第2章 (3)

凪の検査は何も異常がなかったため、すぐに終わった。何もなかったことで、陽と風花は安心し、そのまま『準備があるから』と言ってどこかへ行ってしまった。一方、凪は瑞穂のラボでそのまま昨晩の検査の結果の説明を受けていた。


「まだ痛むようなら湿布あげるけどいる?」

「もうあまり痛くないから大丈夫ですよ。」

「ならいいわ。じゃあ、ここから本題ね。まず…これ、あげるわ。」

そういうと、瑞穂は凪にA4で10枚ほどの紙束を渡した。表紙には『小月 凪 検査結果(医学的・霊的)』とあった。

「これが昨日の凪君の検査結果をまとめたレポートよ。内容は後でゆっくり読んでくれればいいけど、結論としては体に何も問題はないわ。昨日の夜、別れた後にデータを精査していろいろ特殊検査もしたけど目立った問題点はないわ。ちょっと尿酸値が高いくらいかしらね…ライフスタイルの改善をお勧めするわ。陽さんが言ってたけど、少なくとも早朝までゲームやるのはやめなさい。」

「いや、対戦が白熱するとついつい…ってなんで知ってるんです?静かにやってるから絶対お母さんにもばれてないと思ってたのに。」

「まあ、親はそのあたり詳しいのよ。ばれてないと思ってることも意外にわかってるものよ?例えば…机の3段目が2重底になっていて…」

「なんでそんなことまで知ってるんです!?お母さんそこまで喋ってるんですか?」

「いや、今のは私が適当に言っただけよ。まさか息子と同じ場所でドンピシャとは思わなかったわ。私の勘も捨てたもんじゃないわね。」

「え?これじゃあ僕が勝手に墓穴掘っただけみたいじゃないですか!?」

と、完全に瑞穂の手玉に載せられてしまったと感じた凪はとにかく話題を変えようとした。


「瑞穂さん!本題って、これ渡すだけじゃないですよね!?」

「ああ、そうね。凪君をいじめるのはここまでにしましょうか。今日はあなたたちの能力について色々調べてみようと思ってね。だから…」

その時、ラボにあった内線電話のベルが鳴り響いた。

「あ、ちょっとごめんね。あ、はい瑞穂です。あ、陽さん?準備できました?あ、はい。右下のメニューから…そうです!じゃあ、凪君連れていきますね。ではそちらで。」

そう言って瑞穂は電話を切ると、凪の方に向き直った。

「準備できたみたいだから行きましょうか。」

「あ、はい。え?どこにですか?」

「まあ、着いてこればわかるわ。こっちよ。」

と言うと瑞穂はラボの入口とは反対側にあったドアに向かい、凪はその後ろをついていった。


====

5分ほど歩くと、そこには体育館程度の大きさの空間があった。奥の方にはガラス窓を隔てて、小部屋が一つあるのが見えた。

「あ、瑞穂さん!ちょっとラボで待たせちゃったかしら?」

「いえ、ちょうどいいくらいでしたよ。で、どんな設定に…」

瑞穂は陽に話しかけるとそのまま小部屋の方に向かって歩いて行った。

「おお、凪!体が大丈夫だったようで安心したのじゃ!で、準備はできたか?」

「あ、はい。準備ってなんのですか?」

「それは妾と融合する準備じゃよ。とはいっても心の準備くらいしかすることはないがのう。」

「え?またやるんですか!?聞いていませんよ!??」

「なんじゃ、あいつら何も話しておらぬのか…。まあ妾が説明してやろう。簡単に言うと融合後のわれらの身体能力とかを計測したいらしい。」

「ああ、やっぱりここで働かざるを得ないのは事実なんですね…はぁ。」

「なんじゃその態度!男に二言はなかろうに!」

「それはわかってますよ。でもなんか実感がわかないというか…こんなあっという間に就職が決まったというか…。」

「まあ、そのうち慣れるわ。お~い!こっちは大丈夫じゃよ~!」

と、風花は手を振りながらガラス窓の向こうにいる2人に合図を送る。すると、その空間の天井の方、そこに備え付けられているスピーカーから陽の声が聞こえた。

『こっちも大丈夫です!じゃあ早速融合してもらっていいですか?』

「よし行くぞ!凪もうちょっと寄れ!肌が触れ合うまで寄るのじゃ!」

「あ、はい。」

風花に言われるように凪は風花の腕をつかむと、風花は凪をにらみつつ自身の力を開放し始めた。

「まったくお主はロマンのかけらもないのう。まあよい、『術式展開 合一』」

すると、風花の体はだんだんと光の粒になっていき、その光の粒は凪の体に流れ込んでいった。

(うっ。体がきしんでる気がする…)

光の粒が流れ込むたびに凪の体は小さくなっていく。もとから大してついていない筋肉は変わらないが、体のラインは女性的なものになっていく。

(痛くはないけどまぶしくて何も見えないな…)

(この感覚は1日ぶりじゃの。)

(ふ、風花さん?あれ?声が出てない?)

