第4章 (13)
その『妖魔』は謎の水流のせいですぐ目の前の存在に手が出せないことをもどかしく思っていた。海中ではあの存在のせいでここまで構成してきた肉体の大半を失わされ、いざ捕まえたかと思えば謎の水流によって逃げられてしまった。だが、焦ってはいなかった。まもなく、自身を回らせながら移動できるように肉体の調整が終わる。そうなれば、あそこの存在では追いつけない速度で『霊力溜まり』へ向かえるだろう。
そう思っていた矢先、その存在がこちらへと向かってきた。何をしてくるのかはわからないが、放置しておくことはできない。先ほどまでのことを考えれば、とりあえず触手を放っておけば十分に時間は稼げるだろう。
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「ぬおおおお!」
凪は向かってきた数本の触手をぎりぎりで回避していた。
(次が来るぞ!)
「灯さん!あとどれくらいですか!?」
『最大速力で移動しているけど、あと60秒くらいよ!』
「くぅ!自分で提案したとはいえ意外に長い!っとぉ!予想より多くないですか!?」
新たに寄ってきた触手をすれ違いざまに切断しながら、凪はその本数の多さに辟易し始めた。
(先ほどは本気ではなかったのかもな。この本数は…耐えられるか?)
「耐えるしかないんですよっとぉ!変なことを言わないでください!」
(じゃが、この触手の本数ではそうやすやすとは近づけぬぞ。灯の支援もこの場所では届かないぞ。)
「やすやすと近づけないなら向こうから近付いてもらえばいいんですよ!灯さん、あとどれくらいですかぁ!?」
『あと20秒よ!でも、結構詰まってるからもうちょっとかかるかもしれないわ!』
「掃除はしろぉ!っと!危ないなぁ!」
(また変に興奮しておる…が、動きはすごい良いの。こ奴は実はこうしておる方が優秀なのでは?)
風花がそんなことを考える一方、凪は触手の密度から『妖魔』に近づけず、回避行動を続けていた。
自身に前から迫っていた触手を2本掴みつつ、後ろに回り込んだ触手を叩き落とす。
蹴りで触手の軌道をずらして、その隙に触手を切断する。
そんなスタントの様なことをしながら凪は少しづつ『妖魔』に近づいていた。
そして、灯の通信から30秒ほどたった時、ついに待ち望んだ報告が灯からもたらされた。
『凪くん!準備できたわよ!』
「はい。わかりました。こちらも多分大丈夫です。」
体をよじりながらその報告を聞いた凪は、その反動を利用して目の前に迫っていた触手を叩き切った。
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おかしい。すぐに捕まるはずのあいつがまだ捕まらない。それどころか触手を切り取るせいで、少しずつではあるがこちらがジリ貧だ。仕方ないが、肉体の変化に割いている『霊力』を触手に回して本数を増やすしかない。多少細くなるが問題なかろう。
そう思った『妖魔』は触手の数を大きく増やし、それらすべてを直線的に向わせていった。その存在は触手に本数が急に増えたことに驚いたのか微動だにしていない。
これはもらった!
「……!」
そう思った瞬間、その存在が何かを叫んだ。何を無駄なことを。命乞いをしたところでもう遅い。まずは、そのでっぱりを…
そんなことを思っていた『妖魔』はふと、その存在がまだ拘束されていないことに気が付いた。
距離の目測を間違えて触手の伸びが足りないのか。そう思った妖魔は再び触手を伸ばそうとしたが、それは叶わなかった。
なぜなら、触手はすべて根元で切断されていたからだった。
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「今です!」
その『妖魔』が触手を一気に増やして伸ばしてきた瞬間、凪は灯に指示を出した。
『ええ。ミニ8号ちゃん!撃ち方はじめぇ!』
指示を受け取った灯はミニ8号ちゃん…近くのプレハブの雨どいに入れる程度まで縮小させた7号と同じスペックの2体目の眷属から、先ほどと同じウォーターカッターのような水流を打ち出した。小さくなっているうえに、海水を雨どいまで運ぶことにもリソースを使っているせいで、威力は大きく落ちていたが、数を増やしたせいで細くなっていた触手を貫くには十分な威力があった。
「よし!やっぱり動きが止まりましたね!では、風花さん、お願いします!」
(おう!『術式展開 尖鋭』!)
