第3章 (2)
涙目になっていた風花を何とか落ち着かせることができた凪は、部屋から出てきた悠に風花ごと繁華街のショッピングモールへと連行されることになった。しかし、先ほどまで半泣きだったせいでうまく耳としっぽが隠せない風花が落ち着くまでにしばらくかかったため、結局家を出たのはその1時間後になってしまった。
そして、駅に向かう道の途中、悠がハイテンションでどんどん先へと突っ走っていき距離が開いたのを確認してから、風花は恐る恐る凪に問いかけた。
「な、凪よ…おぬしの妹はどうしてあんなに怖いのじゃ?というか、本当におぬしの妹か?おぬしと違って覇気があるというか圧が強いというか…」
「悠は昔から気が強いんですよね…。自分のやりたいことは何が何でも通そうとするんですよ。しかも、無理やり押し通すんじゃなくて外堀どころか内堀まで埋めてから押し通すので、もうどうしようもないんですよ…」
どこか遠い目で質問に答えた凪を見て、風花はおそらく昔から振り回されてきたであろう凪に深く同情した。
「おぬしも大変じゃったんじゃのぅ…。一体何をされ「え!?何の話してるのお兄ちゃん?私も混ぜて!!」「うぉお!」「ひっ!」
風花がさらに話を続けようとしたが、それは10mも前にいた悠に後ろから話しかけられたことでかなわなかった。そして、突然後ろに現れた悠に驚いた二人は素っ頓狂な悲鳴を上げた。
「何の話してたの?妹の悪口とか…言ってないよね?」
口調は明るく、非常にいい笑顔で悠はそう尋ねた。しかし、その悠から発せられるオーラの圧力に2人はたじろいでしまった。
「い、いや…あの…「え?本当に悪口言ってたの?流石に…「あ!そういえばゆ、悠!?お金はあるの?」
意識的にか無意識か、さらに圧を加えようとしてきた悠の気を逸らすために凪は何とか話題を絞り出した。
「ああ、そんなこと?私『特生対』でバイトしてるし、お母さんにも瑞穂さんにもお金もらってるから大丈夫だよ。ていうか本来はおとといのお兄ちゃんと風花ちゃんの実験が終わったら行く予定だったし。」
「ああ、そうだった…ってえ!?バイト?いつから!?」
「いや、高校生になってから…ってそうか。お兄ちゃんって私と違って力がないから“こっち側”のこと知らされてなかったんだっけ。ずっと知ってるものだと思ってたけど…ああ、だからたまに話が合わないと思ってたんだ。そうかそうか…」
「というか力っていったい何なの?いまいちその辺りもよく分かってないというか…」
「まあ、そこはこんなオープンな場じゃあ話せないからまた今度ね。ほら、急がないと電車行っちゃうよ~!」
そうい言い残して全速力で走っていく悠を2人はため息をつきながら見守っていた。
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その後、初めて電車を見て驚いた風花の術が解けかけたり、駅で降りる時の人ごみにもまれて風花が迷子になりかけたり、といったハプニングが発生したものの、何とか繁華街まで来ることができた。そして、まず悠が風花を連れて行ったのは有名な海外ブランドの子供服売り場だった。
「あ!この服かわいい!!ね!風花ちゃん!ちょっと来て!」
「ま、またか?また妾は着せ替え人形になるのか?」
「こっちの青とあっちの青どっちがいい?どっちも十分かわいいけど予算的に…いやでももうちょっと媚びれば何とか…?いや、そもそも赤のほうが似合うかな?う~ん…」
「助けとくれ凪よ…。妾はもう限界じゃ…。」
このように服をとっかえひっかえしながら風花に似合う服を探す悠を凪は店の外のベンチで30分ほど眺めていた。しかし、半泣き状態の風花に助けを求められ、『流石に行かないとまずい』と思ったのか、その重い腰を上げて風花のもとに向かった。
「ソックスは赤?黒?いや…そもそもサンダルの色が…」
「お、おい、悠?風花さん半泣きだしそろそろ決めないか?」
「え?お兄ちゃん?あ、風花ちゃんごめんね…。もうすぐ決めるからちょ~っと待っててね?とりあえず追加で服は着せないからそこのソファで座ってきていいよ?」
「そ、そうか?もう服をいっぱい着なくてよいのか?」
「あとは私のインスピレーションだからね。これ終わったら一回甘いもの食べに行こっか。」
「おお!妾はおぬしの教えてくれた“くれーぷ”が食べたいぞ!」
甘いものにつられたのか、風花は目を輝かせながら先ほどまで凪が座っていたソファに向かって行った。
「いいよ。あ、お兄ちゃんには荷物持ってもらうからちょっとついてきてね。」
悠は買い物カゴの中に大量の服を積み込みながらそう言った。
「え?そんなに買うの?」
「女の子にはこれくらい必要なんだよ?だからお兄ちゃんは女心が分かってないって言われるんだよ?ほら、こっちのカゴもって?レジ行くよ?」
凪は悠の選んだ大量の服を入れたかごに気圧されながらも、それを持ってレジへと向かった。
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結局、買い物は段ボール4箱分となってしまい、凪はそのうち3箱を重ねて持つことになった。
「これは後でお母さんに頼んでくるまで運んでもらわないといけないかなぁ…、お兄ちゃん大丈夫?」
「と、とりあえずは大丈夫…カートか何かがあるとありがたいけど…」
凪は段ボールを3つも重ねて持っているため前方がまともに見えず、ふらつきながらとりあえず店の外に出ようと歩き出した。しかし、そんな状態では足元がおろそかになるのは必然であった。
「風花さ~ん!その辺りにカートありってぇ!」
「お、お兄ちゃん!?」「凪!?」
実際凪は店の出口にある小さなでっぱりに足を引っかけて盛大にバランスを崩してしまった。
「うぉおおあ!」
凪は叫びながらもなんとかバランスを立て直すことができたが、持っていた段ボール箱は重力と遠心力に従って地面へと落ちていった。そして、何も固定されていなかった段ボールの蓋から、中身が地面にぶちまけられてしまった。
「お兄ちゃん!大丈夫!?」
悠は持っていた段ボールを風花の横に置くとぶちまけられた中身を段ボールの中に仕舞い直している凪の手助けに向かった。
「ああ、うん。転んではいないから大丈夫だよ。でも中身が出ちゃって…ごめんね。」
「お兄ちゃんがなんともないなら大丈夫だよ。別に地面が土とかじゃないんだから軽く埃とか落とせば大丈夫だし、そもそも切る前に一回洗濯機に入れるから気にしないで。とりあえず中に仕舞っちゃおう。」
段ボールの容積自体には余裕があったため、ぶちまけてしまった中身を仕舞いなおすのは思いの外すぐに終わった。
「とりあえず片方持つから、お兄ちゃんも一個づつ持ったほうがいいんじゃない?」
「いや、たぶん大丈夫だと思うけど…」
「また転ばれたら大変だから一個づつ持ったほうがいいって。とりあえず風花ちゃんにカート持ってきてもらってるから。」
「それ、大丈夫?風花さん“カート”って概念分かるかな?」
「大丈夫でしょ。あの人とかが持って…あ!ゆ…じゃなくて有栖ちゃ~ん!ちょっと手伝って~!」
と、悠は突然通路の反対側にいた自分と同世代の少女に向かって呼び掛けた。
「え?あ!悠ちゃん!どうしたの~?そんなところで段ボール持ってぇ。」
有栖と呼ばれた少女は独特なアクセントで悠に返事しながら、悠と凪のほうに近づいてきた。
「ちょっと、親戚の子のお買い物してたんだけど買いすぎちゃって…」
「相変わらず、かわいいものには目がないわねぇ~。まあ、ええよ。特に用事もなくぶらついとっただけですしぃ。」
「ありがとう有栖ちゃん!今度またスイーツバイキング行こうね!」
「今度は名駅のほうに行かなぁい?マカロンの種類が豊富らしいよぉ?ところで…そちらにいるのはもしかして…彼氏さん?」
「違う違う。前話してた私のお兄ちゃんだよ。ああ、お兄ちゃん?この子は『古原 有栖』ちゃん。同じ大学の子でスイーツ仲間なの。」
「ああ、そうなんだ。急に話しかけるからだれかと思ったよ。あ、悠の兄の凪です。妹が大変お世話になっております。」
「ああ、『古原有栖』ですぅ~。妹さんとはいろいろと振り回されたり振り回したりする中ですぅ。」
「もう!そんなには振り回してないよ!じゃ、とりあえず甘いものでも…「お~い!悠!凪!“かぁと”なるものを持ってきたぞ!」
「ああ、お疲れ様で…押しにくそうですし手伝いましょうか?」
その時、何とかカートを見つけてきた風花が戻ってきたが、そのカートは風花の身長より少し小さい程度の大きさだったため、凪は風花の代わりにカートを押すために風花のもとへと向かっていった。
「あぁ!かわいい子が来ましたねぇ~。あの子が親戚のお子さんでぇ?」
「うん。風花ちゃんっていうんだ。」
「あれくらいの子がいると、家の中が賑やかになっていいねぇ。うちは特にそういうのいないからぁ、どうしてもねぇ。」
「ははは…。あれはあれで大変なんだよ?」
悠と有栖が話していると、カートを押してきた凪は段ボールをカートに積み始めた。そして、風花は凪の邪魔にならないように、悠の隣まで移動した。
「あ、風花ちゃぁん?初めましてぇ、有栖と申しますぅ。」
「あ、妾は風花と申す。よろしく頼むぞ。」
有栖は風花の独特な口調に少し驚いた顔を見せるが、すぐにそれを隠して、話を続けた。
「変わった喋り方するねぇ。どこで習ったのぉ?」
「母様がこんな喋り方じゃったから、ついつい移ってしまったのじゃ。」
「ああ、お母様の影響なのねぇ。そんな古風なぁ、まるでぇ…。「お~い。積み終わったぞ~。」
「あ、は~い。風花ちゃん、ちょっと休憩がてら約束の甘いもの食べに行こうか。有栖ちゃんも来る?」
「せっかくの家族水入らずにぃ、お邪魔するのも悪いし、ちょっと行きたいところあるからぁ…今回はパスということでぇ。また学校で会いましょぉ?」
「え~。来ないの~?ざんね~ん。じゃあ、また学校で。バイバ~イ。」
「ほな、またぁ~。お兄さんと風花ちゃんもまた会いましょぉ?」
そう言うと、有栖は近くのエスカレーターに向かって歩き出した。
「じゃあ、私たちも行こうか!」
「甘いものなのじゃ~!妾は甘いものに目がないのじゃ~!!」
そして、『甘いもの』に向かってテンション高く駆け出す2人の後ろを凪はカートを押しながらついていった。
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