第3章 (5)

凪が人ごみの向こうから歩いてくる瑞穂を確認したのはその5分後だった。凪は助手席のドアを開けると、瑞穂に向かって手を振った。

それに気づいたのか、瑞穂も手を振りながら凪の方へと歩いてきた。


「あ、瑞穂さん。お疲れさまでした。」

「あ、凪君。お疲れ様。じゃあ、行きましょうか。」

瑞穂はそう言うと、車の助手席へと乗り込んでいった。それを確認した凪は助手席のドアを閉めると、後部座席へと戻っていった。


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4人を乗せた車は昼過ぎの名護屋高速を比較的スムーズに走っていた。後部座席では風花がぐっすり寝ており、その寝相の悪さに凪が蹴られまいと四苦八苦していた。そしてそれを尻目に、陽と瑞穂は前方座席で雑談をしていた。

「お疲れ様、瑞穂さん。あんな奴のお見送りなんて頼んじゃってわざわざごめんなさいね。旦那に呼び出されていなかったら私が行ったんだけど…」

「凪君のことを話していたんですから、別に気にしないでください。そっちの方が親としては大事でしょう。」

「親としては…ね。そういえば、颯太君は元気?今高校生だったかしら?」

「うちの息子は今日も元気に塾へ行きましたよ。今年受験なのにあんまり実感がないみたいで…。勉強させたいんですけどいい感じに発破をかけられる方法ないですかね?あ、次のジャンクション左で。夏休みで湾岸がすごく混んでいるみたいなので長湫の方にしましょう?」

「やっぱりまだ駄目だった?あぁ…ついでに最近長島にできたお店に行きたいなぁって思ってたけど…仕方ないわね。で、発破のかけ方…そうね、うちの悠ちゃんを貸しましょうか?悠ちゃんは人に何かをさせることに関しては優秀だから何とかなるんじゃないかしら?」

「う~ん。それも考えたんですけど…うちの子結構気が弱いところがあるから…悠ちゃんだと何か変なことになりそうで…。」

「じゃあ、凪君にする?勉強教えるのうまいからうまい感じに好奇心とかに火を付けられるかもしれないわよ?」

「確かにいいかもしれないですね…。」

「でしょ?『妖魔』は日中に出ることはほとんどないからお仕事にも影響は少ないしいいんじゃないかしら。そういうわけで凪君!行ってあげなさい?」

陽はそう言いながらルームミラー越しに後部座席の凪に向かって話しかけた…。


が、そこでは相変わらずひどい寝相の風花に弄ばれてしまっている凪の姿があった。

「あ、ちょっと、風花さん!やめ、いた、ちょっと引っ張らないで…痛ぁ!」

「凪君、大丈夫?瑞穂さん、風花様起こしてもらっていいかしら?」

「いいですよ。風花ちゃ~ん。起きてちょうだ~い。」

「あ、瑞穂さん、無闇に触わると…」

瑞穂は後部座席で眠る風花に向かって手を伸ばしていくが、無闇に触れるとひどい目にあうことを身をもって体験していた凪は警告を出そうとした。しかし、警告を言い切るよりも早く瑞穂の腕は風花の体に触れていた。


「ほら、起きて。凪君が困ってるわよ。」

「あ、危ない…ってあれ?」

「う~ん。あ、もう着いたのかの?なんか暗いのじゃがもう夜になったのか?」

凪の時とは違い、風花は瑞穂の腕に対して暴れることなく素直に目を覚ました。

「あ、おはようございます風花様。あと15分くらいで着きますので、もうちょっとお待ちください。暗いのはここがトンネルだからですね。この道はすでに家があるところに後からできたので地面の下を通っているんですよ。」

