第2章 (7)

名護屋市北部の閑静な住宅街。すでに日も落ち、元より人通りがほとんどないようなエリアではあるものの、『危険生物』が確認された今、ネズミ一匹すら存在していないかのような静けさに包まれていた。


そして、その静けさの中を凪はワンピースを翻しながら駆け抜けていた。

『凪君、風花ちゃん、聞こえる?』

耳元に装着したイヤホンから瑞穂の声が聞こえた。

「はい。大丈夫です。」

凪は口元のマイクに向けて小声で返した。

『オーケイ。じゃあ、そこをまっすぐ行って4ブロック目を右。そこに『妖魔』がいるはずよ。』

「わかりました。急いでいきます。」

『妖魔』の現在位置を伝えられると、凪は走る速度を上げていく。


「まもなく、指定された角を曲がります。目視で確認した『そんな『妖魔』が!凪君!前!』(凪!その場で飛べ!)

凪がその角を曲がろうとした瞬間、『妖魔』の新たな動きを感じ取った瑞穂と風花が同時に凪に対して叫んだ。しかし、凪はそれに何の対応もできずに交差点を曲がってしまった。その瞬間、凪が見たのは明確な殺意を持ちながら、自分に対して高速で突っ込んでくる『妖魔』の姿だった。


「え?」

凪に向かって全速力で走るその『妖魔』の殺気に中てられたのか、はたまた純粋に何が起きているか理解できなかったのか、凪はそれを見て一瞬硬直してしまった。

そして、次の瞬間『妖魔』の頭部が凪の腹部に突き刺さった。その際の運動エネルギーによって凪は5メートルほど吹き飛び、背中を激しくこすらせながら着地した。


(凪よ!?大丈夫か?)『凪君!?』

「痛たた…大丈夫です。立てま、立てます。」 

風花と瑞穂の心配する声を聴きながら、凪は立ち上がった。骨折はしていないようだったが背中の擦り傷の痛みからか、その動きは遅いものであった。その起き上がる隙をついて、『妖魔』が再度飛びかかってきた。

「さすがに2回目は当たらないよぉ!」

凪は背中の痛みを感じながらも、その痛みを大声でごまかしながら体をひねった。しかし、痛みで動きが遅かったせいか、突進自体は当たらなかったものの右耳に付けていたインカムが吹き飛ばされてしまった。

『妖魔』は自身の攻撃がかわされたためか、攻撃せずに少し距離をとったところからじっと凪を見つめていた。


(で、どうするのじゃ?奴も攻撃を避けられたからすぐに何かしてくるわけではなさそうじゃが…)

「同感ですね。次に相手が動くまでには多少の時間はありそうです。インカムが吹き飛ばされて瑞穂さんに相談できないのがちょっと痛いですけど…」

しばらくは『妖魔』に動きはないと考えた凪と風花は今後の作戦を練り始めた。

「とりあえず大人しくさせたいですね。風花さん、武器になりそうなものってあったりしますか?」

(武器か…森であれば石や枝とかを妾の力で改造すればいいんじゃが…このあたりにはないのう。)

「じゃあ、あの熊の時みたいには行かないってことですか・・・。」

(いやぁ…実はな、奴は動きが遅かったから隙を見てぶん殴ってたら終わってたぞ。)

「そんな強引に倒したんですか・・・?それはそれとして、じゃあ風花さんはあの速さに攻撃を合わせることってできますか?」

(無理じゃな。回避だけなら可能じゃが有効な攻撃を当てるとなると不可能なくらいの速度差があるの。)

「そうですか…どうしましょうね?」

(こちらから何か仕掛けてもあの速さでは対応されて不利になるのが目に見えておるからの。じゃからこっちも様子見…じゃな。)

「武器になるものもないですしね…。何かないかな…?」

凪は視界の真ん中に『妖魔』を捉えつつ、周囲をゆっくりと確認し始めた。

「この住宅街本当に何もないですね…。どうしようかなあっとぉ!」

凪が一瞬目を下に落とした瞬間、『妖魔』が凪に向かって飛びかかってきたが、再びすんでのところで反応した凪はその突進をギリギリのところで避けることができた。

「少しでも目線をそらすとダメか…」

(こちらの一瞬のスキを逃さずに襲い掛かってきたの。しっかりとこっちを見ておるな。凪よ、どうするのじゃ?)

