第3章 (6)
郊外にある大型モールの駐車場の片隅に陽は車を止めた。夏休みとはいえ平日の昼過ぎのため比較的空いており、少なくとも周囲に人は誰もいなかった。
「はい、到着。じゃあ、風花様は凪君と融合してください。瑞穂さんはちょっと先に行ってこのカードにチャージしておいてもらえるかしら?」
陽はそういいつつ、瑞穂にICカードと数枚の一万円札を渡した。
「はい。じゃあついでに買い物カートも確保しておきますね。」
瑞穂はそう言うと、カードとお金を受け取り、モールの方へと先に進んでいった。
「こっちもやるかの。周りに人は…いなさそうじゃな。ではいくぞ…『術式展開 合一 』。」
風花がそう言うと、これまでの融合と同様に後部座席の風花が光の粒に分解されていき、その光の粒が凪に吸い込まれていった。そして、光の粒が無くなる頃には風花と凪の融合は終わっていた。
「融合速くなって20秒くらいになってましたね。とりあえずこの服着てください。ちゃんとお洗濯してますから臭くないですよ。」
陽は凪と風花が融合しているときに車のトランクからとってきた服…『特生対』の地下で身体能力の調査をした時と同じものを風花に渡した。
風花が服を着終わると、陽はスニーカーを風花の足元に置きながらこう続けた。
「あと、融合しているときに声に出して会話していると確実に変な目線で見られて悪目立ちするので、とりあえず今は主導権を凪君に固定していただけますか?」
「おお、いいぞ。じゃあ、凪よ。後は頼んだぞ。」
その言葉とともに肉体の主導権が凪に移った。今回は座っていたため移すときにバランスを崩すことはなかった。
「ああ、おっと。はい。」
主導権が移ってきたことを確認した凪は陽にもらったスニーカーを履いて車の外に出た。
「じゃあ行きましょうか、凪君、風花様。悠ちゃんみたいにとっかえひっかえ着せたりはしないから安心して頂戴。」
(よかったのじゃ…)
「よかったぁ~。」
その言葉に凪と風花は心の底から安堵の息をついた。
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「凪君こっち向いて~?そう!ちょっと大きいかしら?瑞穂さんはどう思う?」
「成長するならこれくらい大きいのでいいと思いますけど…やっぱりちょっと大きいですかね…?」
モールの子供服売り場では、陽と瑞穂は凪に買う候補の服を当てながらサイズを確認していた。
(な、長い…(のじゃ…))
悠のようにとっかえひっかえと服を着せられることはなかったものの一つ一つの吟味が長く、待ち時間も長いため凪と風花は疲れてきていた。
最終的に、時間だけで言えば悠の時とさほど変わらない時間がかかっていた。
「とりあえずこんな感じかしらね…。基本的にこの服は本部に置いておくものだからそこまで数はいらないし…部屋の中だから季節で変える必要もないし…。下着だけもう1セット買っておきましょうか。」
「そうですね。訓練で着ますし、出動する時も下着は着替えませんから下着の替えは多めにあった方がいいですね。」
「長かった…。」(終わったのじゃ…)
「じゃあ、このまま会計に行くとして…瑞穂さんは凪君をつれて次のお店に先に行っておいてくれるかしら?」
「え?まだ何か買うの?」
ようやく融合を解いて帰れると思った凪は陽のその言葉に動揺してしまい、つい思ったことをそのまま口に出してしまった。
「まだ、靴とかアクセサリーとか買ってないでしょ?素足で走るわけにはいかないし、その髪の毛はまとめないと行動するとき邪魔でしょ?瑞穂さん、とりあえず靴にしましょうか。会計終わったら追いかけるわ。」
陽はそう凪に諭すと、会計に向かっていった。
「じゃあ、行きましょうか、凪君。確かここの靴屋さんは足の大きさや幅とかからちゃんと選んでくれるお店なんですよ?結構しっかりやってくれるところは少ないですから。」
あおあいて、瑞穂は凪の手を引いて、靴屋へと向かっていった。
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「店員さん?この靴ってどうなんですか?」
「ちょっと計測データよりは大きいんですね…成長を加味するならこれくらいでいいと思いますけど…運動で使うならちょっと動きにくいかもしれませんね…。お嬢ちゃん、ちょっと履いてみてくれますか?」
「は、はい。」
「このモデルとこのモデルってどう違うんですか?」
「こっちはグリップ力が高いのですがちょっと重いんですよね。バスケットボールとかするのでなければこちらの少し軽いモデルの方で十分かと思います。」
(最近の靴はいろいろとあるんじゃのう。)
「どのヘアゴムがいいかしらね…?」
「最近はこういうちょっとラメの入ってるやつは人気ないみたいですよ?」
(頭巾とか被るからそこまで見られないんじゃないかなぁ?)
