第2章 (2)
翌日。凪が起きるとすでに時刻は正午になろうとしていた。
「ふぁぁぁ…昨日はよく眠れなかったなぁ…。果たして風花さんはどんだけ寝相が悪いんだ。」
というのも、家に帰ると『風花ちゃんは私の部屋で寝るの!』と、悠が風花を連れて行ったのはいいものの、風花の寝相が非常に悪く、頻繁に手や足が壁に当たるほどだった。そして、その時の音がこれまた隣室である凪の部屋によく響いたため、早朝に悠がジョギングに出かけ、風花がベッドを完全に占領するまで全く眠れなかったのだった。
「いまだに実感がわかないなぁ…急に襲われて、急に女の子になって…急に就職して…」
凪が昨日起こったことを反芻していると、1階から母親の声が聞こえた。
「凪く~ん?起きた~?そろそろ行くわよ~!!」
「あ、は~い!今行くね~!」
凪はとりあえずパジャマから普段着に着替えると、1階のリビングへと降りて行った。
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リビングに行くと母親はおらず、代わりに風花がソファに寝転がっていた。風花もまた降りてきた凪に気づいたのか首をもたげて、凪に話しかけた。
「昨日はよく眠れたかの?こんな時間まで寝とったということはやっぱり疲れて居ったか?」
「どっちかというと風花さんの寝相のせいで眠れなかったんだけど…」
「妾の寝相はいい方じゃと思うがのう。まあよい。陽のやつが帰ってきたら昨日行った地下のところに行くぞ。」
「陽って…ああ。お母さんの事ね。下の名前で呼ばないから一瞬出てこなかったよ。」
「まったく、親の下の名前くらいパッと出てくるようでないとは…親不孝な奴よのう。」
「そういう風花さんは親の…「あ!凪君やっと起きてきた!パパっとご飯食べちゃって!もう瑞穂さん待ってるわよ!あ、風花様の分もあるのでどうぞ。」
「あ、おはよう。え~と。僕の箸は…っと。」
「やっと来たか。昼飯を食ってからにするのか?」
「もう正午ですからね。お腹すいたまま色々するわけにもいけないと思いまして。」
「まあ、それもそうかの。じゃあいただくとするか。」
そう言いつつ、風花はすでに席についていた凪の隣に座った。今日の昼ごはんはうどんのようだ。
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食後、陽の運転する車に乗って凪と風花は昨晩の『特生対』へと向かっていた。
「いや~、しっかし今の世はいろいろとすごいものがあるんじゃのう。この車にも驚いたが今朝、悠に教えてもらった『てれび』とかいいうヒトが動く箱に『すまほ』とかいういろいろな情報が見える板、飛行機という空を飛ぶ鉄の塊にもたまげたのう。そういえば、なんともいえない感触の液体のようななにかもあったの」
「悠に見せてもらったんです?テレビにスマホに飛行機に…最後のは一体?悠の奴は一体何を触らせたんですか?」
「ああ、中くらいの透明な筒に入っていたやつでな。触り心地は鰻というか蛙というか…粘り気があって形が比較的自由に変えられるが液体ではなく…あと毒々しい色をしていたな。」
「スライムかな?あいつ、変なものを教えて…。風花さん、それ髪の毛とか尻尾とかに付くととるのすっごい大変ですから絶対につけないでくださいね?悠が子供の時間違って付けちゃって…結局髪の毛ごと除去しないといけなくなったので…」
「なぬ。あれはそういう代物じゃったのか…女子の魂ともいえる髪の毛を犠牲にしないといけない程のもの…恐ろしい世の中じゃ。じゃああの『てれび』とかももしや…」
「いや、別にテレビがあるだけで人は死にませんし、スライムも別に触感を楽しむだけなら何も問題はないですし…」
「じゃあこの『すまほ』とやらは…本当は画面の光で目に攻撃を…」
「いや、そんなわけないですって!」
と、現代文明に対して何か間違った理解をしそうな風花に凪が逐一訂正を加えていると、いつの間にか車は地下の駐車場に入っていた。