「やっぱり武器が欲しいですね…少しでも足に傷を負わせることができれば…」

凪は回避後の体勢を立て直し、ほぼ同時にこちらを向き直った『妖魔』とのにらみ合いが再開した。


====

凪と『妖魔』がにらみ合いを始めて10分が経過していた。その間も凪は『妖魔』を倒す方法について考えていたが、良い考えはなかなか思い浮かばなかった。

「どうしましょうね…。体格差から、殴ったり蹴ったりは絶対力負けしますからから武器を見つけなければいけないんですけど。」

(刃物でも持ってこればよかったの。さすれば妾の力を軽く通すだけで十分な武器となったのじゃがな。)

「刃物ですか。何か鋭いものとか近くになか……風花さん!もしかして…」

風花の発言から何かを思いついたのか、小声で凪は風花にある提案をした。

(確かにそれは可能じゃが…それをどうやって当てるのじゃ?せいぜい半尺くらいにしからならんぞ?)

「それは…こっちで何とかします。うまくいくかはわかりませんが…これしかないと思います。」

凪は覚悟を決めたようにそう言った。

(わかった。おぬしのことを妾は信じるぞ。では準備しておくから、おぬしが『伸長』と言ったら発動するようにしておくからの。)

「ありがとうございます。あとはタイミングだ『聞こえる!?返事して!!』

次の瞬間、吹き飛んでから何も音を発していなかったいたインカムから瑞穂の声が大音量で聞こえ、凪は一瞬気を取られてしまった。


その隙を突いて、『妖魔』が凪を確実に殺さんとばかりに叫びながら突き進んできた。

「グルォォオオオオ!!!」 

「ああ、もう!」

凪は体をひねって避け…ようとはせず、逆に『妖魔』に向かって正対した。

(おぬし死ぬ気か!ああ、妾がかわ(風花さん!!!僕を信じてください!))

避けようともしない凪と肉体の主導権を替わろうとした風花に対して凪は大声で風花の名前を呼び、その大声に風花は一瞬怯んでしまった。その次の瞬間に『妖魔』の突撃が再び凪の腹部に突き刺さった。再びなす術もなく飛ばされるかと風花が思ったその瞬間、凪はその『妖魔』に全力でしがみついた。

「うぐぁ!!でも、『伸長』!」

『妖魔』は地震にしがみつかれるという初めての経験に困惑し、風花は凪の行動にあっけにとられている中、凪は風花に頼んでいた『指の爪を鋭く伸ばす術式』を起動し、『妖魔』の首元に突き刺した。


「ギャルルオオオオ!」

『妖魔』は突然の痛みに驚いたのか、叫びながら凪を振り払おうとした。しかし、凪は振り払われまいと全力で『妖魔』にしがみつきながら、無我夢中になって爪を突き刺し続けた。そして、8回目に爪を突き刺した時、プチッという音とともに『妖魔』の頸動脈が切断された。その瞬間、妖魔は一瞬強く首を動かし、凪を吹き飛ばしたが、すぐにその場に力なく倒れた。吹き飛ばされた凪は、再び背中を地面にこすりながら着地し、そのまま意識を失った。


