第4章 (7)

高速道路は帰宅ラッシュ時にもかかわらず、流れはスムーズであった。そのため、少し時間に余裕を感じた凪は途中のサービスエリアで一度休憩をすることにした。

お手洗いを済ませ、寝ている風花のためにお茶を買ってきた凪は助手席で寝ている風花をゆすって起こそうとした。

「風花さ~ん?起きてくださ~い。お茶買ってきましたよ~。」

「う~ん。どうして…どうして…。はっ。おお、凪か。」

風花は悪い夢でも見ていたのか、うなされていたものの起こされるとすぐに目を覚ました。しかし、よく眠れなかったような、少し疲れたような顔をしていた


「少し魘されていたみたいですけど大丈夫ですか?顔色も少し悪いですし…。少し休まれていきますか?」

「いや、よい。少しだけ深呼吸させてくれればそれで十分じゃ。今は急がねばいけないからの。お茶を買ってきてくれたことは感謝するぞ。」

風花は普段と変わらないような態度で凪にこう告げると、車の外へと歩いて行った。

「そうですか。それならいいですけど…。」

しかし、凪には風花が強がっているようにしか思えなかった。

「やっぱり少し様子がおかしいよなぁ…。この前長湫に服を買いに行った時も似たようなこと寝言で呟いてたし…。昔何かトラウマでもあったのかな?そういえば封印されてたとかそんなことお母さんも言ってたし…。そういえば風花さんのこと何も知らないんだよな…」


凪がそんなことを呟いていると風花が車に帰ってきた。

「おう、今帰ったぞ。待たせてすまなかったな。さあ、行こうか。」

「もう大丈夫ですか?もう少し休憩してからでも…「おぬしが何を考えておるのかわからんが、状況を考えろ?海月が急いでやってきて、しかも内容が結構重大じゃ。こんなところでゆっくりして居る場合じゃなかろうぞ。早く車を出せ?あと、少し調べ物をしておくからスマホを貸せ?」

「は、はい。スマホも…ロック解除したのでどうぞ。」

(風花さん…顔色は多少良くなったみたいだけど…大丈夫かな?)

凪は風花をもう少し休ませようとしたものの風花の圧に負けてしまい、風花のことを心配しつつも車を『特生対』本部に向けて車を走らせる他なかった。


====

凪と風花が『特生対』の駐車場に着くと、そこにはすでに陽が待っていた。陽は内心少し焦っているのか早口でこう言った。

「おかえりなさい、と言いたいところだけど準備できたらすぐに行ってもらうわ。とりあえず私についてきて頂戴。」

その様子からただならぬ事態であることを感じた凪と風花は急いで車から出た。

「行くわよ!」

そして、陽はそれだけ言うと小走りで会議室へと向かっていった。

「おう。行くぞ、凪よ!」

「あ、はい。」

それを追いかけるように、2人も走り出した。


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3人が会議室に着くと、すでに瑞穂と灯は緊張感はあるものの準備万端といった様子で座っており、スクリーンには名護屋港の地図が映し出されていた。

「あ、陽さん、風花ちゃん、凪君。ちょうど準備ができました。では始めます。灯さん。まず、説明のほどをお願いできますか?」

瑞穂にこう促されると、灯は立ち上がった。


「まず、この情報は平さん…名護屋港で働いている友人からの物でした。曰く『勢州湾…少なくとも名護屋港近辺には巨大な不定形の何かがいる。』と。最初は都市伝説とか、よくある見間違いだと思っていたんですが…。うちの集落のだれかが勝手に遊泳してるのを勘違いされたとかであれば『特生対』さんの方に申し訳がないですし、本当にいたら大変ですので、眷属…クラゲのような式神とでも言いましょうか。兎も角それを使って少し捜索していたんです。風花さんに見られてしまってからは少し範囲を限定して…ではありますが。」

「ああ、そういえばこの前おぬしの集落に行った帰りに海面に何か大きいものが動いているような気がしたが…あれがそうじゃったのか。悪い気は感じなかったからあまり気にも留めておらんかったが…。」

