見た目からして君達、生魔族だよね。どうして魔物に襲われていたの?」


 カエデリカは質問を投げかける。


「実は……勝手に暴れだしたのです」


「暴れた? 魔物を生成してどれくらい時間が経過したの?」


「1時間も経っちゃいないっすよ。だから俺達を敵と認識する事はあり得ない」


「とすると、外敵が魔物を操ったのか? いったい何のために……」


 カエデリカは顎に手を当てて考えるしぐさを見せる。その様子を茫然と見つめる昇。三人が何の会話をしているのか全く分からず完全に蚊帳の外状態だ。

生魔族の事についてもそうだが、大賢者なる階級の事、もっと言えば世界観の事。知らない事ばかりだが、この身体は元よりこの世界に存在するもで、そんな初歩的な質問をしていたらかえって怪しまれる。現実世界で成人した男性が1+1の答えが何なのか聞くような物だろう。


「ひとまず、2人は王都に来てくれないか。そこで詳しく話をしたい」


少年少女は頷く。そしてカエデリカを先頭に三人は歩き出す。と、数歩歩いたところでカエデリカが振り返る。


「何ぼっとしてるんだアマタ。早く来いって。それとも変態妄想にふけっていてぼうっとしていたなんて言い訳するんじゃないよな」


 からかい交じりに言う。昇は、戸惑いながらも


「そうだよ」


と言った。


「ブッハハハハハ。そうだよって。自分で認めるか普通」


 腹を抱えて笑う。何を間違えたのか頭を悩ませる。さっきはカエデリガはアマタは変態だっていったから「そうだよ」って言ったのだが、違ったらしい。というよりかは、本人も言っていたが自分で認めるのはあまり良くないらしい。つくづく他人として生きていく難しさを感じた。何故他人に乗り移るのか。現実世界の自分の身体がそのまま転移してくれたら余計な事を考えなくても済んだはずなのにと、ぶつけようもない不満を心に留めておいた。


「っていつまで笑ってるんだよ」


流石に突っ込まざるを得なかった。


「いやあ、ごめんごめん。予想外の返しが来たもので」


カエデリカは乱れた髪を整える。


「んじゃサッサと王都に戻るとしようか」


王都。ファンタジーの世界でしか聞いたことが無い名前に眉を動かす昇。


「いや、待てよ。王都程の規模ならこの世界に知識を蓄えられるような場所。例えば図書館みたいな場所があるかもしれない。よし、王都に言ったら探してみよう。でもまずは――」


そう、自分を昇じゃなくてアマタと言う人物に成りきる必要がある。なりきるという事はアマタという名前にも反応しなくてはならないし、性格も似せる必要があるので大変。だが、この世界でやっていくにはそれしか方法はない」


 こうして、昇という名前は捨てたアマタは、カエデリカを先頭に王都へと向かったのだった。


 

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最強魔導士は偽りで ふたまる @Takuyomu0226

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