第2章 (4)
それから1時間ほど、凪は陽の指示に従いながら様々な能力測定をこなしていった。
『はい、ここまででいいかな?お疲れさまでした。私は会議の時間だからあとは瑞穂さんお願いしますね。』
『了解です。凪君、風花ちゃん?データ整理ちょっとやったらそっちに行くから休憩してていいわよ。』
その声を聴いて、測定で疲れ果てた凪は床に大の字になって寝そべった。
「はぁ~。疲れたぁ~。この体じゃなくてもこんなに運動したのは初めてだよ…。」
「確かにお主はそんなに運動とかするようには見えぬからの。肉体にも慣れない中、お疲れ様じゃ。ほれ、頭を撫でてやろう。よしよし。」
風花は手を動かして頭をなでた。優しく、それはまるで母親が子供の頭をなでるかのように。
撫でられることの心地よさに凪は徐々にリラックスしていき、疲労も少しずつ和らいでいくように思えた。
「この体ってすごいんですねぇ。あんなに飛んだり走ったり跳ねたり…。風花さんの手ってなんか優しいですし…」
凪はその心地よさに精神を預けてしまっていた。しかし、急に頭から変な感覚が体に走ったために、悲鳴のような声を出してしまった。
(おお、すまぬ。妾の耳は結構敏感でな。腋の下とか足裏みたいに触られるとこそばゆくなってしまうのじゃ。)
(ああ、もうびっくりしたじゃないですか。そういうことは先に言っておいてくださいよ。)
『凪君、風花ちゃん、今の声…何かあったの?』
(ほら、聞こえちゃったじゃないですか…。)
マイクでその声を拾ったらしく、小部屋で今回とったデータの整理をしていた瑞穂が心配して話しかけてきた。
「大丈夫じゃよ。ちょっと凪の変なところに触ってしまっただけじゃから。問題は起こっとらん。」
『変なところ…ああ。そういうことならしょうがないわ。もうすぐ入力終わるのでもうちょっとそこでゆっくりしておいて?』
そう言うと、瑞穂は再びデータ整理に戻った。
(ああ、なんか勘違いされてるみたいですし…恥ずかしいですよ…今度からは気を付けてください…)
凪は顔を赤らめながら風花に心の中で思った。
(なんかすまぬの…。確かにあの声は…何か妾まで恥ずかしくなってきたのじゃ…)
頭に手を置いたまま、凪も風花も自分に対するものかはたまた相手に対するものか、無性に恥ずかしくなり、自然と脳内は静かになっていった。
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「凪君、風花ちゃん?ずっとうつぶせだけど大丈夫かしら?」
凪が気が付くと瑞穂が心配そうな顔をして近くに立っていたことに気づいた。
「あ…、すいません。少しぼーっとしちゃって…大丈夫ですよ。」
先ほどの恥ずかしさを忘れるように首を軽く振りながら凪は立ち上がった。
「意外に結構汗かいちゃってるわね。シャワー室に行きましょうか。」
(え?シャワー?それってつまりこの体をじっくり見てしまうわけで…それはマズいのでは!?)
「お、それはありがたいの。じゃあ早速行こうか。」
(え?風花さん?ちょっと待ってください?)
「こっちよ。ついてきて頂戴。」
(え?ちょっとまって、って声出せないんだけど!?足勝手に動くんだけど!?)
そう言って歩き出した瑞穂の後ろを凪…ではなく風花に操られた体は歩いていく。
(さっきからなんじゃ騒がしい。何言っとるかは聞いとらんかったがシャワーくらいええじゃろ。お主の家でも気持ちよかったぞ。)
(いやそこじゃなくてですね…そう、着替えとかどうするんですか!?)
『この姿の裸を見るのはマズいのではないか』ということを素直に言ってしまったら幼児愛好家と勘違いされるのではないかと思った凪は別の理由をつけてシャワー室行きを撤回させようとした。
(案だけいっぱい服あったから大丈夫だとは思うが?念のため、ちょっと聞いてみるか。)
「瑞穂、シャワーの後に着替えとかってあるのか?」
「あ、忘れてたわ。用意しておくから安心して?」
(よかったのう、凪よ。これで安心じゃぞ。)
(ああ、そこじゃなくて…)
しかし、そんなことは風花に伝わるはずもなく、逃げ道はふさがれてしまう。
(いいからシャワー浴びるぞ!ちょっとは黙っておれ!)
(え、あ、僕には…)
「さ、ここよ。私は着替えとってくるからゆっくり浴びててくれていいわよ。」
そう言うと、瑞穂はどこかへと立ち去って行った。
(さあ、入るぞ!凪よ!なんかウダウダ言っておったが入るぞ!分かったな?)
(はぁ、分かりました。風花さんにお任せしますね。)
『自分が直接触らないならまだ不可抗力だしセーフ』と考えた凪は風花に任せようとしたしかし、そんな目論見はすぐに崩れ落ちた。
(いや、お主が洗うんじゃぞ。汗かいたのはお主の運動であって妾ではないからの。)
(え?)
(いいから早く脱ぐのだ!べとべとして気持ち悪いのじゃよ!?)