触手をすべて撃ち落としたことを『妖魔』はまだ認識できていなかった。その隙に風花が凪の手にあるナイフをより鋭く、よりねじ込める形に変化させた。
それと同時に、凪は妖魔に向かって全速力で走り出した。
その段階になって『妖魔』は触手がすべて切られたことに気づき、向かってくる凪に対して再び触手を生やそうとしたが、またしてもそれは叶わなかった。
というのも。
『7号ちゃん!撃ち方はじめ!』
7号ちゃんの水流が肉体の表面に浴びせかれられたためである。最奥まで届かなくとも、触手の修復を邪魔する程度の効果は十分にあった。
そして、触手に邪魔されることなく、全速力で走ってきた凪は水流で抉られた場所に向かって飛びこみ、変形させたナイフを勢いよく突き刺した。
『妖魔』はその行動に痛みのようなものを感じたのか、その肉体の表面を激しく震わせた。しかし、本体にまでは届いていなかったのか、活動を止めることなく、逆に凪をそのまま押しつぶそうと圧力をかけ始めた。
しかし、その行動も最後まで行うことはできなかった。
『7号ちゃん!突進!』
凪が妖魔に突っ込んだことを確認した灯は、30cmほどの流木を抱えた7号ちゃんを水流によって打ち出した。風花の術式によって流木の重量をごまかしていたため、それなりの勢いで7号ちゃんは突き進んでいった。そして、『妖魔』の手前で風花の術式を解除すると、その流木を『妖魔』に突き刺さった凪の足裏に、まるでくぎを打つトンカチのように打ち付けた。
そして、その勢いで深くまで打ち込まれた凪は手に持ったナイフどころか自身の肉体ごと『妖魔』の本体を穿った。
その瞬間、『妖魔』は身を大きく震えさせると、修復していた触手の先端から、砂となって崩れ始めた。
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「凪君!風花ちゃん!何で埋まってるの!?息ちゃんとできてる!?」
「できてますよ~。いや~、疲れちゃって…」
灯から『妖魔』を倒したと報告を聞いた瑞穂と回収班がやってきたのは15分程度たった後であった。
その間、ようやく倒せたという安心感といろいろと大きく体を動かした疲労感によって、凪は砂の中に突っ込んた時の体勢そのままで動かなかった。このため、瑞穂にはたいそう心配をかけることになった。
「表面に大きなけがはないみたいだけど、何かされなかった。」
「おなかを思いっきり殴られましたね…あと、無理やり押し込んだからか足が痛いです。これはちょっとやばいかも…しれないです。」
「お腹と足ね。担架のほかに添木も持ってきて!凪君?今担架に乗せるからね?」
「あ、はぁあ!!」
瑞穂に持ち上げられた凪は、足に鋭い痛みを感じた。
「やっぱり折れてるかもしれないわね…。早く運ぶわよ!」
「お、お願いします…」
痛みのせいか、弱弱しく返事をしたことが余計に心配された凪は急いで『特生対』の検査室へと運ばれていった。
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2日後。『特生対』のベッドで横になっていた凪のもとへ悠がやってきた。
「お兄ちゃん、お疲れ様。お腹と足の怪我どうなったの?」
「おなかは大きな異常はなし、足はとりあえず両方とも折れていたみたい。風花さんの術式だと直接くっつけることはできないらしいから、自然治癒力を高めてもらってくっつくのを待ってる状態。とは言っても念のため安静にしているだけで多分もう完全にくっついてはいると思う。明日の検査で問題なければ帰れると思うよ。」
「やっぱり、術式を組むと速いんだね。でも全治1か月レベルの怪我が2日でほぼほぼ治っちゃうのはやっぱり風花ちゃんの才能なんだろうね。私のだとせいぜい25日になるくらいなのに。あれ?風花ちゃんは?」
「今は寝てるよ。術式を張ってもらうとすぐ、『ずっとベッドの上じゃ妾は退屈じゃから寝る!帰ったら起こせ!』って言ってそのまま。」
「ちぇ~。折角いろいろとお話ししようと思ったのに…。あ!隙あり!」
「ってうわ!急に飛び込まないで…」
「…へっへ~ん。今姿のお兄ちゃんを堪能したことはなかったからね…じっくり堪能させてもらうよ!」
「あ、ちょっと!そこはダメ!駄目だって!!」
「よいではないか、よいではないか。」
「悪代官か!あ、だから!誰か、だれか!!」
それから、悠が満足するまでの間、凪はじっくりと『堪能』された。
第4章 這い寄るモノ 完
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