第2章 (6)
2人が会議室に入ると、そこには陽が中央の机に座っていた。その部屋の隅には黒服を着た女性がパソコンを操作しており、そして奥にあるスクリーンには名護屋市北部の地図が映し出されていた。
陽は2人を一目見ると、レーザーポインタをスクリーン上の地図に向けながら話し始めた。
「あ、来たわね。ついさっき、レベル3の『妖魔』の反応が名護屋市内で検知されたわ。北区の榎の辺りね。」
「へぇ…。最近は大体レベル2止まりでしたからレベル3が来るのは久しぶりですね。部隊配置はどうなってるんですか?」
「偵察してもらおうと思って回収班から3人くらいとりあえず向かわせたわ。」
「3人ですか…人手不足だから仕方がないですけど倍は欲しいですね…。」
「旦那…理事長にも言ってるんだけどなかなか回してくれないのよね…なんでも『大坂のほうではいろいろとやることが多いし、他の支部はなかなか話を聞いてくれないし』とか何とかで…」
「出雲と東京や北海道は大坂の話聞かないですからね…。向こうからしたら『ぽっと出のよくわからん奴に従えるか』とか思ってるんでしょうけど。」
「少しはこっちの言うことも聞いてほしいわ…。それで、制圧要因なんだけど…凪君と風花様にお願いしたいと思っています。」
蚊帳の外の話だと思っていた凪は、突然の陽からの言葉、それも『妖魔』の制圧という指令に驚きを隠せなかった。
「え?僕が?ほかに担当の人いないの?これまでどうしてたの?」
「これまでは回収班とか瑞穂さんとかが頑張ってたんだけど人員的にそろそろ限界だったのよ…。」
「そうなの…このままだと名護屋支部の存続にかかわるところだったのよ…。対応できないから予算獲得ができなくて…予算獲得ができないから対応ができなくなって…の悪循環だったの…。陽さんもいろいろと頑張ってはくれているんだけどね…。」
「あ…そうなんだ…。」
組織の闇に触れてしまった凪はどこか申し訳ない気持ちになっていた。
しかし、その口ぶりからどこか怖がっているのではないかと感じた瑞穂はそれを和らげるような口調で凪にやさしく声をかけた。
「大丈夫よ、凪君。私と陽さんでサポートするからひどいことにはならないはずよ。」
それを聞いた陽も、凪を励まそうとして、優しく言葉をかけた。
「そうよ、凪君。怖いのもわかるけど私たちでサポートするし、風花ちゃんもいるから大丈夫よ。」
「あ、怖がっているわけじゃなくて…こういう時のために働くことになったのは薄々理解してるからそこは大丈夫ですけど…どうしてもまだ実感がわかなくて…。」
怖がっているわけではなく実感がわかないだけだと分かった2人は安堵しつつも、凪が感じているであろうストレスを軽くするために話を続けた。
「まあ、そうよね。昨日は風花ちゃんが戦ってたものね。実感がわかないのもしょうがないわ。それで…ん?風花ちゃん?なかなか喋ってこないけどもしかして…何か融合に問題でも生じた?」
「あ、寝てるだけです。さっきから頭の片隅で寝息が聞こえて不思議な気分ですけど。」
「それならいいわ。じゃあ、作戦予定地まで送るから風花ちゃんを起こして頂戴。細かい説明は車の中で行うわ。ついてきて。」
そして、駐車場のほうに向かって歩き出した瑞穂の後に凪はついていった。
====
駐車場に向かう道中、寝ている風花を凪は起こそうとしていた。
(風花さん?起きてください?)
話しかけても返事はなく、寝息が聞こえ続けていた。
(風花さん?起きないとまずいですよ?)
再び声をかけてみたが、風花は起きなかった。
(風花さん?)