(これダメな奴だ…)
風花の押しの強さに逆らえなかった凪は観念し、服を脱ぎシャワールームへと入っていった。
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(あぁ~、気持ちいのじゃ~)
シャワーのお湯を浴びながら、脳内で風花の声がこだまする。
(これが、今の僕の体…すっかり女の子みたいになっちゃって…)
鏡に映る今の自分の姿に見とれた凪は、その姿をまじまじと見つめてしまう。
(顔は風花さんに似てすごい可愛い…。腰まで届く茶色の髪に…身長は138㎝とか言ってたかな…。)
(なんじゃお主。体をじろじろと見て…そういえばゆっくり見せたことはなかったの。今後のためにもよく見ておくのじゃ。)
(え?風花さんどうしたんですか急に…ってうわ!)
凪から風花に体の主導権が急に移ると、肉体は一瞬バランスを崩したがすぐに立ち直った。
「よーく見て、そして聴いておれ。まず、この頭についている狐耳がこの体の“耳”じゃ。髪の毛を上げると…ほれ、頭の横には人の耳がないじゃろ?どう思う?」
風花は少し扇情的に凪に体を見せつけ始める。
(自分の体じゃないみたいですね…。アニメとかに出てきそうな…)
「じゃが、今は自分の体じゃぞ。次にこの長い髪じゃ。茶色の長髪が腰まで伸びておるぞ。ほれ、手で髪を梳いてみよ。手は動かせるようにしたからの。」
風花に促されるまま凪は腕を動かして髪を梳き始めた。
(ああ、サラサラだ…。感触が気持ちいい…)
「分かったか?次は顔をよく見てみろ?わしの元の体と同じ白めの肌に、茶色の瞳。肉体が子供だから顔も結構な童顔だがな。」
風花にそう言われると、凪の注意は髪の毛から自身の顔に向いた。
(確かに…目もぱっちりとしてすごいカワイイ…。こう、口も小さめでぷっくりとして…。)
「そこも妾の母様からいただいたところじゃ。じゃあ、次は少し目線を下に向けようかの。このきめ細やかな、そしてこのほど良い弾力のある体。残念ながら胸は子供だがな。それともお主はこっちの方が好みか?」
さらに、風花は自身の二の腕辺りを触りながら凪に話しかける。
(ぷにぷにで。ふわふわで。ぺったんで…。さわられるとちょっと気持ちいい…)
凪は風花の言葉を聞くたびに心地よくなっていき、それに伴ってだんだんと意識にもやがかかっていくような気がした。言葉遣いもだんだんと今の見た目相応の子供のようになっていく。
「じゃあ、最後にもっと下を見てみようかの。ここに関して妾は多くは言わぬ。お主の好きなように見るがよい。」
風花がそういうと、その手は腹部へと移動する。
(ああ、ふわふわなかんじがとまらない。ああ、なんかおとがきこえにくくなってきたきがする…)
凪はまどろんだまま無意識にその手を下に持っていこうとした、その瞬間。
「凪君?風花様?瑞穂さんの代わりに着替え持ってきましたよ~。ここに置いときますので~。扉の外で待ってますのでごゆっくりどうぞ~。」
急に聞こえた陽の声に凪の意識はまどろみの底から引き戻された。
「え?あ、お母さんありがとう!もうすぐ出るから!」
「ふふ。そんなに急がなくてもいいわよ。ふふふ。」
そう言って、陽は更衣室から出ていった。
我に帰った凪は先ほどまでの自分の精神状態が明らかに異常なものであったことに気がづいた。
(さっきまで僕は何をしてたんだ!?ぷにぷに?ふわふわ?あれじゃまるで…)
(肉体に精神が飲まれてしまったかのような…っていうところかの?)
(風花さん?一体僕に何をしたんです!?)
(ちょっとしたいたずらじゃよ。別にお主の心を女子の物にすり替えようとかお主の心をまどろみの底に落として体を乗っ取ってやろうとか思ってないしそもそもそこまでの力は妾にはない。)
(何なんですか一体…。あのままだと僕絶対に…。はぁん。)
そう思った瞬間、凪は先ほどまでの心地よさを思い出してしまった。
(おやぁ…?何やかんや言いつつお主実は結構心地よかったのかぁ?)
(そ、そんなわけないじゃないですか!もうシャワーは終わってますし、出ますよ!)
(もう、せっかちな奴じゃの。まあ、よい。じゃあ、お主に任せるぞ。)
そう言うと、風花は凪に肉体の主導権を移した。しかし、移すのが突然であったため凪はそれに対応できなかった。
「え!?急に移さないでって、うわぁ!」
その結果、シャワールーム内でバランスを崩してしまった。
「っとおぉ!危なっ!」
急いで壁に手をつくことで倒れることはなかったが、衝撃は抑えきれず上半身をしたたかに壁に打ち付けてしまった。
「痛てててて…いきなり移すのはやめてくださいよ…。」
「確かに毎回こんなことでは怪我してしまうしの。もうちょっと鍛えてからにしようかの。」
「鍛えたとしてもやめてください…。」
風花の発言に凪は少し反発しつつも立ち上がり、シャワー室を出ていった。
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