第4章 (9)
凪と風花が上陸地点に向けて走り出した頃。2人の頭上…勢州湾高速道路の橋脚、そこの整備用通路に陽と灯の姿があった。
「灯さん。『妖魔』の動きは変わっていませんか?」
「はい。眷属のみんなの報告では予測と同じルートを通ってますね。移動速度も変わっていないのであと20分くらいで上陸ですね。」
「瑞穂さんも目的の場所に車が着いたみたいなので、その時間には十分に間に合いますね。」
「それはよかったです。何とか名護屋港に影響を出さずに済みそうですね。」
瑞穂の側も予定通りに行動できていることが分かった灯は少し安心したのか、大きく息を吐いた。
そして、それを見た陽はこれまでの緊張感のある話し方ではなく、旧知の友人に話しかけるような話し方で灯に話しかけた。
「そう。ねえ、灯さん?いえ、灯ちゃん?『名護屋港が危ない』って電話してきたけど…どうして?」
陽のその話し方を聞いた灯は、顔に軽く笑みを浮かべると、緊張感のない話し方でこう答えた。
「その話し方、久しぶりだね。昔はよく会っていっぱい遊んでたのに、最近はどっちも仕事が忙しくなっちゃってたからね。で、何だっけ?『名護屋港』が危ないって電話してきた理由だっけ?そんなの危ないからじゃダメなの?この港に何か起こったら人ならざる者の存在を隠し切れなくなるよ?それは私たちにとっても陽ちゃんたちにとっても望ましくないことでしょ?」
「そうね。普通の人ならそれでいいんだけど…。灯ちゃんが…“あれくらいの『妖魔』なら一人で何とかできる”灯ちゃんが助けを求めるなんて珍しいなって思ってね。何か裏の事情でもあるのかなって思ってね。そう、例えば…『妖魔』とグルで凪君と風花様に何かしようとしてる…とか。」
陽の少し棘のあるその言葉を灯は意にも介さない様子だった。
「陽ちゃんは昔からオブラートに包むのが下手っぴね。」
「物事はできるだけストレートに言いたいからね。変に婉曲的な表現をして伝わらないと困るし。」
「そういうちょっとせっかちなところも変わらないわね。で、裏の事情ね…。ねえ、陽ちゃん。夜に海から陸地を見たことある?」
灯は通路の欄干に寄りかかると、陸地側を眺めながら、陽に尋ねた。
「フェリーなら何回か乗ったこと…「そういう船の上からじゃなくて水面からの話よ?」
陽の返事を遮り、灯はさらに話を続けた。
「夜の海ってすぐに暗くなるの。光源が星と月しかないからね。でも、陸は24時間明るい。勿論、人口密度によって明るさは違うけどね。」
ここまで言うと、灯は目線を上にあげ、大きく息を吐いた。
「ある真っ暗な新月の晩、とある海には生まれたばかりの一匹のクラゲがいたのよ。そのクラゲは海流の影響かたまたま陸地に近寄ってしまった。陸地に打ち上げられるのは危険であるという本能からクラゲは何とか陸地を離れようとしたんだけど、うまく泳ぐことができずに…見てしまったのよ。陸地を。」
灯はその場に座り込んだ。視線は変わっていないものの、その眼はさらに遠くを見ている様であった。
「美しかったの。光ってたの。にぎやかだったの。温かかったの。なにより、これまで見たことがないくらい明るかったの。本能すら打ち消すほどの衝撃に襲われたクラゲはただただ陸地を見ることしかできなかったわ。気が付いたら海流の流れが変わって外界に出ていたんだけど、その憧憬はクラゲの頭に焼き付いてしまったの。そして、焼き付いてしまった憧憬は子孫に受け継がれていって…生き物のカタチすら変えてしまったの。それが私の家系。“灯”に引き寄せられ、“灯”に夢中になり、そして“灯”を求め続けた家系。」
さらに一呼吸置くと、灯は目を閉じた。
「だからね。この港の明りを邪魔するような奴は許せなかったの。ここの明りは私たちの憧れだから。でも、憧れだからこそ手を出すことはできない。明りは見ることしかできない。何が起こっても守ることもできない。だって、憧れが存在意義だから。手を出したらそれは憧れではなく現実になってしまうから。それが理由かな。どう?この答えで陽ちゃんは満足したかな?」
灯はすべてを言い終わると、目を開けてゆっくりと立ち上がった。陽は、灯が立ち上ると一度深く深呼吸をした。
「ええ。凪君と風花様へ危害が加わらないような理由ならばいいわ。灯ちゃんのことだから嘘…でもないでしょうし。」
満足そうに話した陽を見た灯は安心した様子でこう返した。
「よかった。これで信じてくれなかったらどうしようかなって思ってたの。」
「最近会っていないとは言っても昔からの付き合いなんだから…。さて、話も終わったしこの港の明りを守る時間ね。灯ちゃん。ちょっと時間たっちゃったけど『妖魔』の動きに変化はない?」
「はい、動きは予測とほぼ一致して…え?4号ちゃん!?5号ちゃん!?本当?1号ちゃんと3号ちゃんは4号ちゃんと5号ちゃんの隣で探査しなおして!」
自身の式神から受け取った情報に驚いたのか、灯は眷属…クラゲのような式神への指揮を口に出して行った。そして、その光景は陽にとっても驚きであった。
というのも、本来であれば、式神の操作に言葉は必要ない。あらかじめ定められたプログラムに従わせるにせよ、術者が直接操るにせよ、式神は言葉を介さずに操作することが可能である。また、言葉を出さないことで次の行動を敵に露見させないようにするという情報保護の側面も持ち合わせている。そのため、式神を用いる術者はたとえどんなことがあっても指示を言葉にはしない。しかし、一流の術者である灯が指示を口に出してしまった。
そのことは、陽に緊急事態が起こっていることを思い起こさせた。
「ねぇ、何があったの?瑞穂さんに伝えないと。灯ちゃん!」
「データ一致…間違いじゃないのね!?本当!?念のためもう一回探査打って!」
陽は努めて冷静に灯に尋ねたが、いまだ驚きが抜けていない灯は問いかけに答えられずに、間違いであることを期待して、式神を動かしながら何回も情報を確認していた。
「え?嘘でしょ!!?そんな…いつの間に…?」
「いつの間に何なの?何が起こっているの!?」
その灯の慌てように陽も焦りを隠せなくなっていた。灯の体を強くゆすると、ようやく我に返った灯が陽に対して今得た情報を告げた。
「陽ちゃん!『妖魔』の大きさが…」
その情報を受けとった陽は現在最も危険な状態にある凪と風花にその情報を伝えるために指揮所の瑞穂に回線を繋げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます