第4章 (0)


 名護屋港は名護屋市南部に広がる勢州湾に面しており、自動車を始めとする工業製品の一大輸出港かつこの地方における工業材料や食料品の一大輸入港でもある。他の巨大な貿易港の例に漏れず昼夜問わず巨大な輸送船が入出航しており、埠頭はクレーンやタンカー、さらには近隣の臨海地域に広がる工場関係の輸送トラックが24時間働いている。

 しかし、それも港湾の中心部の話。少し離れれば巨大な倉庫や工場へのパイプラインの影のようなほとんど人通りのない場所が大半を占める。特に日が落ちた後はまさに暗闇に包まれるかのような場所である。


そんな場所であるが、ここ最近は一部のSNSにおいて『工場夜景がきれいに見れる場所』『誰も人が来ないのでロマンチックなムードに浸れる』と話題になっていた。とはいっても私有地が多い上に繁華街からはそれなりに距離があることもあって実際に来るものはほとんどいなかった。


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しかし、ほとんどいないということは逆にいえば偶にはいるということでもあり、実際この日、とあるカップルが名護屋港に数多存在するそんな場所の一つに来ていた。

「おー!ほんとに人いないじゃ~ん。里美ぃ~。よくこんな場所知ってたなぁ!」

「ちょっと前に『chekigram』にこの辺の写真上げてる人いてさぁ。浩二が道間違えたときにふと思い出したんだよね。道間違えてもちゃんとフォローした私に感謝しなさいよぉ。」

「いや~かたじけないでごわす。今後は気をつけるから許してほしいっす。」


と、浩二と里美というこのカップルはそう笑いながら車を降りた。


「結構ここって穴場じゃね?『チェキグラ』にあーげよっと。ほら浩二、こっち向いて。」

「はいはい。こんな感じで…どうだ?」

「あ!ちょっと変なポーズ取るなし!まったく、ほらいくよ!はい、チーズっと。」

焚かれたフラッシュとともに写真が撮られる。

「ど~だった?かっこよく映してくれたか?あれ、里美どうしたん?急にフリーズしたみたいに…「浩二、う、後ろ…。」

撮った写真を『chekigram』にアップロードしようとせずにその場で動かない里美に浩二は心配そうに声をかけたが、ようやくひねり出せたような声を出した里美にさえぎられる。そして、浩二はそんな声に促されるように後ろを振り向いた。

「後ろっていったいなんだ…うわあああ!」


浩二は自身の後ろを見て驚きのあまり叫んでしまった。

というのも、後ろを振り向いた浩二の視界に映ったのは『自身の2倍ほどの高さを持った巨大な塊が2つの大きな目を向けている』光景であった。


ヌチャ。ヌチャ。

と音を立てながら、その『塊』は何か触手のようなものを浩二に向かってゆっくりと伸ばし始めた。


「え?は?里美!逃げるぞ!早く!」

浩二は恐怖に呑み込まれながらも固まっている里美の腕を掴んで止めた車の方へ走り出した。


「ねえちょっと!待ってって!きゃあ!」

急につかまれたことで我に帰ったものの足がもつれてしまった里美はその場で転んでしまった。それを見た『塊』は触手の向ける先を里美に切り替えた。

「里美!早く立て!逃げるぞ!ほら!」

浩二は里美が転んだのを見ると里美に手を差し伸べた。その手をつかんだ里美は今度こそ無事に立ち上がると車に向かって全速力で走り出し、滑り込むように車の中へと逃げ込んだ。


「早く出してって!なんか気持ち悪いのが来てる!」

「ちょっと待てって!ああ!キーがうまく刺さら…入った!」

「早く!もうすぐ車に触手が!早…「出すぞ!」きゃああ!」

触手が車に届くその直前、何とかエンジンをかけることに成功した浩二は車を全速力で走らせ、その場を離れていった。


そして、その『塊』は車を見送るように走り去っていった方向をしばらく見つめていたが、もう帰ってこないことに気が付いたのか、はたまた何かを感じたのか、いそいそとその場から離れていった。

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