第4章 (5)

午後に向かったコミュニティは名護屋市の南、智多半島にある小さな海沿いの集落であった。凪と風花が地元の住人に『栄町』から来たことを伝えると、『長老』がいるという周囲より少し大きな建物へと案内された。


その建物は地域の公民館のような役割であるようだった。その公民館の一室で『長老』を待つこと5分。そこに現れたのは見た目が凪と同じ20代前半くらいの高身長な女性であった。

「こんな海沿いの小さな集落までよくぞいらっしゃいました。遠かったでしょう。」

「いえいえ、風光明媚な海沿いの道は走ってて飽きなかったですよ。」

「そうでしたか?たまに大型船が見えるくらいで右手に海、左手に山が延々と続くだけじゃなかったですか?特に今日は天気も悪いですし。」

「そうでもなかったですよ。海は好きなのでこれくらいの距離ならば見ていて全く飽きませんでした。」

「そうですか。それで、局長さんと瑞穂さんはお元気ですか?先月名護屋に行ったときに偶然お会いした時はお元気そうでしたが…。」

「両名ともに元気にしております。最近は……」

(今回は妾が喋らなくてもよさそうじゃの。ちゃんと先ほどの反省を生かせておるな。)

先ほどと違い、風花の助けなしでも世間話を続けられている凪を見て、風花は安心するとともに改めて凪のポテンシャルに感心していた。

「あら?そちらのお嬢さんも見ない顔ですね。新人さんですか?」

「あ、はい。よろしくお願いします。…」


====

10分後。先ほどよりは少し話が弾んでいたが、話の途中で急に『長老』が立ち上がった。

「あ!申し訳ありません。この後用事があるのをすっかり失念していましたわ。お話の途中で申し開けありませんがここで失礼いたします。凪さん、風花さん。今後ともよろしくお願いしますね。」

「こちらこそ…、本日はありがとうございました。『長老』。」

「私も凪も若輩者ではありますが、こちらこそよろしくお願いします。『長老』どの。」

「『長老』って…、あっ。そういえばまだ名前を名乗っていませんでしたね。私の名前は『海野 灯』と申します。では、もう間もなく天気も崩れますからお気を付けください。」

「お気遣いありがとうございます。気を付けて運転して帰ります。」

「この湿り気だと結構強く降りそうですから十分に注意してお帰りくださいね。これでも水関係の血を引いていますのでその辺りは手に取るようにわかるんですよ。」

「そうなのですか。ご忠告痛み入ります。では、我々もお暇いたします。」

「また、会いましょうね。今度はおいしいお食事とお酒でも飲みながらがいいですね。」


そして、互いに頭を下げ、凪と風花は駐車場へと、灯は公民館の奥へと去っていった。


====

凪と風花が集落を出てすぐ、強い雨が降り出した。

「うお!本当に降ってきましたね。結構強くなりそうですね。」

「気を付けるのじゃよ?海月の末裔が気をつけろと言って居ったからには結構降り続くと思うぞ?それに、この道結構狭いから喋らずに前をよく見ておれ?妾も周りを見ておくからの。」

