第5章 (1)

名護屋港における『妖魔』との戦いから2週間後。夏が終わりに近づきつつも相変わらず殺人的な暑さを呈しているその日、凪は瑞穂に息子の勉強を見てやってほしいと頼まれ、瑞穂の家に招待されていた。


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凪は、家のリビングで夏休みの朝にやっている子供向けアニメの再放送を見ていた。

「あと10分か。そろそろ瑞穂さんが来る時間だし、そろそろ準備するかな。」

凪はそう言うと、リビングのエアコンを切って立ち上がった。


「あれ?お兄ちゃん。そんな服着てどこか行くの?デート?」

その時、たまたま部屋から出てきた悠は、いつもと違うきれいな服を着ている凪を怪訝に思ったのか、そんな質問を投げかけた。

「違う違う。瑞穂さんに、息子さんの勉強を見てやってって頼まれたからちょっと行くだけ。さすがにいつものあんなのじゃあ示しがつかないでしょ?高校の後輩だし。」

「いつもの服が“あんなの”なのに自覚があるならもうちょっとまともな服を…いや、今更お兄ちゃんに行っても無駄か。で、瑞穂さんの息子さん…颯太君だったかな?今年受験なんだっけ?」

「みたいだよ?でもあんまり勉強しないみたいで…そこの発破もかけてやってくれって。」

「え?発破!?私も行く!瑞穂さんもうすぐ来るんでしょ?ちょっと待っててもらって!」

そう言うと、悠はドタバタとしながら部屋の中に戻っていった。


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「いや~!颯太君に会うの久しぶりだなぁ!元気かなぁ!?」

「というわけで…瑞穂さん大丈夫ですか?」

凪の家の前に車を止めた瑞穂に、凪はこれまでの事情を説明した。瑞穂は凪の横でテンションの高い悠を一瞥すると、何かを察したようにあきらめた顔をした。

「別に構わないけど…うちの子ぐいぐい来られると泣いちゃうこともあるから気を付けてね?悠ちゃん?」

「そんなことするわけないじゃないですか!安心してください!あ!助手席いいですか!?」

「いいわよ。」

瑞穂の心配が悠にいまいち伝わっていない様子であった。しかし、この状態の悠に何を言っても無駄であることを知っている凪はあきらめの表情で、後部座席へと乗り込んだ。


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助手席乗り込んだ後も、悠はテンション高めで瑞穂に『特生対』の仕事について話していた。

「でですね!その時にあの触媒を使ったらですね…ドカンってなっちゃいまして。」

「え?ドカン?聞いてないけど?またフラスコ壊したの?」

「違いますよ~。ちょっとだけ、ちょっとだけですよ?どどめ色の煙が出てきまして、その煙がグワってなったかと思ったら、その場で燃え上がったんですよ!」

「え?どういうこと?いわゆる、国沢-佐藤反応でしょ?そんなことある?」

「それがあったんですって!今レポートにまとめてて、もうちょっとしたら見せますから!それでですね…」


後部座席で座っている凪には悠が何を言っているか全くわからなかった。そのため、手持無沙汰な感じでスマホをいじっていると、陽から電話がかかってきた。凪は車の中ということもあり、出ることを一瞬躊躇した。しかし、前2人の話の内容が全く分からないうえに、何か緊急の用事だと困ると考えた凪は電話に出ることにした。


「はい。凪です。」

『あ、凪君?瑞穂さん来た?』

陽はいつもよりテンション高めな様子であった。


「さっき来て、いま車乗ってるところ。なぜか、悠もついてきたけど。」

「え、お兄ちゃん。『なぜか』ってちょっとひどくな~い?」

電話の声が聞こえていたのか、突然悠が後ろを振り向いた。

「う、うわ!悠!急に話しかけないでよ!」

「電話先ってお母さんでしょ?ちょっと変わってよ!」

そう言いながら、悠は凪のスマホを受け取ろうと無理やり手を伸ばしてきた。

「え?ちょ?危な、危ないよ?ほら、貸してあげるからちゃんと座って…。」

「ありがとう!え?お母さん?そっちはどう?風花ちゃんは…」

受け取った悠は一瞬笑顔で感謝を告げたが、次の瞬間には陽との電話に夢中になっていった。


スマホを奪われて何もすることが無くなった凪に同じく話し相手がいなくなった瑞穂が話しかけた。

「凪君?そういえば風花ちゃんは今日はどうしたの?」

「あ、風花さんはお母さんとアウトレットに買い物に行きました。何でも『好きな服のブランドがセールするはめったにない』とか何とかで。」

「あ~、そういえばCMやってたわね。確かに陽さんはあそこのブランド好きだからね。で、風花ちゃんはそれについていったの?」

「いえ。風花さんは風花さんで『ここのふうどこおと?の飯がうまいと聞いての!妾も行きたいぞ!』ということで着いていきました。今頃食べてるんじゃないですか?」

「あら、風花ちゃんって結構食べるのね。見た目からは想像もつかないわ。」

「そうで「そうですよ!この前スイーツバイキング行った時もプリンにケーキにってすごい量食べてましたから。どこに入ってるんでしょうね~あれ!あ、お兄ちゃんケータイありがと!帰るのは夕方になるって!それでですね瑞穂さん。その時に…」


悠が会話に割り込んだせいではじき出されてしまった凪は結局、瑞穂の家に着くまでスマホを適当にいじっていたのだった。

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金色狐は夜を駆ける 珀露 @hacro_ambre

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