「ほう、今の世の中はこんなことも可能なのか。それは驚きじゃの。じゃが、景色が見えないのはちと退屈じゃのう。」

「このあとちょっとだけですけど天井が開いていて上が見える区間がありますから、景色などはそこから少し見えると思いますよ。」

「ほう、そうか。技術の進歩はすごいものがあるのう。」

「ほら、そこからちょっと外の景色が見えますよ。」

「どれどれ、ほう!柱で少々見にくいが外が見えておる!いや~、すっかり妾の全盛期とは様変わりしておるのう。」

「もう少し先の地上には動物園なんかもありますよ。もう少し涼しい時期になったら行きましょうか?」

「動物園とな?それは何じゃ?」

「日本に限らずこの星にいる生物をいろいろと集めた場所ですよ。他には…」

と、陽は風花が寝ないように、寝て再び凪に被害が加えられないように風花の興味を引きそうなことについて話し始めた。


その傍らでは、瑞穂は先ほどまで陽と話していた、自身の息子に発破をかけることについて凪に頼んでいた。

「というわけで、お願いできるかしら?」

「時間はありますから別にいいですけど…僕と息子さんって初対面じゃないですか。いきなり知らない人がやってきて大丈夫ですか?気が弱いなら変に委縮しちゃいませんか?」

凪は『特生対』への就職の時のように、またもやこの頼みを何とかして断ろうとしていた。しかし、瑞穂はその意図を知ってか知らずか、さらに話を続けた。

「それなら大丈夫よ。凪君と同じ高校だし、いろいろと共通の話題も多いんじゃないかしら?例えば…名物先生の話とか。」

「後輩だったんですね…。じゃあ、いいですよ。後輩のためですから。」

流石に自身の出身の高校の後輩ともなれば、放っておくことができなくなったのか凪は了承の返事をした。その言葉を聞くと、瑞穂は目を輝かせながらさらに続けた。

「じゃあ、しばらく忙しそうだし今月末の空いている時間にしましょうか。凪君の家まで迎えに行くから安心していいわよ。それにしても、あの凪君がこんな頼みごとをしてくれるまで大きくなって…。昔はあんなに引っ込み思案で関係ない私まで心配してたくらいなのに…」

「え?昔会ったことあるんですか?」

「あら?覚えてくれてないの?ちょっとショックだわ…。まあ、最後に会ったのは悠ちゃんが病院から帰ってきた頃で凪君もまだだいぶ小さかったから覚えてなくても当たり前だけど…。」

「悠が退院した頃って言うと…20年近く前ですか。あの頃は確かにすごい人見知りでしたね…」

「でしょ?だから、いまこんなに積極的になっててちょっとうれしいわ。昔は陽さんの仕事が忙しいときに代わりによく小さい凪君のお世話をしにに行ってたのよ。凪君に哺乳瓶でミルクを上げたこともあるし、おむつを替えたこともあるのよ。」

「え、そ、そうなんですか…そういわれるとなんか恥ずかしいですね。」

自分が小さかった頃の話をされたことが恥ずかしかったのか、凪は少し顔を赤らめた。

「あの頃の凪君は本当に陽さんにべったりでねぇ。悠ちゃんを産まれたときなんかは『お母さんがいない』ってずっと泣いてたのよ?慧さんが抱っこしても『違う!』っていって暴れてたし…。それにね…」


さらにその後も瑞穂は凪の子供のころの話を続けた。自分でも知らない、覚えていない頃の話をされ続けた凪はさすがに恥ずかしさに耐えきれなくなり、顔を真っ赤にしながらふと思いついた疑問を瑞穂に尋ねようとした。

「瑞穂さん?そんなに頻繁に家に来ていたならどうし…「凪よ!お前も『源氏物語』に詳しいらしいな!少し見直したぞ!」

「え?突然何ですか!?何の話ですか?」

「いや、おぬしの学生時代の話を少し聞いてな?今度、いや今日帰ったらいろいろと話そうぞ!」

「え?いや、詳しかったのは受験に必要だからでさすがにもう…「いいから!妾の周りには詳しいものはおらんかったから話すぞ!これは確定じゃ!」

「はい…。風花さんなら仕方ないですね…」

しかし、風花が突然話に割り込んできたことによってその疑問を聞くことはできないまま、車は目的地である郊外の大型モールへと到着した。

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