第4章 (2)
陽はレーザーポインタの電気が正常に着くか確かめながら、言葉を続けた。
「今回は初参加の凪君と風花様がいらっしゃるのでまず振り返りも兼ねて名護屋周辺の妖魔検出システムについて解説を行います。まず、このシステム構築の論拠となった『妖魔』の性質についてです。凪君、『妖魔』って基本的に都市部と山岳部でしか存在できないものがほとんどなのよ。なんでだかわかるかしら?」
と、いきなり指名された凪は少し取り乱しながらもなんとか答えをひねり出した。
「え?え~っと…食料がそこにしかないから?でも都市部に…?」
「まあ、おおむね合っているわね。『妖魔』に限らずこの星に住む生物の大半は物理的な食料と霊的な食料の両方が必要になっているの。私や凪君みたいな普通の人間であればその割合は圧倒的に前者が優位なんだけど、風花様みたいな人ならざる者の場合は後者もそれなりに必要になるの。特に力の強いものほど後者の割合が高くなる傾向にあるのよ。」
「ん?山とかにその霊的な食料が多いのは何となく想像つくけど都市部に多いっていうのはどういうこと?少なそうなイメージなんだけど…?」
「いい質問ね。山に多いのは自然の力とかマグマの関わりとかそういう理由とされているわ。で、都市部の場合は理由が違ってね。その霊的な食料…『霊力』とか海外だと『マナ』とか呼ばれるけどその霊力は川みたいに流れが存在しているのよ。その流れは『霊脈』とかいうんだけどね。その霊脈は川みたいに平野に向かって流れているのよ。で、後者は平野内のとある場所で別の『霊脈』と合流して『吹き出す』ことで平野に霊力の濃い地域…『吹き溜まり』を生み出しているの。つまり、『都市部だから多い』わけじゃなくて『都市が位置していることの多い平野に結果的に霊力の濃い地域がある』からなの。」
「なるほど、だから山とかじゃなくても住宅街に『妖魔』が出ていたわけだね。あの辺りって霊力が濃かったの?」
「あの『妖魔』にとってはそうなんだけど…厳密にはあの『妖魔』にとってはあの辺りから人を襲える程度の『霊力』の濃度になったという方が適切ね。」
「じゃあ、本来はあんな場所であんな『妖魔』が出るのはおかしいってこと?」
「そう。あのあたりの『霊力』の濃度はあんな強さの『妖魔』の力を維持できるほど濃くはないのよ。その濃さになるためには計算上ではええっと…」
「名護屋の『吹き出し』の場合は計算上、最長で吹き出るところから6km以内、大半は4km以内じゃないといけないのよ。」
具体的な数値を思い出せなかった陽に代わって瑞穂が説明を続けた。
「これらを加味して、イレギュラーな『妖魔』にも対応できるように9kmの範囲まで『妖魔』を検知するような検知器を敷いてあったのよ。そんな『霊力』の薄い場所で『妖魔』の力を維持できるヤツが『霊力』の濃い場所に行ったらとんでもないことになるから。今回はその検知器が何とか10km先の奴に反応してくれたから本当に助かったけどもし反応が遅かったら…とんでもないことになっていたかもしれないわね。」
「え?あれってとんでもなく危ない状況だったんですか!?」
「ええそうよ。私も瑞穂さんも務めて平静を保ってたけど少なくとも私は心臓がはちきれそうだったわよ。」
陽はその時を思い出したのか胸に手を当てて、一度大きく深呼吸をした。
「では、今日の本題です。あんな『霊力』の薄い場所でどうやって『妖魔』の力を維持していたのか。それについて大坂本局のご意見を伺いたいです。」
「技術班からの補足として、当該『妖魔』の細胞の分析結果をお示しします。詳細はお手元の資料を参照していただくとして、結論だけを申し上げますと当該『妖魔』の『霊力』量および使用効率は他の『妖魔』と比較して大きな差はございませんでした。全体の構造も戦闘時の損傷により断定はできませんが特殊な構造は検出されていません。」
瑞穂がそう言い終わると、スクリーンの中の慧は手元のパソコンに目を落とした。その目は何かを読み始めたように動いていた。一方、隣にいた川上はタブレットに軽く目を落とすと、すぐに顔を上げた。
『川上です。こちらの過去のデータも今軽く見ていましたが、『霊力』濃度にそぐわない場所で発見された『妖魔』は体内に『霊力』をためる構造があった場合が大半です。数例のみ『霊力』を送る術者が近くにいたという場合がありますがそのようなことは確認されましたか?』
「はい。周囲の霊力の流れは先行部隊到着時からずっとモニタリングしていましたが、『妖魔』に向かう異常な流れは存在していませんでした。また、地下の『霊脈』からの流れも確認されていません。」
『そうですか。え~と、風花さんと凪君でしたっけ?現場にいて実際に戦った2人としては何か違和感というか、おかしな点は感じられましたか?』
