第4章 (12)

岸壁に着くと、凪は流木を避けながら近くに合った梯子を上り、陸上へと戻った。

「ありがとうございました、眷属さん。お仕事頑張ってください。」

凪は感謝の意を込めて大きく手を振った。すると、眷属も手を振るかのように体を揺らし、そのまま海に潜っていった。


(とりあえず瑞穂さんの連絡待ちですね。休憩も兼ねて少し座りましょうか。)

(そうじゃな。まだ討伐はできておらぬから体力を回復させた方がよさそうじゃしな。そこの杭のところならば座りやすそうじゃ。)

凪は風花の提案を受け、近くにあったプレハブの壁に背中を預けるように座った。


(はぁ…。なかなか疲れましたね…。でもまだ倒せてなさそうですよね…。このまま外海に逃げてくれれば楽なんですけども。)

(まあ、向こうとしてもここまで来てずこずこと帰るかと言われれば絶対に違うな。『霊力』の6割を失った様じゃが、この情勢をひっくり返すために何か仕掛けてくるかもしれぬな。そういえば、瑞穂が通信切ってから7-8分くらい経ったが…遅いの。)

(そうですね。何かあったんでしょうか?例えば…見失ったとか。)

(馬鹿者!そんなことを言うでない!そういうことを言うと現実になってしまうぞ!)

(そんこと起こるわけないじゃないですか。漫画の世界じゃあるまい…『凪君、風花ちゃん聞こえる?ついさっきまで追えていた『妖魔』の反応が急に消えたみたいなの!』

「えっ!」

(はぁ…)

盛大にフラグを回収した凪に風花はあきれたように大きくため息をついた。


『今、灯さんが大至急で探しているし、私も近くの監視カメラとか水位計のデータから異常がないか見てみるからそこで少し待ってて!あ、遠くまで行かなくていいから凪君も周りにいないか確認して頂戴!『霊力』が6割は減っているとはいえ、無防備なところを襲われたらどうなるかわからないわよ!』

最後に凪に周囲への注意を促すと、瑞穂は通信を切った。


(まったく、おぬしが変なことを言うからじゃぞ。)

(こんな爆速のフラグ回収が現実に存在するとは思わないじゃないですか。それに言わなくても結果は変わってないですって。)

(ふらぐかいしゅう?よく分からぬが、とりあえず海面を見たら何かいるかも…)

風花にそう言われ、凪が海面を覗き込もうと体を動かしたその瞬間だった。凪の目の前には『妖魔』が浮かんでいた。

「…」(…)

なぜここに。なぜ浮いているのか。なにより、いつの間に陸上に上がっていたのか。そんなことを一瞬考えてしまい、凪と風花はその場で固まってしまった。それを見た『妖魔』はその隙を逃さないとばかりに触手を伸ばし、凪の手足に絡ませてきた。

(凪よ!早く離れろ!何をされるかわからんぞ!)

(分かってますって!ナイフでここの触手を…)

まとわりつく触手の隙間から凪はナイフを取り出そうとした。しかし、その動きを察知した『妖魔』はこれまでよりも強い力で凪の手足を拘束すると、凪の体を宙に浮かべた。

「うわ!離せ!あっ…やめろ!!」

(凪よ!急がないと本当に手遅れになるぞ!瑞穂に連絡を…。)

凪は体をねじって何とか拘束から抜け出そうとするも、足が宙に浮いているせいかうまく体に力を入れることができなかった。それならばと救援を求めるために瑞穂を呼ぼうとした。


「瑞穂さん!瑞穂さん!聞こえます…あっ!駄目!返せ!」

しかし、偶然か、あるいは『妖魔』が通信を察知したのか、通信術式を内蔵した頭巾は触手によって剥ぎ取られ、地面へと落下していった。


(風花さん!何か使えそうな術式ないんですか!?)

(あったらもう使っておる!妾は物理的な破壊力を持つ術は扱えんのじゃ!)

(え、そんな!じゃあ、あの響くような鋭い腹パンはどうやって!?)

(はらぱん?わけのわからないこと言っていないで状況を考えろ!このままじゃとムシャムシャと食われるかグチャグチャにされてむごい目に合うかどっちかじゃぞ!とにかく!どうしたものか…。)

(何とか…解けな…ガァッ…)

凪が何とか抜け出そうと身をよじらせていると、その動きを止めようとした触手が『妖魔』から勢い良く伸びていき、その勢いのまま凪の腹部に衝突した。そしてそのまま、凪の腹部に触手を巻き付けると自身の方に引き寄せ始めた。


(凪!凪!返事をしろ!凪!)