融合中に凪がぼんやりと思考していると、急に風花に話しかけられた。

(とりあえず妾の肉体はすべてお主の中に吸収されたからの。こうして喋ることができるというわけじゃ。声が出ないのは変化中にいらん事されたらいろいろと問題が生じる可能性があるからの。終わるまでは肉体に干渉はできぬ。)

(そうなんですね。あれ?ということは逆に言えば今できることは融合した後でもできるということですか?)

(まあ、そうなるな。)

(あれ?じゃあ昨日って別に頭の中で会話すれば一人でしゃべってる変な人みたいにならなかったんじゃ?)

(まあ、そうじゃな。)

(じゃあ、頭の中で話しかけてきてくださいよ。見られた時すごい恥ずかしかったんですから。見られたのがお母さんで何が起こったか一瞬で把握してくれたからよかったですけど。)

(そもそも人間は裸を見られた時点で十分恥ずかしいじゃろ。)

(それはそうですけど。)

(あ、そろそろ終わるぞ。最後に耳と尻尾が生えるときちょっと痛いから気を付けるんじゃぞ。)

(え、そういうのは先に言って…って痛い!あ!結構痛い!)

凪が頭頂部と腰に痛みを感じたその瞬間、凪を包む光が一気に強くなっていく。

(よし、もう終わりじゃ。だんだんと痛くなくなるはずじゃからそこは安心するとよい。)

(いや、そういわれても…結構痛いんですよ!)

そして、強まった光が急速に中心に向かって収束していき、そこには昨日と同じ姿の狐耳と尻尾をはやした少女が立っていた。

(あ~。ようやく痛いのが収ま…ってなんで全裸なんですか!?)

(そこまではこの術は考えられておらんのじゃ。)

『あ~凪君?風花様?終わりました?』

「ああ、終わったぞい。時間はどれくらいじゃ?」

『30秒ですかね。じゃあ、とりあえずそっちに測りに行きますね。』

「おう、よろしく頼むぞ。」

「え?何を?ってああ、体のサイズですか。」

凪は発言の意図が読めず困惑したものの、巻き尺を持ち、大量の服がつるされたラックを転がしてきた2人を見て大体察することができた。


「はい、腕上げて下さ~い。え~っと。はい、いいわよ。」

「これくらいかなぁ?ちょっとこっち向いて…ああ、このサイズくらいかしらね。」

「足のサイズ測りまーす。まず右足をちょっと上げて~。あ~。じゃあ次は左足を…」

と、それから10分ほど、このように身体測定が行われた。


「はいOK!あとで活動用の服作るからとりあえずそれまでこれ着ててください。」

そう言って陽に渡されたのは昨日風花が悠に着せられていたようなワンピースである。だが、昨日と違って目立った装飾の類はなく、またノースリーブではなく半袖であった。

「あと、これもどうぞ。スニーカーくらいは履いておいた方が動きやすいと思いますよ。」

「今の世はいろいろとおしゃれなものがあるんじゃのう。さ、着替えるぞ。」

「え~とこれってどう着るんです?」

「ちょっとこっち向いてください。ほら、ここに手を通して…。」

女子の服装など詳しくない凪と今の服装など知らない風花は瑞穂と陽の助けを得ながら服を着ていった。

「尻尾のせいでいろいろと見えるのが難点…あとは下着も特別なものが必要っと。じゃあ、このデータもとに服作ってみるからとりあえず今日はそれでがんばって。凪君、風花ちゃん。」

「え、まだ何かあるんですか?」

「その状態での身体能力を測定するわよ。一応、主目的はそっちよ。」

「じゃあ、私と瑞穂さんはいったんさっきの小部屋に戻るから、ちょっとそこの赤線のところに立ってて?」

そういうと、陽と瑞穂は先ほどの小部屋へと戻っていき、凪は陽に示されたテープで赤線が引かれているところへ向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る