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結局、靴とアクセサリーを買い終わるまで先ほどまでの服を買うときと同じくらいの時間がかかっており、4人が駐車場に着いた頃にはすでに太陽は傾いていた。今日買った荷物をトランクに仕舞い、凪と風花の融合を解除させると、陽は車を発進させた。
「ふぅ。結構買ったわね。さて、家まで運転頑張らないとね。瑞穂さんも家まで送るわよ?」
「あ、わたしは息子を迎えに行かないといけないので本部の近くで降ろしてもらえれば大丈夫ですよ。車があるので。」
「あら、そう。じゃあ、いつもの場所辺りに止めるわ。凪君は家帰ったら。悠ちゃんの迎えに行って頂戴?」
「あ、うん。わかったよ。」
「妾も一緒に行ってよいか?」
「別にいいですよ。今朝乗った駅とは別の駅ですから帰り道で迷わないように気を付けてくださいね。」
「ちゃんと凪についていくから安心するのじゃ。」
「ふふふ。悠ちゃんと風花様は相性がよさそうでよかったです。仲良くしてやってくださいね。」
そういうと、陽は車を発進させた。
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車は薄暮の名護屋高速を本部の方に向かって進んでいた。前方で陽と瑞穂はたわいもない話をしているのをなんとなく聞いていた凪がふと隣を見ると、風花が退屈そうにトンネルの外壁を眺めていることに気がついた。自身も退屈していた凪は、それを紛らわせようと風花に話しかけた。
「風花さん、そういえばショッピングモールではあまりはしゃいでいないみたいでしたが、どこか調子でも悪かったですか?」
「あ、いや。電車ほど物珍しいものではなかったからの。昔は都に住んでいた時期があってな。その時の大通りもあんな感じに賑やかであったからの。階段が動くのも少々驚いたが、それも鉄の塊が動くならばそれくらいはあるだろうと思ってな。少しはこの時代にも慣れてきた…ということかもしれぬな。」
言い方に少し疲れが見えていたためか、もしくはトンネルの天井から入る光が風花の顔に影を落としたためか、凪はそう呟く風花に一抹の物哀しさを覚えた。
「風花さん…。」
「どうした凪よ?急にそんなに辛気臭くなって。確かに今日は少し疲れたが、今晩はぐっすり眠れるというものよ。明日からはまた2人で仕事らしいからの。凪、人の子でありわが半身よ。明日からも頑張ろうぞ。」
風花はこう言うと凪に笑いかけた。凪はその光るような笑顔を見ると、自身の考えが間違っていた、覚えるべきは一抹の寂しさではなく明日への期待であることに気づいた。
「そうですね。頑張りましょうか。僕と風花さんなら何があっても頑張れますよ。」
そう言うと、凪は風花の頭を撫でた。
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「風花ちゃ~ん!!可愛い服買ったぁ?今日も一緒にお風呂入ろうね!!」
「そ、そうじゃな。じゃからとりあえず一回離れてほしいのじゃ。前が見えないのじゃ~!」
「あ、ちょ、ゆ、悠!落ち着いて!ここ改札前!みんな見てるから!」
その後、風花は大学帰りの悠に改札前でもみくちゃにされ、『しばらくは悠の迎えには行かない。』と誓ったとか。
第3章 初めてのお買い物 完
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