(……)

触手が衝突した衝撃で凪は気絶してしまっていた。

(くそ!妾が出るしかないか…。じゃがどうする…?このまま出て行ってもおそらく何も出来ずに食われて終わりじゃ…。考えろ、考えろ…。今分離して瑞穂に助けを呼べたとして、来るまでの時間で凪が危険な状態になるだけじゃし…。何とかあの刃物を持ち出すことができれば…。)

この状況を何とかしようと風花が脳内で思考を巡らせている間にも、肉体は触手に引き寄せられ、『妖魔』は勝ち誇ろかのように口のような穴をあけてそれを待ち構えていた。

(くっ。結局分離して妾が自由に動けるようにならねば何も出来ぬか。凪よ。許してくれとは言わぬ。妾が索敵を怠ったせいじゃ。すぐに妾も責任を取ることになるじゃろうからそれで留飲を下げてくれ。『じゅつ…)

風花は凪を危険にさらすという最後の手段に出ようとした。


まさにその時。

『凪さん!風花さん!受け身取ってください!』

少しくぐもった灯の声が後方より聞こえた。

(灯か!?まあよい。凪よ!代わりにやってやるから早く目を覚ませよ!)

その言葉からこの後起こることを察した風花は肉体の主導権を凪から自身に移した。そしてその瞬間、後方から打ち出されたウォーターカッターのような鋭い水流がまとわりついてた触手を切断し、風花の肉体はそのまま地面に投げ出された。

(痛ったあ!そういえば、受け身ってどうやってとるのか知らんかったわ…。)

『大丈夫ですか!?思いっきり足から着地したように見えましたが?』

「いっ!な、なんとかな。凪は気絶してしまったから代わりに妾が動かしておる。ところで、どうしてそんなに声がくぐもって…おわっ!眷属さん!?」

灯の声に違和感を覚えた振り向いた風花が見たものは、先ほど見送った眷属のクラゲであった。

『この子、7号ちゃんを通して今喋ってます!足首動きますか!?とりあえず軽い応急処置をしますのでこちらへ!』

再び迫ってきた触手を再び水流で撃ち落としながら、7号は自身の触手で風花も自らに引き寄せた。


「す、すまぬ。足は多少痛むが、とりあえず今はあ奴をどうにかせねば。」

『探査では、海中に残る『霊力』は術式を構築できる濃度はありません。陸上の方は瑞穂さん曰く『異常なものは見当たらない』とのことです。ですので、あの塊の中に術式を実行する場所…本体のようなものがあると考えられます。』

「それならばおそらく本体は中心部じゃろうな。その場所をその水で貫けるか?」

『ここからでは遠すぎて無理ですね。表面を抉るくらいの威力しか保てません。』

「そうか…恐らくそのことは向こうもわかっておるからそうやすやすとは近づいては来ないじゃろうな。となると先ほどみたいに切り刻むしかないか…?じゃが先ほどの奇襲とは違って触手の数が多すぎる。無闇に行っても捕まるだけじゃし、この刃ではそこまで貫けないじゃろう。」

『せめてあと数mはこちらに来てくれれば貫けるんですけどね…。』

「こちらに連れてくるかこちらから行くか…どちらもあと一歩足りぬ。どうすれば…」

風花と灯はこちらから打つ手が思い浮かばず、ただ『妖魔』が何をしてもいいように見据えることしかできなかった。

一方、いくら触手を出しても撃ち落とされることが分かったためか『妖魔』の攻撃は止んでおり、その場は膠着状態に陥っていた。


====


(う…う~ん。あれ?どうなって?)

「凪!起きたか!?」

膠着状態になってからすぐ、凪の意識が回復した。

『凪君起きたんですか!?よかった…』

(あ、はい。今はどうなっているんですか?)

(それがの…」

風花は凪が気絶してからこれまでの経緯を説明した。それと同時に、凪は発声できるように肉体の主導権を調節した。

「なるほど…こちらに近づけて灯さんが打ち抜くかこちらから本体を貫くかしかないわけですね…。」

「そうなのじゃ。じゃが、どちらも難しいの…」

「ですよね…。う~む。」

凪は風花に伝えてもらった情報から打開方法を考えはじめた。

風花と灯も打開策を考えてはいたものの、次第に話は世間話へと移っていった。

『陽さんから聞いていたけど本当に2人でしゃべっているのね。』

「そうじゃよ。知らない人が見ると変な人みたいに見えるのが難点じゃな。」

『そうでもない…と言いたいけれど確かに変わった人とは見られちゃうかもね。』

「だれかもう一人いればそ奴と話しているように見えるかもしれぬが…それはそれで面「ああ!!あと一人いればいいんですよ!」急に喋るな!腰が抜けるかと思ったわ!」

何かを思いついたらしい凪が急に大声を出し、2人の会話を遮った。


「すいません。で、灯さん。もう一人眷属の操作ってできますか?」

『ええ。精度は落ちるけど7号ちゃんと同じスペックの子を動かすことはできるわ。』

「わかりました。この作戦で行きます。では、説明しますね。」

凪は作戦の最後のピースが埋まったようで、にやっと笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る