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車が駐車スペースに止まると、直ぐ近くの『立ち入り禁止』と書かれた扉の前で瑞穂が待っているのが見えた。車を降りると、陽は2人に向かってこう問いかけた。
「凪君、風花様。何か後ろで楽しくお話されていたようですが凪君が何か失礼なこと言ってないでしょうか?」
「いろいろ今の技術について教えてもらっていただけじゃよ。」
「風花さん何でもかんでも攻撃するためにものと勘違いするんだから…。疲れた。」
「悠が『この世の技術は結局金か力を求めるためのものだ』って言ってたからそう思ったんじゃが…違うのか?」
「そんなピュアな目で言わないでくださいよ!悠は何を教えたんだ!」
「悠ちゃんはこっちでやっとくからとりあえず来なさ~い。置いてくわよ~。」
気が付くと、陽とは少し距離が開いてしまっていた。
「あ、ちょっと待って!って風花さん走るの速くないです!?」
「お主が遅いのじゃよ。ほら、置いてく「「風花様(ちゃん)!!」」」
陽と瑞穂の2人が同時に叫んだ。凪は何事かと前を見ると通路に飛び出した風花に向かってトラックが迫ってきていた。駐車場の中でスピードが出ていないとはいえ当たったら無傷では済まないことは容易に想像できた。
当の風花は突然の脅威に思考が追い付かず、その場から動けない。
「風花さん!ああもう!」
凪は心を決めると、勢いをつけて通路に飛び出し風花を抱きかかえた。そして、自分が下になるように体をねじりながら、2人の体はそのまま慣性の法則に従って通路の反対側の床に叩きつけられた。
「痛ったぁ…風花さん大丈夫?」
「あ、大丈夫じゃぞ…お主こそ怪我はないか?」
「多分大丈夫だと思う。あ、そろそろ降りてくれないと立てない…」
「あ、す、すまぬの。すぐ退くからの。」
顔を少し赤らめながらも風花は立ち上がった。
「凪君!風花様!大丈夫ですか??」
「凪君立てる?頭とか強く打ってない?」
「あ、大丈夫です。ありがとうございます。」
急いで走ってきた陽と瑞穂に手を貸され、凪も何とか立ち上がった。
「そ、その、今回は妾の注意不足で…」
「風花さんが無事なら問題ないですよ。次からは気を付けてくださいね。痛つつ…。」
「凪君歩ける?車いすかなんか持ってこようか?」
「歩けるよ。大丈夫。」
「瑞穂さん、一応レントゲンとった方がいいかしら?」
「そうですね。準備しますのでゆっくり連れてきてください。風花ちゃんはちょっと手伝ってくれる?」
顔を赤らめたまま少し遠くを見ていた風花は少し返事が遅れる。
「……あ、わかったのじゃ。凪、妾のふ、不注意で申し訳ないことをした。も、申し訳ない!」
そう言って風花は頭を下げると、瑞穂の後ろについて走っていった。
「ゆっくり歩いて?骨折れた感じとか意識がボーっとしてきたらすぐに言ってね。」
「うん、わかった。そんなに気にしなくてもいいと思うけど…」
「いつまでたっても親は子供のことが心配なのよ。あと、思いっきり頭から倒れたように見えたから…」
「お母さん…ごめんね。心配かけちゃって。」
「いいのよ。ほら、行くわよ。」
凪は陽に肩を貸してもらいながら扉の奥に向かった。
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ここからは誰も見てない話。
陽と凪が扉に消えた後、防犯カメラの死角からその扉をにらむ人影が1つ。
「ここかい?」
その影はぼそりとつぶやく。
「多分そうじゃないかな?でも、あの防御機構は私たちじゃ突破できないかな?」
再びその影はつぶやく。が、今度は声色が少し違った。その後もその人影から2種類の声色で交互につぶやかれる。
「とりあえず、入り口が一つ分かっただけでも僥倖だね。ひとまず帰ろうかな。今日はあの日だから準備しないと。」
「そうね、あの子に会う日だもんね。じゃあ帰りましょうか。」
「いつもありがとう。『術式解凍 転移陣』」
そして、その人影は光に包まれながら消えていった。
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