第2章 (5)
脱衣所においてある着替えを見た凪は最初、それが本当に『着替え』だとは信じられなかった。
「ねえ、お母さん。着替えって本当にこの服?」
凪は服を持ち上げながら、ドア越しに着替えを持ってきた陽に尋ねる。
「ええ、そこにあるやつであってるけど…着方わからなくなった?」
「いや、そうじゃなくて…なんか背中が破れてない?」
そこにあったのは、一見薄い茶色のワンピースだった。背中に大きく穴が開いていることを除いて。実際はそういうデザインなだけで破れてなどいないのだが、服の知識など持っていない凪にとっては破れているようにしか見えなかった。
「生地とか縫い目とかから考えるに、これってそういうもんじゃないのかの?」
「風花様のおっしゃる通り、それはそういうやつですね。破れてるわけじゃなくて開いているのよ、凪君。」
「へぇ…ってこんな背中が開いている上にリボンがついてるの着るの?ちょっとハレンチみたいで、は、恥ずかしいんだけど…?」
凪は顔を赤らめながら陽に対して文句を言う。
「悠曰く、最近の女の子はそれくらい着てるって言ってたわよ。今は夏だし涼しげでいいんじゃない?それにリボンがワンポイントになっててかわいいじゃない。」
「ほ、ほんとに?これほんとにふ「寒くなってきたから早く着るぞ!」」
なかなか着替えを着ようとしない凪に痺れを切らした風花は肉体の主導権を奪い、服を着始めた。
「先ほどとは違って被るだけでよさそうじゃのう。楽でよいわ。尻尾も邪魔にならんしこれはいい物じゃ。」
実際、先ほどまでの服と違いシンプルな構造であったため、風花でもすぐに着ることができた。
(なんか背中がすごいスース―して寒いんですけど)
「この服背中が開いとるし、風呂上りなんじゃから寒いに決まっとるじゃろ。」
(これ本当にハレンチじゃないんでしょうか…)
「うじうじとうるさいやつじゃな。よく周りを見て考えてみろ。お主の母親は息子に破廉恥な服を着させる人間か?」
(確かに、お母さんはそういうタイプじゃないけど…)
「じゃろ?だから大丈夫じゃよ。さあ、この肉体をお主に託すからな。ちゃんと壁に手をついておくからあとは転ばないようにがんばるのじゃ。」
「あっはい。よいしょっと。」
今度は事前の予告とともに壁に手をついてバランスをとっていたことで、転ばずに肉体の主導権を移すことができた。
「お母さん?着替え終わったから出るね~。」
そう言うと、凪は更衣室のドアを開け、廊下に出た。
「あ、出てきたわね。じゃあ、凪君、付いてきて。」
出てきた凪に対して陽はそう言うと、すぐ隣の部屋へと入っていき、凪もその後に続いた。
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陽と凪が入ってから5分後、その部屋の中では凪が必死になってその場にいる人々に抗っていた。
「絶対におかしいって!動きにくそうだし何よりすごい目立つし!おかしいでしょ!」
「動きやすくなって、目立たなくなる術式組み込んであるから大丈夫よ、凪君。風花ちゃんはこれでもいいんでしょ?」
「まあ、妾はかわいいしいいと思うぞ。どうせ戦うのは凪じゃから服装は妾にはそこまで関係ないしの。」
「風花さん!?ちゃんと反対してくださいよ!?」
「お兄ちゃん。あきらめて。今のお兄ちゃんはすごい可愛いんだから。」
「絶対悠の差し金だろ!?やだよ!こんな…こんなフリフリな服とか!」
そう、凪の言う通り、彼は活動用の服として出されたピンク色を基調にフリルのついた服、いわゆる『魔法少女』のような服に対して抗っているところであった。
「これ、結構いい素材といい術式使ってるから問題はないと思うわよ。」
「お母さんまで!?これは周りからは気にされないからってさすがに恥ずかしいって!」
「せっかく私が作ったのに…じゃあ、お兄ちゃんはどういうのがいいの?風花様は別にいいって言ってるんだから何か対案出してみたら?」
そう言われ、凪は何とか『対案』を引き出すために、頭をフル回転させ始めた。
(動きやすそうで…目立ちにくい…黒系の色の…)
「別に外から見えないならいいじゃん。女の子なんだか「忍者。」え?」
「ほら、忍者みたいな紺色系の服なら目立ちにくいし、動きやすそうだしいいと思うんだけど…」
「う~ん。あんまりかわいくな「かわいい女の子がかっこいい系の服着てるのはギャップがあっていいわね。風花ちゃん的にどう?」」
悠は反論しようとしたものの、凪の意見に肯定的な発言をする瑞穂にさえぎられた。
「妾は別にいいぞ。先にも言ったが、結局矢面には凪が立つからな。凪の着たい奴があるならよいのではないかの?」
「忍者系ねぇ…確かに頭巾とかで顔も隠せるから何かの時に認識阻害の術式がはがれても目立ちにくい…。いいんじゃないかしら?」
風花と陽も凪の意見に肯定的な発言をしたため、悠は自分が不利になったことを悟った。
「まあ、お兄ちゃんは今可愛いから十分似合うと思うし。うん。この服は別のことに使えばいいから…。いろいろと用途はあるから…。」
明らかに未練を残しているような怪しい顔をみせつつも、悠も凪の意見を採用することに賛成した。
「じゃあ、悠ちゃんと瑞穂さんで作ってあげて。凪と風花様は出来上がるまでゆっくりしていていいわよ。私は会議の時間だからちょっと行ってくるわ。瑞穂さん後はおねがい。」
陽はこの後の指示を出すと、部屋を足早に出ていった。
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陽が部屋を出て行くと、瑞穂は今日のデータ整理のためにパソコンを叩き始め、悠は「忍者…忍者…資料を…かわいく…」とつぶやきながらスマホをいじり始めた。風花は『妾はしばらく寝る。分離する時が来たら起こしておくれ。』というとそのまま寝てしまったようで、凪の頭の片隅では風花の寝息の音が聞こえていた。
「かわいい…紺色…目立たない…ひらめいた!!」
「おかしい…うまく関数が…ってタイプミスね。じゃあ今度は…」
(グゥ…グォ…グォオオオオ!!!)
このように、三者三様に過ごしている中唯一何もすることがない凪は手持無沙汰な状態で会議室の椅子に座っていた。
(き、気まずい!)
会議室に流れる無言の空気、実際にはぶつぶつとつぶやきながら悠が裁縫をやっているのだが、に耐えられなくなった凪は話しかけても怒られなさそうな瑞穂に話しかけた
「あ、あの…み、瑞穂さん、お母さんって結構忙しいんですか?」
「え?あ~。あれでもこのあたりの統括部長だからねぇ。結構会議とか報告会とかで忙しいみたいよ。」
いきなり話しかけられた瑞穂は少し驚きながらもこう返した。
「そ、そうなんですか…。そもそも、お母さんって」『瑞穂さん!凪君!今すぐにから会議室3番にきて頂戴!』
凪が何とか話を続けようとしたとき、スピーカーから陽の焦るような、急かしているような声が聞こえてきた。
「何かあったのかしら?凪君、とりあえず行きましょうか。」
「あ、はい。わかりました。」
「あ、いってらっしゃい。私も行ったほうがいいなら早めに連絡お願いね、お兄ちゃん。」
そして、悠の暢気な声を聴きながら瑞穂と凪は会議室を出て行った。
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