====

「凪君!?風花ちゃん!?大丈夫!?」

決着がついてから15分後。倒れている凪と『妖魔』を見つけた瑞穂は凪に急いで駆け寄るとそう言いながらその体を軽くゆすり始めた。

「う~ん…。瑞穂…さん?どうなりました…?」

その刺激で少し意識を取り戻した凪は瑞穂に問いかけながらうっすらと目を開けた。

「凪君!?死んでないわね!?良かったぁ!すぐにこっちに車を回して頂戴!」

凪の意識が戻ったのを確認した瑞穂は安堵の表情を浮かべながらも周りの黒服に指示を出した。

「瑞穂さん…?よいしょっ、あ痛ったぁ!」

意識が戻ってきた凪が起き上がろうとすると背中に強い痛みが走った。

「あぁ、背中に結構大きなけがをしているんだから起き上がらなくていいわよ!今担架持ってきてもらってるからそのまま横になってて!」

「妖魔は…どうなったんですか?」

「とりあえず生命活動の停止は確認できたわ。ごめんなさい。インカムが取れやすかったせいで何もできなくて…。」

「いや、気にすることじゃ…ないですよ。風花さんが手伝ってくれましたから。ねぇ、風花さん?」

申し訳なさそうに言った瑞穂をフォローしようと凪が風花に呼びかけるも。風花からの返事はなかった。

「風花さん?風花さん!?」

凪は再び呼びかけたが、風花から言葉が返ってくる気配はなかった。

「風花さん!?まさか何か問題が「妾は大丈夫じゃよ。初陣じゃから問題が生じるのもしょうがない。とりあえず、けがを治してから改善策の検討じゃの。」ああ、よかった。」

3回目の呼びかけにようやく風花が反応し、その無事そうな口ぶりに凪と瑞穂は安堵した。そしてその時、担架を乗せた車が現れた。

「担架と車が来たからとりあえず本部へと戻るわよ。いろいろ検査しないといけないからね。」

「はい、よろしくお願いしま…痛たたた。」

凪は担架に乗るために体を起こそうとしたが、背中の痛みのせいで起こせなかった。

「おぬしはあまり動くでない。傷口が開いてはかなわんぞ。」

「ゆっくり持ち上げるからね…痛いところあったら言ってね…」

「あ、ありがとうございます。動かなければ激痛はないですから…」

結局、凪は一人で担架に乗れなかったため、瑞穂に持ち上げられ、担架にやさしくうつ伏せに寝かされた。

「背中以外に痛むところがあったら運転中でも遠慮せずに言ってね?すぐに何かできるわけじゃないけど本部ついたらすぐにするから。」

「はい、わかりました。お願いします…。」

「じゃあ、回収班の方は後よろしくお願いします。私は急いでこの子を連れて戻るので。」

瑞穂は黒服にこう言葉を言い残すと、満身創痍の凪を乗せた車を運転し、本部へと向かった。


====

本部に戻ってきた凪が最低限の検査を終えると、悠が泣きそうな表情で近づいてきた。

「お兄ちゃん、大丈夫!?私の選んだ服のせいで背中にそんな大けがをさせて…ごめんなさい。」

そう言うと、悠は凪の横で本格的に泣き出してしまった。


「そんなに泣かなくていいよ。背中の傷は僕の不注意だから悠は悪くないし、風花さんのために作ってくれたんでしょ?だから気にしないで?」

「そうじゃぞ。そもそも、この服で現場に行ったのは妾と凪の判断じゃからおぬしが気にすることじゃない。それよりも、兄が生きて帰ってきたことを喜ぶほうが良いと思うぞ。」

凪と風花はそれに対して必死にフォローするものの、あまり効果はなかった。


泣き止まない悠に対して、凪は頭をなでながらこのように言った。

「ごめんなさい…お兄ちゃ「悠?よーく聞いて?悠は悪くない。このかわいい服は風花さんも喜んでたし、戦ってる時も邪魔だとは思わなかったんだよ。だから、悠は悪くない。だから、泣くのはやめよ?」

これを受けて、風花がさらに続けた。

「そうじゃぞ。悪いと思っておるならまたかわいい服を妾と凪に着せてくれればよい。じゃから、今は一旦泣くのはやめるのじゃ。かわいい顔が台無しじゃぞ。」

頭をなでられたことで少し安心したのか、悠は少し落ち着きを取り戻した。

「うん。わ、わかった。も、もう泣くのはや、やめる。」

悠はいまだに涙声であったものの、凪と風花に諭されたからか涙は抑えられてきたようだった。

だんだんと悠が落ち着いてくる様子を見ていると、検査結果が出たのか、瑞穂と陽がこちらに向かってきていた。

「風花様?とりあえず体の中に問題はないことが分かりましたので背中の傷を治してしまって大丈夫ですよ?」

「ああ、そうか。では『術式展開 治癒』。」

そう風花がつぶやくと、傷だらけの背中を光が覆いはじめた。

「え?そんなすぐ治るんですか?」

「妾を誰だと思って居る。これくらいは1分もあれば跡も残さず治せるに決まっておろう。」

「え?じゃなんで最初から「さっきまではお主が気絶していたせいで力の波長が安定していなかったからの。最近そんなことしとらんから直すのに手間取ったが、丁度悠と話しているときに波長が戻ったのじゃ。じゃが、今は悠を落ち着かせる時だと判断し、使わなかったのじゃ。次からはお主が気絶してもすぐに波長を戻せるぞ。」

「は、早く言ってくださいよ!悠だって泣かずに済んだじゃないですか?って、悠もまた泣かないで!傷は治るんだから!」

悠が再び涙を流したのを見て、凪は困惑した。しかし、悠の表情が明るいものであると分かると、泣き止むまで悠の頭を撫で続けた。



第2章 初戦  完

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