「あ、ありがとうございます。え、クラゲがどうかしましたか?」

「あの者は…というかあの集落はおそらく海月…少なくともそういう類の血を引いておると思うぞ。」

「よく分かりましたね。僕は全然でしたよ。午前中の方もどこが人間じゃないのかわかりませんでしたし。」

「それだけ偽装…いや擬態の技術が高いということじゃ。おそらく午前中の方はいろんな血が混ざっている方だと思う。何か混ざっている臭いがしたからな。」

「へぇ…いろんな要素が入っている場合とかあるんですね…」

凪は感心したように深くうなずく。しかし、少し目を離したせいで、車がセンターラインを越えそうになった。

「関心するのはよいが、真ん中の線を越えそうになっておるぞ。まずは、安全運転を心掛けよ?妾も話しかけるのは控えるから集中してくれ。」

「あっ、危なかったですね。すいません。お心遣いありがとうございます。」

それから、少しの間車の中には雨が車をはじく音のみが流れていた。少し雨が弱くなった時、外の景色を眺めていた風花がぼそりと独り言のように呟き始めた。

「それにしても、結構『特生対』との関係は良好なのじゃな…。特に陽と瑞穂はよく信頼されておる。あの時もそんな奴がいれば母様と父様は…。はぁ…。」

風花が顔を下に向けてため息をついた瞬間に視界の端、海面で何か大きなものが動いたような気がした。急いで視界の中心を海面に移したが、そこにはもう何もいなかった。


「ん?凪よ!今何か大きな何かが横の海を通らなかったか?」

「え?前向いていたので見ていませんが…船かなんかじゃないんですか?」

「この雨の中でか?海も少し荒れておるし船が出せるとは思えないが…。」

「台風の中、波を拾いに海に突撃する人もいますから別におかしくはないと思いますよ?」

「波を拾いに?どういうことじゃ?」

「サーフィンっていう海の波に乗るスポーツがありまして…「波に乗る!?なんじゃそれは面白そうじゃの!凪よ!やってみたいぞ!」ええ…。」

「そもそも波に乗るとはなんじゃ!?そのまま乗れないから何か道具を使うと思うんじゃが、そんなのを使うんじゃ?それでそれで…」

初めて聞いた『波に乗る』という概念に興奮した風花は、身を乗り出しながら凪を質問攻めにした。


「ああもう!どこかで休憩したらスマホで動画見せますから!ちょっと落ち着いてください!」

「それでな?妾が思うに回転とかすると楽しいと思うのじゃがな!で、どうなのじゃ?口ぶりからしてそれなりに知識はあるのじゃろう!?」

「次のコンビニで動画見せますからあんまり身を乗り出さないでください!ちょっと!」

すっかり興奮してしまった風花とそれに振り回されつつあった凪は最寄りのコンビニに着くころには先ほど見えた影のことなどすっかり忘れてしまってしまった。


====

「ああ、また新しい動画見て…。通信量が…。まだ1週間くらいあるけど大丈夫かな…?」

「なるほど…このような板を使って波に乗るのか…。楽しそうじゃの!今度やりに行くぞ!凪よ!」

凪のスマホでサーフィンの動画を見ていた風花だったが、目ぼしいものを粗方見終わったのか、凪にそう提案した。しかし、凪はあまり乗り気ではない様子でこう答えた。


「風花さん…この辺りはあんまりサーフィンできるところないんですよね…。飽海半島の方はいいスポットらしいんですけどこの時期すごい混むらしいからお勧めできないですね。風花様の身長低いですしもみくちゃにされて終わりますよ。」

凪に現実を伝えられると、風花は一目でわかるほどの落胆を示した。


「それもそうじゃな…ああ、でもやっぱり諦めきれぬの…」

「だったら、どこか南の島に行ったときにやりましょ?それこそ奄美とか沖縄とか。海も子の辺りと違って多少は温かいですよ?」

「いつ行くのじゃ…明日か…明後日か…?」

「いや…しばらくは時間なさそうですよ…?仕事始めたばかりですし、ファイル的には来週まであいさつ回りで詰まってますね。」

「そうじゃった~!ああ~!おぬしがサーフィンとか言うからじゃぞ!落ち着いたらでよいから、妾を南の島に連れて行くのじゃぞ!」

風花はよほどショックだったのか頭を抱えながら凪に責任転嫁し始めた。


「そ、そう言われても…。ま、まあ僕がサーフィンの話したのは事実ですから…。仕方ないのかなぁ…。いいですよ。約束しましょう。」

「おぬし言ったな!本当じゃな!妾を裏切ろうとは思わない方がよいぞ!わかったな!」

「破りませんよ!だからとりあえず身を乗り出すのをやめて助手席で落ち着いて身を乗り出すのやめてくださいって!運転しにくいです!」


一瞬凪は抵抗を示そうとしたものの結局、凪は風花の圧に負け、南の島に連れていく約束をすることになってしまった。



「そういえば次は何処じゃ?」

「今日はもう終わりですね。本部に着くのが午後4時くらいですから電車で帰ることになると思います。」

「何じゃ。次はないのか。折角おぬしの口下手を治すチャンスだというのに。」

「口下手だなんてそんな…まあその通りなんですが。」

「まあ、明日以降もあるからな。とりあえず今日はこんなもんでよいか…。では妾は少し寝る。本部に着いたら起こしてくれ。」

「え?ちょっと。やっぱり、寝息がうるさい!」

風花の寝息のうるささが気になっている凪は、いまいち運転に集中ができなかったが、何とか混雑する名護屋市内を抜けて無事に本部までたどり着いた。


「お母さんが運転してた時はうるさくなかったのに…。どうして…。」

「おう、もう着いたのか。一応陽の奴に一声かけてから帰るぞ?ほら、座ってないで出てこい?」

「ああ、はい。今行きます。」

そう言うと、凪は少し寝てより元気になった風花の後ろをとぼとぼとついていった。そして、本部にいた陽に声をかけ、この日の仕事が終わったことを確認すると、凪と風花は家へと帰っていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る