「いや…、特に変な感じはしなかったのぅ。妾はほとんど見ていただけで感覚も視覚と聴覚以外はほぼ遮断していたから断定はできぬが。凪はどうじゃ?」
「え、え~と。そうですね…。知能がありそうな感じはしましたが…それくらいですかね…?う~ん。何かおかしいと言われれば何かおかしかったような気もしましたが…そもそも『妖魔』自体が常識からしたらやっぱりちょっとおかしいですし…。」
「つまりはおかしなことは感じなかったということじゃな。『妖魔』に詳しいそちらがこれ以上分からないならば妾たちにもわからぬよ。でじゃ。理由がわからぬ以上、今考えるべきは理由ではなく…『今後どうするか…ですよね?』そうその通り…その通りじゃが…なぜ言葉を遮ったのじゃ!」
風花の発言はパソコンに目を落としていたはずの慧によって遮られてしまった。そのことに風花は声を荒らげた。
『いえ…意図的に行ったわけではなく…タイミングがちょっと重なってしまいまして…』
「『ですよね?』とか言ったあたり狙ってやったじゃろ!もうよい!とにかく今後どうするのじゃ!?よいか?『霊力』密度の薄いところで『妖魔』が活動しうるということはそれだけ探知範囲を広げねばならぬということじゃ。で、どうするのじゃ?」
風花はそう言いながら、陽の方に顔を向けた。
「応急的にですが、『妖魔』が最も侵入してくるとされる名護屋市北側において、第二環状線に簡易的な『霊力』の探知機を設置しました。庄内川にある既存の探知機と合わせて12km程度まで探知可能になります。今後は第二環状線のラインで探知機網を形成できるようにする計画を立案中です。」
『それが妥当でしょうね。』
「予算が下りれば…の話ですよ。理事長?」
『できるだけ優先的に下せるようにはしますよ。東京と出雲も何とか分かってはくれると思いますよ?』
「本当ですね?信じますよ?」
『本局局長の私からも言葉は添えておきますので…』
「あら、それはありがたいですわ。では、よろしくお願いしますね。」
『はい。よろしくお願いされました。では、今日の会議はここまでということで。凪君、風花さん。この組織は日の当たらないところで人間社会を守る要です。隠さないといけないことが山ほどあり、そのためにストレスがたまることもあるかと思います。でも、希望は必ずあります。太陽がささずとも月がすべてを見てくれている。我々の名字の月はそういう意味らしいです。『特生対』の一員として、頑張っていってください。』
「よろしくお願いします。」
「よろしく頼むぞ。」
最後の『特生対』理事としての発言に、凪と風花は真剣な様子で応えた。
『あ、せっかくですし今週末は久しぶりに名護屋に帰りますよ。』
「え?あ、か、帰ってきたら、悠も喜ぶと思うよ。」
「今週末も楽しみにしておるぞ。」
「え?慧さん帰ってくるの?布団洗わないと…。あと荷物もどこかに避けないと…」
『え?僕の部屋に何置いてるんですか?』
「変なものは置いてないのよ。通販の空箱とか冬服が入った段ボールとかよ?」
『変なものとかおいてないならいいですけど…。じゃあ、回線切りますね。お疲れ様でした。』
と、最後にちょっとした連絡が行われ、会議が終わった。
「久しぶりにお父さんと会ったけどどうだった?」
陽は伸びをしながら、そう凪に尋ねた。
「え~と…久しぶりだったけど代わって無くて安心したよ。」
それに対して凪は、言葉通り安心しきった様子で応えた。
「そう。それはよかったわ。じゃあ、仕事始めるからついてきて頂戴。瑞穂さんも仕事に戻っていいわよ。」
凪のその様子にに陽自身も安心したのか、深く息を吐きながらそう言うと、風花と凪を連れて会議室を出て行った。
「あ、はい。ではまた後程。」
瑞穂もまたそう言うと、会議室の電気を消してから、自身のラボの方に向かって歩いていった。
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ここからは誰も見ていない話。
会議室の天井裏。本来ネズミ一匹ないはずのエアーダクト内で声がしていた。その声色は2種類だった。
「何も聞こえないけど多分この真下くらいだと思うんだけどな?ちゃんと防護してあるからお邪魔はできなさそうかな?」
「そうだね。今の状態じゃあせいぜいラップ音が聞こえるかどうかじゃない?」
「それじゃ何の意味もないね。ここからお邪魔するのはあきらめていったん帰ろうか。」
「今日もあの子と会うんだっけ?」
「そうだよ。『術式解凍 拡大転移陣』」
そう片方の声の主がつぶやくと、ダクト内が一瞬明るくなった。再び暗くなってからはもう声がすることはなかった。
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