凪は自身の頭を軽くたたいたが、やはり風花は起きなかった。
「風花ちゃんは起きそうかしら?」
そんな凪の不審な様子を悟ったのか、前を歩く瑞穂が話しかけてきた。
「いえ、起きそうにないですね…。どうしましょう?」
「なんというか、大きな声で起こしてみるのはいいんじゃない?ただの思考なのに大きい声っていう概念は矛盾している気がするけど…大きな声を出す感じで呼んでみたら?」
「大きな声で呼ぶ…ですか。やってみます。」
凪は、瑞穂のアドバイスに従い、『大きな音』で風花を起こそうとした。
(風花さあああん!おきてくださあああああ「痛ったぁ!!」
しかし、叫んだ瞬間、急に凪の左手が動き、それが頬に突き刺さった。
「耳元でそんな大声で言わんでもわかるわ!加減というものを考えろ!このたわけ!!!」
「そ、そんな…。初めてだから加減もわからないじゃないですか!」
「慣れていなくともさすがに限度というものがある!初めてならだんだんと大きくしていくとか加減の調節を考えろ!いきなり全力でやるな!わかったか!!?」
「風花ちゃんもちょっと落ち着いて?初めてなんだから多少はしょうがないわよ。凪君は次からは気を付けるのよ。まずは少なく、その後だんだんと大きくしていくのはいろいろな基本よ?」
「全くおぬしというやつは。今のことは瑞穂の顔を立ててここまでにするが…今後は気を付けるんじゃぞ。」
「次からは気を付けます……。それで、風花さんは状況把握していますか?」
「なんか急いでおるようじゃし、細かいところまではわからぬがどこかに『妖魔』でもでたか?」
風花が話を振ると同時に、耳に入れたレシーバーから聞こえた情報を聞いた瑞穂は一瞬驚いた表情をしながらこう告げた。
「車に乗ったら細かいところとか先行している人からの情報をまとめて伝えてくれるみたいだから。少しまずいかもしれないから急ぐわよ。」
そう言うと、瑞穂はだんだんと速足になり、追いてかれまいと凪の足も速くなっていった。車につくと、凪は瑞穂に急かされるように車に乗り込んだ。
====
凪と瑞穂の乗った車が駐車場から出ると、すでに太陽は地平線に沈んでいたがその熱はいまだ地表に残っている気温であった。車が都市高速に乗るとスピーカーから陽の声が聞こえてきた。
『瑞穂さん、凪君、風花様、聞こえますか?今回侵入してきたのは狼のような『妖魔』らしいわ。画像はそっちに送ったから確認してちょうだい。』
というと、カーナビの画面に『妖魔』の画像が表示された。そこには、閑静な住宅街の道を我が物顔のように歩いている灰色の巨大な狼の写真であった。
『妖力反応及び敵意反応の実測値から現時点における脅威度はレベル3と確定ね。でも、周囲の家塀や電柱の破壊を試みようとしているような行動が確認されているわ。民間人には人払いの術式を周囲にかけてもらって近寄らないようにはしているけれど確実なものではないし、周囲の家には人はいるし…危害を加える前に無力化したいわ。』
「あ、うん。わかったよ。でも、その脅威度?レベル3?ってどれくらい危ないの?」
『『妖魔』の脅威度の指標としてレベル0から6までの7段階を設定しているわ。細かいところは後で説明するけど、レベルが大きいほど脅威なものであるとされているわ。レベル3は『まだ危害は加えられていないが、その危険性は十分にある』といった感じね。』
「なるほどのう。で、無力化とはあれか?殺してしまってよいのか?それとも気絶程度に収めておいたほうが良いか?」
『今回の『妖魔』はどこかの人外のコミュニティに所属しているという情報は入っていないので、おそらく単独で山などから流れ着いたものであると考えています。ですので、どちらでも構いません。できれば殺さずに捕獲してどこかのコミュニティの管理下に置きたいのですが…無理には言えません。』
「わかった。こっちでもできるだけ努力しよう。」
『ありがとうございます。そういえば、今何着てます?』
「何って…背中の空いたワンピースじゃが…動くのにはそんなに問題はなさそうじゃぞ。」
『そうですか…。その服には認識阻害がかかってないので、活動がばれるとちょっと問題になるんですよね…。瑞穂さん?今回は簡易的なものでいいから認識阻害かけといてくれます?』
「ああ、いいですよ。車止めたらやっておきます。それよりも、まだ『妖魔』の動きは変わっていないですか?」
『ええ。いまのところは歩きながら獲物を探しているような動きをしているらしいわ。』
「わかりました。もうすぐ現着します。凪君と風花ちゃんはすぐに下りられる準備を。」
気が付くと、車はすでに都市高速を降り、住宅街の中へと入り始めていた。
陽は心配そうな声をしながらも、凪を励ますように、風花に託すようにこう言った。
『ええ。よろしくお願いします。凪君、初陣だから緊張しているかもしれないけれどあなたなら落ち着いて対処できるから。風花様、凪君のサポートお願いします。』
それに対して、凪と風花は陽を安心させるように力強く、こう返した。
「ありがとう、お母さん。まだ実感はわかないけど…頑張るよ。」
「妾を誰じゃと思っておる。心配せずともこいつを死なせはせん。もちろんほかの人間もじゃ。」
その言葉に凪のニートからの成長を感じたのか、陽は少し涙交じりの声でこうつぶやいた。
『そう、頑張ってね。私にはここから応援しかできることはないけれど…』
そして、車が止まると凪と風花は車から降りた。
そして、その場で簡易的な認識阻害を瑞穂にかけてもらい、通信機器を受け取ると、『妖魔』のいる方向に向けて走り出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます