2話 蛇を喰らいし山猫

 昇は、不思議とこの世界に来て恐怖を感じることはない。不安こそあるが、一体ここがどんなとこなのか興味の方が強く抱いていた。夢じゃありませんように、いや、仮に夢だとしても覚めないでくれ、そう思いながらもひたすらに森の中を歩き続けている。恐らく最初の地点からずいぶん歩いただろうが、全く疲れていない。普段、運動不足を背中に背負っている昇からしても考えられないことだ。恐らく、この身体の体力が優れていることが要因だと昇は推測している。

ここでふと、ある思考が走った。一度はこの身体はこの異世界の人のものでそこに魂的なスピリチュアルな物が移り変わった、いわば君の名は現象を引き起こしたと考えた。しかし、よくよく考えてみれば、他にも可能性がある。例えば、VRMMORPGのように、転移する際にこの世界で生活して行くようのキャラクターを自動的に生成されたのかもしれない。勝手に異世界だと決めつけてはいるが、もう少しこの世界の情報が欲しい。その為にも早く森からでて街にでも行きたい。


しかし、


「んで、一体いつになったら出れるんだよ」


一向にゴールは見えない。歩き続けて肉体的には疲れていない。ただ、ゴールが見えない道を永遠と歩き続け、もしかしたら出口とは逆方向に進んでいるのかもと脳裏を横切れば精神的に疲れが出てくる。今の昇は、身体は体力がある魔導士で、中身は精神的体力がないヒキニートのアンバランスな状態なのだから。


「キキッ」


ふと、声がする方へ向くと尻尾で木にぶら下がる生物がいた。猿のような見た目だが、カラフルな毛色で手が異常にデカい。


「見たことがない生物だな。こんな猿、現実にいそうにもない。やはり俺は異世界に……まてよ、そうだ、もしここが異世界なら魔法が使えるはずだ」


そう思った時だった。


「キャーー」

 

 突如として女性の悲鳴のような声が聞こえた。昇は野次馬気分でその悲鳴の所へと行く。




「なんじゃありぁ」


 木の影に隠れる昇は開いた口が塞がらない。目線の前方、二つの角を生やした少年少女が倒れている。更にその2人をいまにも喰らいつくかのようによだれを垂らしている魔物がいる。容姿が蛇だが、鋭い牙がある。


「よし、ここはいっちょ俺が助けてやろうじゃないか」


 何か武器になるものはないかと、自分の装備品を確認したが、持っているのは金や銀色のメダルが沢山入れてある巾着袋のみ。


「仕方ない」


 右腕を伸ばし魔物に手のひらを見せる。


「ファイアーエクスプロージョンアトミックバーストーーーーー!!!!!」


 しかし、何も起こらない。適当にそれっぽい動作と詠唱すれば何かしら魔法的な力だ働くと考えたが無駄な行為に終わった。いや、むしろ仇となった。

 大声で詠唱をした結果、魔物は昇の存在に気づく。完全に獲物を食らいつくそうとしている表情。昇はすぐに予想できた。


――標的が変わった。


 足がすくみ逃げようにも動くことが出来ない。


――やられる。


死を覚悟した。したからこそその後の事も思考が走る。


――もしここで死ねば俺はいったいどうなるのか? 元の世界に戻れるのか? それとも永遠に眠りにつくのか?


 そしてついに魔物が動き出す。波のようにくねくねと動きながら大口を開けて勢いよく昇に襲い掛かる。


――死ぬ!!!


 突如、昇の身体が一瞬だけ薄暗くなる。その原因は何か直ぐに判断がついた。昇の頭上、赤髪とマントを揺らしながら木の枝を素早く飛び移る女性がいる。一瞬暗くなる現象は頭上にいる彼女の影によるものだ。

 女性は枝と思いっきり蹴り、宙を舞う。


「春の星域解放! ヤマネコの流儀――」


言葉と同時に両腕を曲げて前屈みにの状態になる。


「リンクスナックル!!」


空を蹴り、落下する。そして目にもとまらぬ速さの打撃攻撃を与える。魔物は血を吐きそのまま倒れる。そのまま動かない。


昇はあまりの衝撃な出来事に再度開いた口が塞がらなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る