風花はどこか合点がいったような少し満足そうな顔をした。


「その子です。体は大きいんですが、日の光をほとんど通すのでよっぽど注意深く見ないと気づかれない、いい子なんです。話を戻しますが、それで3時間前くらいでしょうか。そのうちの一人が急にいなくなってしまったんです。大型船のスクリューに引っ掛かったくらいではびくともしない子たちなので、これは何かあったに違いないと急いで他の子たちをそこに向かわせたんです。すると、そこには泥でできた触手を持った『何か』がいたんです。明らかに悪い気をまとっているのが確認できたので、急いで瑞穂さんに連絡した…というわけです。」

そこまで灯が言い終わると、今度は瑞穂が立ち上がって、手に持ったパソコンを操作し始めた。

「では、ここからは私が。灯さんの連絡を受けて、部下を『何か』を見つけた場所の近くの名護屋港の区画に向かわせました。その周辺で『霊力』を調べたところ、周囲とは明らかに異なる濃度の『霊力』が存在している箇所を発見しました。さらに、その辺りを重点的に探査したところ、そこから1500mほど離れた海底に推定直径15mほどの『動く何か』が確認できました。その位置は灯さんが見つけた『何か』の座標から名護屋の『吹き溜まり』を結んだ直線上に位置していました。さらに、この物体からはこれまでの『妖魔』と同じくらいの『霊力』を感知しました。」

ここまで言うと、瑞穂は一呼吸おいてからこう続けた。

「以上より、この存在は『妖魔』と認定。さらに、より霊力の濃い方向に向かって一直線に向かっており、その速度から1時間半程度で上陸すると考えられます。また、上陸を許した場合、その大きさと想定される重量から周囲の港湾施設にダメージが加えられると考えられるため、上陸前の早急な対応が必要であると結論付けました。」

そこまで瑞穂が言ったところで、何かを思い出したような顔をした風花が立ち上がった。

「一つ良いか?灯といったか?その『妖魔』は触手を持っていたといったな?」

「はい。厳密にいえば泥でできた長い蔦みたいなものかもしれませんが。」

「先ほどまで凪のスマホで名護屋港について色々調べておったのじゃが、そこで最近夜中に名護屋港に行ったときに『変な触手に襲われそうになった』ということが何個か書いてあった。幸いにして動きが遅いらしく、直接触られたり捕まえられたりしていた者はいないみたいじゃが。」

「それってつまり…人に危害を加える気があるってこと…?」

それを聞いて、陽は驚いたように小声でそう呟いた。そして、瑞穂もそれに続けてこう発言した。

「それが本当であれば、緊急度はより高くなります。脅威度はレベル3としていましたが、レベル5に変更します。ですので、今回の作戦は凪君と風花ちゃん以外はこの前よりも遠くからの指揮をしなければいけません。」

「そうね。指揮車は予定場所より内陸に再設定しましょう。」

「わかりました。選定をやり直しさせます。では、今回の作戦について説明します。今回は『妖魔』が海中から現れ、名護屋港は水質的に海の中が目視ではほとんど見えないため、主に索敵方面で灯さんのお力を貸していただくことになりました。まず、灯さんの式神から『妖魔』の進行ルートを導き出します。導き出したら、上陸地点において凪君と風花さんが上陸する隙を狙って『妖魔』の対応を行います。対応が難しいと判断した場合は、『妖魔』が陸上では一時的に行動力が大きく低下するという推定から、灯さんの式神と協力して無理やり陸上にたたき出した上で再び対応を行います。」

ここまで瑞穂が言うと、今度は陽が立ち上がった。

「瑞穂さんの乗る指揮車はかなり遠いところに止めるから、そこからの移動時間を考えるとここをすぐに出発しなければいけないわ。あと、対応時の服は完成して車に乗せてあるから、融合後に車内で着て頂戴。灯さんは私の運転する車で現地に向かって、詳細な位置情報を伝えていただきます。こちらも距離の関係からすぐに出発致します。」

陽は、作戦の総括と指示を伝えると、一度深く呼吸をすると、こう締めくくった。

「では、作戦を開始します。皆さん全力を尽くしてください。皆がここに戻ってこれるように、そしてゆっくり晩御飯を食べられるように。」

陽が言い終わると、5人はそれぞれの目的地に向かって急いで会議室を出て行った。

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