第4章 (4)

団地近くのファミリーレストランは平日の昼間ということもあり少し待っただけですぐに座席に座ることができた。


「ほう、ここが『ふぁみれす』というやつか。悠の奴から存在は聞いておるぞ。いろんなものが食べられるらしいの。」

「そうですね。これがメニューですよ。僕はもう決めているのでごゆっくりお考え下さい。次の予定に間に合うようにはしていただきたいですが…。」


風花は凪の差し出したメニューを受け取ると、目を輝かせながら読み始めた。

「わかっておるぞ。ええと…これはなんじゃ?」

風花はハンバーグ類のページを指さすと、凪の方にメニューを向けた。

「ええと、これはひき肉を焼いたものですね。」

「肉か…何のじゃ?」

「牛か豚だと思いますよ。」

「それはよかった。ならばこれにするぞ。肉は好きじゃが、狐とか使われていたら流石にな…。」

「まあ、そうですよね。あ、ドリンクバーつけます?」

「ん?それはなんじゃ?」

「飲み物を好きなだけ飲めるっていうやつですよ。お茶とかコーヒーとかジュースとかをいっぱい…「ミルキーウェイもあるのか!?」

「ミルキーウェイ…ってあの白い乳酸菌飲料ですか?多分あると…「あるのか!では頼むぞ!悠に教えてもらったが、あれは本当にうまかったな!最初は米のとぎ汁か何かだと思ったが飲んでみたら甘くて濃厚でな!いや~、これでもそれなりにこの時代について…「風花さん、落ち着いて!ここは人がいますって!迷惑ですから!ストップ!ストップ!」

風花はよほどその白い乳酸菌飲料が気に入っていたのか、周囲の目を気にせずに立ち上がりそうな勢いで熱弁をふるい始めた。凪はその周囲の目に耐えきれなくなり、また何か口を滑らしそうな気配がしたため、意を決して風花の弁を遮った。


「お、おお。すまぬ。あ、すいません。」

風花も我に返ったのか、周囲に軽く頭を下げて謝罪すると、軽く浮かせていた腰を椅子に降ろした。すると、凪は風花に顔を近づけ、風花の耳元でこうささやいた。

「気を付けてくださいよ?『この時代』とか言っちゃってましたし、それに風花さんはただでさえかわいいのによく通る声をしているんですから…。変に注目されると『機密保護』みたいなのに引っ掛かっちゃいますよ。」

「そ、それは…そうじゃな。妾もさすがに反省じゃ。そ、そろそろ注文せぬか?妾はな、腹が減ったぞ。」

風花も反省の様子を見せたが、空腹には勝てなかったのか少し恥ずかしそうに凪に注文を急かした。凪は軽くため息をつきながらも、店員に声をかけた。


====

食後、風花は助手席に座ると満足そうに腹部を叩きながら運転席の凪にこう話しかけた。

「いや~。ハンバーグとやらは旨かったの。ミルキーウェイも一杯飲めて妾は満足じゃよ。そういえば凪は何を食べておったのだ?ハンバーグに夢中になっていたせいでおぬしが何を頼んだか見ておらんかったのじゃ…。」

「ああ、ただのきつねうどんですよ。ここのうどんはだしが…ってあっ…」


『きつねうどん』。その名前が出た瞬間、満足そうに助手席で座っていた風花が急に動かなくなった。その瞬間、凪は自身が失言をしたことに気が付いた。

「き、きつねうどんか。そうか。凪は狐が好きなのじゃな。そうかそうか。」

そう呟くと、風花は体育座りし、凪と目を合わせないように顔をうずめてしまった。その体は恐怖を感じているように少し震えていた。


「え?い、いや、狐ってお揚げさん…油揚げっていう豆腐の加工品で…だからその、別に…風花さんを取って食おうとかは思ってなくて…」

凪は怖がっている風花を見て慌てながらも、何とか落ち着かせようと風花に手を伸ばした。しかし、風花の震えはどんどんひどくなっていった。

「え?そ、そんなに怖がられても…」

いつも強気な風花らしくないと凪も動揺を深めつつあった。


その時だった。

「本当か?本当に取って食わぬか?」

風花が声を震わせながら凪に問いかけた。


「も、もちろんですよ。第一、僕は肉より魚の方が好きなので…」

「本当じゃな?信じていいんじゃな?」

「も、もちろんですよ!」

「じゃあ、凪はずっと妾と一緒にいてくれるんじゃな?」

「え、ええ。もちろんですよ!ずっと一緒にいますよ!ってあれ?きつねうどんと関係が無くなってきたような「はははは!もう耐えるのも限界じゃ!」え?」

凪が違和感を口にした瞬間、風花は顔を上げると、大声で笑いだした。


「きつねうどんが油揚げの入ったうどんということなぞ、流石に知っとるわい。最初に悠から教えてもらったときは少し肝を冷やしたのは事実じゃが。」

凪は騙されていたことに気が付いたのか、少々声を荒らげながら文句を言おうとした。。

「え?ちょ、ちょっとぉ!?知ってたんですか!?だったら…「当たり前であろう。そもそもハンバーグに牛や豚を使うのに、ただのうどんに狐肉など使うわけなかろう。」

しかし、その文句は風花に遮られてしまった。


「悠も言っておったぞ。『お兄ちゃんはファミレスに行くと、いっつもきつねうどんばかり食べてるんだよ。たまには他のを食べればいいのに』っとな。」

「そ、そんな…。さすがにちょっとひどいですよ。最後なんか変なこと言わされましたし…」

「言質は取れたし、これで妾とおぬしは死によって分かたれるまで一緒じゃぞ。逃がさぬからな?」

「え?流石にあれは…「逃がさぬからな?」あ、はい。」

顔は笑いながらも全く笑っていない目で圧をかけられた凪は肯定することしかできなかった。


「では、妾とおぬしがずっと一緒にいることが決まったところで次のところに行こうかの。雨も降りそうじゃし、早く車を出すのじゃ。」

「な、なんか納得いかない…。」

凪は風花の誘導尋問のようなやり方に苦言を呈そうとした。

「男に二言はないというがおぬしは二言があるのか?」

「な、ないです。」

結局、風花の圧に負けてしまい、それは叶わなかった。

「よろしい。では車を出すのじゃ。」

「はい。」

そして、いまだに満足そうな風花を助手席に乗せ、何も言い返せなかった自分に少し不甲斐無さを感じている凪は車を次の目的地へと向かって走らせた。

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