第4章 (1)

買い物の翌日。陽の運転する車に乗って『特生対』の本部へと出勤した凪と風花は、前に『妖魔』と戦った時に案内された会議室へと向かっていた。

地下駐車場から『特生対』に入ってからすぐに、陽は『資料を持ってくる』と言って会議室の方向を指し示すと、そのまま別の方向へと小走りで離れていってしまった。そのため、その場に残された凪と風花はとりあえず指定された会議室へと向かった。


2人が会議室に着くと、そこでは瑞穂が会議の準備を行っていた。しかし、凪は瑞穂には目もくれず、スクリーンに映る父の姿を見た瞬間、驚きのあまりその場で固まってしまった。


「え~と。ここをこうして…よいしょっと!慧さ…じゃなかった、理事長?映像と音声どっちも行ってますか~?」

『大丈夫ですよ、瑞穂さん。逆にこっちの奴も行ってますでしょうか?』

少し老けてはいたもののほぼほぼ凪の記憶通りの少し気迫のない、優しい顔をした父がそこにはいた。

「大丈夫で~す。じゃあ、陽さ…支局長たちが到着したら始めましょうか。」

『ええ、そうですね。瑞穂さんも始まるまでは楽にしていてかまいませんよ。』

声も記憶の中の優しい声色のままであった。凪は数年ぶりに会った父に懐かしさを覚えたが、それと同時にあることに気づいてしまう。

「お言葉に甘えて。あ、凪君、風花ちゃん。おはよう。あれ?陽さんはどこに?」

「なんか資料を忘れたとかでどっかに行ってしまったぞ。妾たちは場所だけ教えてもらって何とかやってきた感じじゃの。」

「あらら…まだちょっと時間かかりそうね。じゃあ、とりあえず画面が見えるところに座っておいて?ってあら?凪君?口が真ん丸になってるわよ?」

「どうしたのじゃ、凪よ。おぬしらしくも…いや、驚くと固まるのはおぬしらいいのかも知らぬが…どうした?顎が外れはしないが口の中が良く見える程度には開いとるぞ?おーい。生きとるか~?」

「え、あ、ぱ…?」

気づいてしまった“あること”への対応を考えていた凪だが、風花に軽く肩を叩かれ、対応を考える前にその真ん丸に開けた口から言葉を漏らさざるをえなかった。


「お父さん?え?お父さん?」

『ええ。私はあなたの父親ですよ?凪君。お久しぶりです。』

「あ、お、お、お久しぶりです。暑さもまだまだ厳しいですが、ご健勝にお過ごしのようで…。」

『どうしてそんな時候の挨拶みたいな喋り方を…?』

「え?いや、その…。お元気そうで…」

なぜか違和感しかないほどの堅苦しい言葉で話す凪に瑞穂と慧は頭に疑問符を浮かべているような顔をしていた。


一方、風花はそんな凪の様子をみてとある仮説にたどり着いた。

「あ!凪よ。さてはおぬし…久しぶりに会ったからどう話していいかわからなくなっているのではないか?」

「え、そ、そんなこと…。はい、そうです。」

その仮説はどうやら図星だったようで、凪は顔を恥じらいで真っ赤にしながら、顔をうつむけてしまった。


そして、それを聞いた慧は一度深く息を吐くとこう呟いた。

『はははは。確かに仕事の都合でここ数年は会っていなかったですけど…そうか…息子には知らない人みたいに…まあ仕方ないですかね…』

「「……」」(陽の奴(陽さん)、早く来て…)


この言葉に対して風花と瑞穂は何も返すことができず、陽が資料を持ってくるまで会議室には重い空気が流れていた。


====

「いや~、お待たせ!あ、今日はスムーズに回線つながったみたいね。ほら、会議始めるわよ!みんな座ってね~。」

重い空気が流れてから数分、陽が資料を持って会議室に着いた。陽は手に持っている資料を机に置きながら、会議室にいた3人に着席を促した。一方、陽自身はマイクを持ってスクリーンの横のパソコンの前に陣取った。


「ええっと、では『特生対』大阪本局と名護屋支局の定例会議を始めます。あれ?みんな空気重いけど、何かあったの?」

陽によって会議の始まりが宣言されても、どことなく空気は重いままであった。

「まあ、いいわ。じゃあ、本題に入る前には新メンバーの紹介しましょうか。え~。凪君、風花様、自己紹介してちょうだい。どっちからでもいいわよ。」

と、陽に自己紹介を促された2人はその場で立ち上がり、スクリーンに近かった凪からし始めた。

「はい。『小月 凪』です。23歳です。え~と…風花さんと紆余曲折あって『特生対』に就職しました。余、よろしくお願いします。」

「『風花』じゃ。氏はない。見てわかる通り、狐じゃ。尻尾は4本。凪とは一緒になって『妖魔』を倒すことになった。よろしく頼む。」

2人はそう言い終わると、再び席に着いた。陽はそれを確認すると今度は画面の方に顔を向け、慧の方に向けて話し始めた。


「はい、じゃあ、本局の方も…って川上さんはいらっしゃらないの?」

ここで、陽は『川上』なる人物の不在に気付いた。


『うん、彼は今環状線の人身事故に巻き込まれたから遅れると連絡が来ていますよ。多分そろそろ…』『すいません!遅れました!』『あ、おはようございます。朝からお疲れ様です。』

『川上』の不在の理由を慧が答えようとした時、慧の後ろから大きな男性の声が聞こえてきた。どうやら、いま入ってきた30代くらいのさわやかな見た目の男性が『川上』らしいと凪は思った。


『今、名護屋の新人さん、凪君と風花さんの自己紹介をしたところです。会議前に私は彼女と話しましたが、川上さんはまだですから自己紹介お願いします。』

そう促されると、川上は一度深く画面に頭を下げると、気を付けの姿勢で自己紹介を始めた。

『『特生対』大阪本局局長の川上信二です。本年で34歳になります。マイブームはガーデニング、最近4人目が生まれました!座右の銘は『為せば成るなさねばならぬ何事も』です。よろしくお願いします。』

言い終えると川上は再び深々と頭を下げた。


「おう、よろしく頼むぞ、川上殿。」

「……」

頭を下げた川上に風花は声をかけたが、凪はその圧に押されてしまったのか何も声が出せなかった。

「川上さんはさわやかな見た目の一方で最近少なくなった熱血系の漢なのよ。凪君もあそこまでとは言わないけれどもうちょっと覇気が欲しいわね。凪君?」

「え、あ、よろしくお願いします。」

川上の圧に押されてしまっている凪を陽は川上の自己紹介に軽く補足を行うと、我に返った凪は挨拶を返した。

「ふふ、では自己紹介も終わったので本題に入ります。名護屋の人はお手元の資料を、大坂の方は先ほど送ったデータをご覧ください。」

そう言うと陽はパソコンを操作して、スクリーンに名護屋市内の地図を映し出した。

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